90.所作
実技授業の際、基本的に生徒たちは入学期ごとに分れ、それぞれに合った教育プログラムを受ける。
しかしバジゴフィルメンテ派は、生徒が主導する新しい方法を学ぶため、新学園長が就任した今期からは一同に運動場に集まるようになった。
そのバジゴフィルメンテ派の全員が、運動場で武器を手に一対一の状態で向かい合いながら、切磋琢磨する。
総数は少なく見えるものの、前学園長に目の敵にされた前の学期に比べれば、大手を振って活動できる現状は、マーマリナにとって満足いくものだった。
(バジゴフィルメンテ派の生徒を通じて、その生徒の生家と繋がりが持てましたわ。コリノアレグル辺境伯家の悪評撤廃の道は確実に進めていますわ)
マーマリナの顔は、順調さからくる嬉しさで、にんまりと笑顔になってしまう。
するとそこに、新入生徒の一人が近寄ってきた。
その彼女は、マーマリアの天職と同じような、打撃系の戦闘職――『拳戦士』を授かっている。
そんな人物が近づいてくるとなれば、話は一つしかない。
「マーマリナ先輩。また動きを見てもらってもいいですか」
「ええ、構いませんわ。ではまず、天職に身を任せて動いてみて、その次に自分の意思で体を動かしてみてごらんなさい」
「はい!」
新入生は力強い返事の後、少し時間を置いてから無表情になり、もの凄い威力の突きを空中に放った。
彼女の『拳戦士』は、『闘士』の上に位置する『戦士』の力を『拳』に限定することで、一撃の威力を底上げしていると考えられている天職。
その考えの通り、拳の一撃に限れば、マーマリナの『蹴拳士』は太刀打ちできない威力を発揮する。
(でも、悲観する必要はありませんわ)
この威力の違いは、あくまで『天職に身を任せた際の威力』である。
そしてバジゴフィルメンテ派の指導の肝は、自分の意思で天職の力を引き出すこと。
そのため『拳戦士』の今の一撃を学びさえすれば、マーマリナが『蹴拳士』であろうと再現可能になる。
そんな事を考えつつ、マーマリナは新入生が自分の意思で突きを放つのを見て、『拳戦士』との動きの違いを把握した。
「何が問題か、分りましたわ。まず、今の貴女の動きを真似してみますわね」
マーマリナは、新入生と同じ構えをとってから、動きの悪いところを強調した動きで、突きを放った。
「続いて、これが『拳戦士』が行った突きですわ」
マーマリナは呼吸を整えてから、先ほど見た『拳戦士』の動きを正確に真似て突きを放った。
『拳戦士』と同じ威力――は流石に出せなかったものの、しっかりと天職の力を発揮できた見事な突きが放てた。
(八割方といったところですわね)
自分の突きの威力に判断を下しながら、マーマリナは新入生に顔を向ける。
「どこが悪かったか、見てわかったかしら?」
「突きをはなつさいに、不必要なほどに前傾姿勢になってました! それと踏み込みの位置も、かなり先になってました!」
「分ったのなら、それを改善するだけですわ。見ててあげますから、練習してみなさいな」
その後、マーマリナが指導することで、その新入生は五回に一回は天職の力を発揮できるようになった。
「天職の力を発揮できたのなら、その突きを実戦の中で発動できるようにするための訓練ですわ。同じ派閥の誰でもよいので、模擬戦を行いましょう」
「はい、ありがとうございました! いってきます!」
その新入生は、同期がいる場所へと、元気にかけていった。
マーマリナはその姿を見送った後で、視線を動かした。
視線の先には、天職を発揮した際の手応えを新入生たちに体験させている、バジゴフィルメンテがいた。
最初にも行ったように、バジゴフィルメンテが新入生とピッタリ体を合わせ、バジゴフィルメンテ主導で生徒の体を動かして天職の力を発揮した攻撃を空中に放たせている。
最初は男性だけに行っていたが、今では女性相手にもバジゴフィルメンテが同じ方法を行っている。
(新入生女子に確認をとりましたけれど、バジゴフィルメンテ様の性格を知り、下心どころか彼女たちの体への関心が一切ないと理解したらしく、なにも問題ないとの答えがかえってきましたが)
バジゴフィルメンテに下心はなくとも、受ける方の女生徒にはあるのを、マーマリナは見抜いていた。
でも同時に、それは仕方がないことだとも理解していた。
なにせバジゴフィルメンテは、『彫刻家』の会心の出来栄えの石造に負けぬ顔立ちと肉体美を持つ、天性の美丈夫だ。
そんな美丈夫の手によって、自分を導いてもらう。
年頃の少女にとって、それはとても甘美な体験だ。
現に、今まさにバジゴフィルメンテに指導を受けた女生徒は、美丈夫に密着される悦びと、先頭技量が伸びた体験による喜びとで、顔つきがだらしなく緩んでいる。
(というか、バジゴフィルメンテ様の身動きが洗練され過ぎて、見る芸術の域に達していますものね)
見た目だけでなく、綺麗な所作も、人を魅了する。
もっともバジゴフィルメンテの場合、アマビプレバシオンの天職『太夫』の能力のような人を魅了して虜にする類ではない。
人が荘厳に建てられた城や教会を見た際に抱く、自然と人が負けを認めてしまうような圧倒感に近いもの。
バジゴフィルメンテが、そんな所作を身に着けた理由についても、マーマリナは知っていた。
(王城の内政や整備を担う人材は、常に天職に身を任せた状態で活動している。つまり、日常生活で天職の力を発揮しているのと同じ状態。ならば、自分も日常で天職の力を纏い続けられるように、日頃の身動きも突き詰めるべき。とか言ってましたわ。いま思い返しても、頭おかしいですわね)
実は、完璧に少しだけ足りなくても、威力を減じた状態で天職の力は発揮できることが、前学期で判明していた。
でも”完璧に近い”動きでないと、天職の力は発露しないのは変わらない。
つまり今のバジゴフィルメンテは、常に完璧に近い動きで体が動いているということだ。
それを意識して行っているのだから、マーマリナには信じられない。
やはり才能の化け物だと判決を下しつつ、マーマリナは目を次の人へと向ける。
(バジゴフィルメンテ様がそんな真似をするから、アマビプレバシオン様も同じようなことをし始めて大変なことになってますわ)
アマビプレバシオンの天職『太夫』は過去に、踊りで人を魅了したという事件を起こした。
『太夫』の踊り――つまりは魅惑的な身動きは、人の心を魅了で束縛する力を持つわけである。
そんな天職の持ち主が、天職の力が発露するような綺麗な所作を心掛けたらどうなるのか。
アマビプレバシオンを一目見れば、バジゴフィルメンテに勝る見た目の美しさもあって、もはや神に出会ったのではないかと思うような敬虔な気持ちが心の中に広がっていく。
(この気持ちは魅了とは違うらしいですけれど、信者を生み出すという点においては変わりませんわよ)
マーマリナの視線の先には、アマビプレバシオンが双剣を持ち、周囲にいる武器を持つ女子生徒に指導を行っている。
そこにフラフラと美しさに惹かれた男子生徒が近づこうとするが、周囲の女生徒に追い返された。
つまるところ、あの女生徒たちは、アマビプレバシオンの魅力に参った者で構成された、アマビプレバシオン親衛隊なのだ。
そんな人の壁を突破できる異性は、一人だけ。
一通りの生徒の指導を終えて、バジゴフィルメンテがアマビプレバシオンに近づく。
するとアマビプレバシオンを守る親衛隊が場所を空け、バジゴフィルメンテをアマビプレバシオンまで素通りさせた。
(自分たちの力ではバジゴフィルメンテ様には敵わないから――という理由ではないのですわ)
バジゴフィルメンテ以外なら、敵わずともアマビプレバシオンには近づけさせないと奮起するのが親衛隊の気持ちだろうと、マーマリナは読んでいた。
ではなぜバジゴフィルメンテだけは良いのかといえば――彼を迎えたアマビプレバシオンの表情を見ればわかる。
他の生徒たちに向けるのとは明らかに違う、喜色があふれ出しそうになっている笑顔。
これほど嬉しそうにする主の気持ちを汲むからこそ、親衛隊はバジゴフィルメンテを素通りさせるのだ。
(それどころか、アマビプレバシオン様とバジゴフィルメンテ様を恋人関係にさせようと画策しているという噂もありますわね)
アマビプレバシオンとバジゴフィルメンテが剣を交え始めたのを見てから、マーマリナは顔を背けた。
別に二人の仲睦まじい戦いの様子を見たくなかった、というわけではない。
指導役二人が戦い始めたので、生徒たちの指導を担わなければという使命感からだった。