75.戻ってきて
魔境を体験してみて、クルティボロテ学園の新入生たちは大喜びしながら、町の門の前に集まっていた。
「やっぱ魔境の森って怖いところだな。いきなり横合いから魔物が出てきてさ、危うく一撃食らうところだった」
「へへーん。俺たちのところは、護衛の兵士が魔物を取り押さえてくれたから、天職の力のあるなしの試し切りをすることができたぜ」
「そっちは、どんな感じだった?」
「森の中を歩き回ったけど、魔物に出会わなかったから、薬草や薪拾いになっちゃったよ」
わいわいと体験を語り合う生徒たち。
その光景の横で、教師たちは困り顔になっていた。
「バジゴフィルメンテと派閥の生徒たちには、冒険者を付けたはずでは?」
「その冒険者が、昨日深酒したとかで、遅れてやってきたそうで。そのときには、もう生徒の姿はなかったと」
「これだから冒険者は。バジゴフィルメンテたちは怪我しようと死のうとどうでもいいが、アマビプレバシオン王女だけは無事に戻ってくれないと困る」
アマビプレバシオンに、次期国王と名高い『賢王』アビズサビドゥリアは兄妹愛を抱いているという噂がある。
もし魔境の森で死んだ場合、王家から調査が入ることになるのは間違いない。
そんな事態が起こらないよう、騎士や兵士の護衛をつけないことでバジゴフィルメンテ一派の生徒たちに厳しい現実を分らせる機会を与え、それでいて手配した冒険者でアマビプレバシオンだけは無傷で生還できるよう工夫した。
それなのに、肝心な冒険者が間抜けを晒し、集合時間に遅れてしまい、バジゴフィルメンテたちと合流できなかった。
その情報を教師たちが知ったのは、魔境から帰ってきて、門の前で待っていた冒険者組合の職員から依頼の不履行についての謝罪を受けたときだった。
慌ててバジゴフィルメンテ一派の生徒たちの姿を見ていないか情報収集を行ったところ、それらしき人の集まりが森に入ってくのを見た駆け出し冒険者がいた。
「……これはもう、最悪の事態を考えておいた方が良いのでは?」
「依頼をすっぽかした冒険者の身柄を押さえて、人身御供に差し出す準備をしないとダメなのでは?」
「いや、まずは王女殿下の捜索が先だ。だが、この地の魔境の森は、大人数で入るわけにはいかないのが難点だな」
人を捜索するのなら、費やす人数は多ければ多いほど、発見確立は上がる。
しかし、ノードンジの魔境は、とある特徴があった。
それは、大人数が森に入ると、魔物が大勢でその人達を襲うという特性があること。
どうしてそんな特性があるかは判明していないが、大人数には大勢で立ち向かうべきだと、魔物が学習したんではないかというのが、もっぱらの予想だ。
この特性があるからこそ、大人数で森に入ってはいけない。
実際、この教師たちは、森まで引率した生徒たちを数人ずつに分け、その一つ一つに騎士や兵士の護衛を一人ずつつけ、生徒たちの間をかなり離した状態で森の中へと入らせた。
ともあれ、魔境の森に大人数を入れることは、推奨できない行動だ。
恐らく、人の捜索を冒険者組合に依頼しても、森の特性があるからと、大人数を集めることを拒否されてしまうことだろう。
それでも、やらないよりかはマシかと、教師たちは冒険者組合に依頼を出す気になった。
そのとき、生徒の何人かが上げた声が、教師たちの耳に入ってきた。
「おい、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちが戻ってきたぜ」
「なんだ、あの格好。武器も鎧もボロボロになってるぜ」
「しかも、もの凄く疲れてそうな顔してやがるよ」
生徒たちの嘲り声を耳にして、教師は急いでバジゴフィルメンテ一派の生徒たちの姿を探した。
すると、少し遠くの位置で、こちらに歩き寄ってきている姿が目に入った。
先ほどの声のように、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちの姿は、まるで敗残兵のような有様だった。
真新しい武器と鎧を身に着けていたはずなのに、そのどちらにも大きな傷と歪みがある。そして、その武器も鎧にも血糊がついていて、汚い見た目になっていた。
教師たちは、森の魔物に襲撃されて命からがら逃げて来たんだろうと、そう思った。
しかし近づいてきて大きく見えるようになってきた、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちをよく見ると、それは違うんじゃないかと思い始めた。
なにせ彼ら彼女らの手には、最低でも一匹は仕留めた魔物らしき物を持っている。
それどころか、先頭を歩くマーマリナは、蔓草で自作したらしき籠を背負い、その籠の中に死んでいる魔物を大量に詰め込んでいた。
教師は、その後期に驚きいていたが、ハッとして、懸念だったアマビプレバシオンの姿を探した。
アマビプレバシオンはマーマリナの後ろにいて、重そうな背負い籠を後ろから支えていた。その姿に怪我はなく、剣と鞘以外の場所に血汚れもない。
「どうやら、他の生徒たちが守ってくれたようだな」
王女の身の無事だけは、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちに感謝してもいい。
そんなことを教師たちは考え、そして違和感を抱いた。
「バジゴフィルメンテはどこだ?」
教師たちは、もしかして森で死んだか、と期待した。
しかし、その期待をすり潰すような異様な音が、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちの方から聞こえてきた。
ズルズルと、重たい物が地面に摺りつけられるような音。
この音が何なのかは、バジゴフィルメンテ一派の生徒たちが門の前まで来たところで、判明する。
隊列の末尾にいた、バジゴフィルメンテが音の発生源。
バジゴフィルメンテは、マーマリナと同じく魔物が詰まった鶴草の籠を背負い、その上で蔓と木材で組み上げた簡易なソリを牽いていた。そのソリの上にも大量の魔物と獣の死骸を乗せてある。
つまり先ほどの音は、バジゴフィルメンテが牽くソリが地面を滑る際に出ていた音だったのだ。
あまりに多くの魔物を持っている――かなりの重量物を持ってきたことに、周囲はバジゴフィルメンテに恐ろしい物を見る目を向けている。
そんな注目の的となっているバジゴフィルメンテは、何かを探すようにキョロキョロと周囲を見ている。
一体何をしているのか。
教師たちが気になったように、冒険者も気になったようだ。
勇気ある、草原から掘り出してきたらしき芋を手に持つ、若年の冒険者がバジゴフィルメンテに声をかけた。
「なあ、剣士の兄ちゃん。何を探してんだ?」
「辺境なら、町の外に魔物の買取所があると思ったんだけど、どこにあるかなってね」
「なに言ってんだ。買い取り所は、町の中にあるんだぞ。冒険者組合建物の横だ」
その発言に、バジゴフィルメンテだけでなく、マーマリナも驚いた様子で、その冒険者に詰め寄った。
「なんで町中にあるんだ。魔物の死体は重いんだから、そこまで運ぶの大変だよね?」
「わたくしの地元でも、話を聞くにバジゴフィルメンテ様の地元でも、町の外に買取所はあるものでしたわよ?」
「し、知らねえよ。おいらに冒険者の仕事を教えてくれている父ちゃんも母ちゃんも、買い取り所が組合建物にあることが当然って感じだったぞ!」
「つまり、この町では、それが普通ってことか」
「はぁ。重たい思いは、いましばらく続きそうですわね」
マーマリナは溜息を吐き、そして後続のバジゴフィルメンテ一派の生徒たちに身振りで進めと指示をだした。
その指示を受けて、疲れ切った様子の生徒たちは、のろのろとした足取りで前を進むマーマリナに続く。
バジゴフィルメンテも最後尾でズルズルとソリを牽きながら進む。
その光景に、教師たちは思わず見送りそうになり、ハッと我に返ってその列へと走り向かった。
そして列の中から、アマビプレバシオンだけを呼び出し、無事の再確認と話を聞くことにした。
「私たちが、どう魔物の森で活動していたか、ですか?」
アマビプレバシオンは不思議そうに首を傾げながらも、教師たちの問いに答えていく。
「ある程度、森の奥に入ったところで、バジゴフィルメンテ様が魔物を一匹ずつ釣り出してきて、その魔物と生徒たちとを戦わせました。最初は数人で一個体と戦い、慣れてきたら一人で一個体。更に慣れたら一人で数個体と、順序立てて」
「は、はぁ? 何度も、魔物と戦ったわけですか?」
「はい。バジゴフィルメンテ様もマーマリナ様も、慣れるのが一番の近道だと言って。容赦なかったですね」
「もしや、アマビプレバシオン王女も?」
「はい。最終的には、弱い魔物三匹を一人で相手しました。なかなかに楽しかったですよ」
その話を聞いて、バジゴフィルメンテ一派が大量の魔物の死骸を持っていたことに、教師たちは納得した。
それと同時に、新たな気になる点を思いついた。
「そちらの生徒たちは、ちゃんと魔物を倒せたので?」
魔物は、戦闘向きの天職の力を引き出せないと倒せない。
そしてバジゴフィルメンテ一派は、従来の天職に身を任せる方法ではなく、自力で天職の力を自由自在に引き出すことを目的としている。
つまり、生徒たちが今日魔物を倒せたのなら、自力で天職の力を引き出して戦えるという証明になる。
どうなのかと教師が見つめる中、アマビプレバシオンは笑顔を返した。
「バジゴフィルメンテ様たちの厳しい指導と、命がけの訓練で緊張感が違ったからでしょう。こちら側の生徒たちは、魔物の攻撃を避けて反撃を放つ、この行動だけは天職の力を出せるようになりました」
「じゃ、じゃあ、生徒たちが手に持っていた魔物の死体は」
「それぞれが自力のみで倒した獲物です」
他に質問はあるかとアマビプレバシオンに視線で問われて、教師陣は首を横に振るしかなかった。
アマビプレバシオンは会釈すると、先に進んでいる列へと追いついて合流した。
その姿を見送ってから、教師たちが口を開く。
「……既に実践を体験させているってよ」
「しかも自力で魔物を倒す経験までさせているなんてな」
「これは課外授業が終わったら、学園長に相談しないといけないかもな」
このままでは、バジゴフィルメンテ一派の躍進に惑わされる新たな生徒が出てくる可能性があると、教師たちは警戒を強めた。




