89.後輩新入生
新学期が始まり、新入生たちは新生活だというのに浮かれ気分ではいられなかった。
その理由は一つ。
在校生のバジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタン辺境伯子息について。
このバジゴフィルメンテは、入学してから一年の間に二ヶ所の辺境で名を上げた人物として、貴族家の間で話題になっていた。
特に前学期の課外授業で数多の魔物を狩ったことで、悲願だった魔境の切り取りを成功に導いた立役者として、名が広まった。
それだけならば、彼の曾祖父である『大将軍』の再来と持て囃し、入学する子に取り入れと命じるだけでよかった。
しかし問題があった。
バジゴフィルメンテは、天職に身を任せずに天職の力を使う方法の第一人者という、神が与える祝福を下に見るような性格の持ち主という点。
これがタダの性格破綻者であれば、無視すればいい。
だが実際に、バジゴフィルメンテは自分の意思で天職の力を引き出し、その力でもって魔物を打ち倒している。
同じ方法で、彼が教える同級生たちも同様の成果を上げているのだから、バジゴフィルメンテ自身にしか通用しない法則というわけでもない点も困りもの。
貴族家の間でも、バジゴフィルメンテが提唱する新たな方法について、意見が真っ二つに割れていた。
『今まで通り、天職に身を委ねることに邁進するべきだ』
『魔物を効率的に屠れるのであれば、新たな方法を修めるべき』
前者の意見は、神に祝福された土地に住む、神地貴族が。
後者の意見は、辺境に近かったり、魔境を切り開いた土地に住む、辺境部の貴族が主張した。
その対立は、今学期に入学する新入生にも影響した。
新地貴族は子に、バジゴフィルメンテから教育を受けるなと厳命。
辺境貴族は子に、バジゴフィルメンテの教えを修めろと厳命。
こうして新入生は、入学した最初から、二つの派閥に分れることになった。
こういう流れで関係開始前から既に敵対者がいる状態なので、新入生たちは新生活を汲々とした気持ちで始めるしかなかったというわけである。
新入生のうち、従来の方法――天職の身の委ね方を学ぶことを選んだ者たちが、丸太や木板などの標的の前に並ぶ。
そして天職に身を委ねて的に一撃を与えては、元の場所に戻ってもう一度という行動を繰り返していく。
その光景を横目で見つつ、バジゴフィルメンテからの教育を選んだ方の新入生たちは、自分の天職に合った武器を手に運動場の中で集まって立っていた。
バジゴフィルメンテが未だ現れていないので、彼ら彼女らはこそこそと会話を始めた。
「なあ、おい、平民。お前、バジゴフィルメンテ先輩と同じ寮だろ。あの人って、どんな人なんだ?」
貴族らしい、横柄な呼びかけと、相手が答えることを疑っていない質問の仕方。
呼びかけられた平民出身の新入生は、顔をムッと歪めながらも、返答を始める。
「色々な分野に精通している言動をしていて、強そうに見えるけど掴みどころがない感じかな」
「普通我らと同じような歳で武に長じる者は、武にのみ造詣が深いものではないか? それと強そうでいて、掴みどころがないというのもわからんぞ」
「強そうで掴みどころがないって点に関しては、本人を見ればわかるよ。ほら、来たよ」
持ち上げた手で指した先に、運動場に踏み入った複数の生徒の姿があった。
あの生徒たちが、新たな方法を教えてくれる先輩であることは間違いない。
そして新入生たちは一様に、一目見てあの誰がバジゴフィルメンテかを直感的に理解した。
先頭を歩く赤髪短髪の少女の後ろ。
隣にいる超絶綺麗な美少女と喋っている、後ろ髪が長い黒髪の高身長男性がバジゴフィルメンテだと。
どうして分ったかといえば、バジゴフィルメンテの佇まいから。
その姿は、そこにあるのが当然といった木石のような自然さなのに、王城を目にした時のような大きなものに圧倒されるような存在圧を放っている。
バジゴフィルメンテの身動きは、するりするりと滑らかな布が肌を滑るような、滑らかさがある。
それでいて、その動く指先に当たったらタダでは済まないような予感も同時に感じさせる。
「なるほど。強そうであり、掴みどころがなさそうでもある」
「な、言った通りだろ」
そんな評価をされていると知ってか知らずか、バジゴフィルメンテは赤髪短髪の少女に背を押されて、新入生の前に笑顔で立った。
「皆、初めまして。僕が、バジゴフィルメンテ。君らに、天職の力を自力で引き出す、新たな方法を教える教師役だ。僕の後ろにいるのは、その方法を人の指導出来そうな、君らの先輩だ。よろしくね」
軽い調子のバジゴフィルメンテの言葉に、とても自信に満ち溢れているとは言い難く、人を導く威厳はお世辞にもなかった。
だから、新入生たちは返事をするべきかに迷った。
そうして迷っている間に、バジゴフィルメンテは早々と話を先に進ませていた。
「というわけで、まずは皆に、実際に自分の意思で天職の力を引き出す感覚を身に着けてもらうよ」
軽い調子で、急な爆弾発言。
そのことに新入生が質問の声を上げようとするが、論より証拠とばかりに、バジゴフィルメンテは新入生たちを一列に並ばせた。
そしてバジゴフィルメンテは、新入生全員の手にある武器を見ると、新入生たちの列の背後へと回った。
「えっと、なにを?」
列の端にいる新入生が困惑した顔と声を向ける。
バジゴフィルメンテはニッコリと笑うと、新入生の頭を鷲掴みして捻り、真正面を向かせた。
「大丈夫。ちょっと体験するだけだから」
その新入生が持つのは木棍――『棒術師』に適した武器だ。
バジゴフィルメンテは、新入生に棍を構えさせると、その体に触れて構えの形を直していく。
新入生は抵抗せずに直しを受け入れる。
その後で、バジゴフィルメンテは新入生の背後にピッタリと体を合わせてくっ付いた。
「な、なにを!?」
「平気だから。ほら、いくよ」
バジゴフィルメンテの体の各部が動き、それに操られる形で、新入生の体も動いていく。
新入生の体の動き的には、棍による突き込みだ。
そうして半ば無理やりに動かされたはずなのに、『棒術師』の新入生は棍を突き込んだ際に、ある感覚を得た。
それは、天職に身を預けて攻撃を繰り出した際だけに感じることができた、武器に天職の力が乗った感触。
「はへ?」
「ほら、混乱してないで、今の動きを自分でやってみて」
バジゴフィルメンテに急かさされて、新入生は動かされた通りの動きを再現してみる。
もちろん、成功するはずがない。
しかしバジゴフィルメンテが失敗した理由を告げ、それを直すこと三回目――いきなり自分の意思で天職の力を引き出すことに成功した。
「忘れないうちに、反復練習しておいてね。じゃあ次の人に移るから」
同じ方法で、バジゴフィルメンテは次々と新入生に、天職に身を預けなくても天職の力は発揮できるという実証を学ばせた。
女生徒相手は、バジゴフィルメンテは男性なので女生徒の体に張り付くのは問題があるため、アマビプレバシオンが担った。
アマビプレバシオンの場合は、社交ダンスのような方法で女生徒たちの動きを導き、天職の力の発動の仕方を学ばせた。
こうして一日目にして、一番簡単な攻撃の動きに限り、十数回に一度ぐらいの頻度で、新入生は自力で天職の力を発揮できるようになった。
「今日は、これで終わり。二回に一回ぐらいの割合で発動できるようになったら、次に進むからね。分らないことや、動きの修正をして欲しいのなら、僕だけじゃなくてこの場にいる先輩の誰にでも聞いてくれれば対処できるから。覚えておいてね」
バジゴフィルメンテの言葉は、相変わらずあっさりとしたもの。
しかし新入生たちは、自分の身に起こったことが信じられない様子で、すぐに返事ができなかった。




