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74.森の中

 バジゴフィルメンテ一派に所属する、とある平民家庭出身の生徒。

 『閃剣豪』という珍しい天職を得たことで学園に入ることが出来たが、神に祝福された土地で暮らしていたこともあり、魔物や魔境と縁遠い生活を送ってきた。

 そのため、いま初めて魔境の森に踏み入り、興奮と恐れが入り混じった気持ちを抱いていた。

 この『森』という場所も、初めて。

 この生徒の地元では、視界の先の先まで畑が広がっていて、先が見通せないなんて経験はなかった。

 しかし森の中では、柱のような木々が多数乱立し、伸びた枝葉が空を覆い隠し、足元にも小さな木の茂みが繁茂していて、少し先の光景すら分らない。

 この見通しの悪さも、不安な気持ちを増幅させる。

 木の後ろ、枝の上、茂みの中から、魔物が出てくるんじゃないか。

 そんな想像をしてしまい、一歩進む度に、恐怖感から足が震えそうになる。

 この生徒は、他の人はどうだろうと、こっそりと周囲をうかがう。

 アマビプレバシオンを護衛するため、という名目で近くに集まっている生徒たち。その顔の多くは、不安で押しつぶされそうなものになっていた。

 一方でアマビプレバシオンは、見るものが初めてで興味深いという、煌めいた目で森の光景を見ている。

 アマビプレバシオンが能天気な様子を、この生徒は周囲を守られて安心だからだろうと思った。

 仮にいま魔物の襲撃があっても、一番最初に傷つけられるのは、アマビプレバシオンの周りにいる生徒たちだ。

 そうした肉の壁があるからこそ、アマビプレバシオンは恐怖を感じていないんだろう。

 そう思いはしたが、そうでないことを、この生徒は次に理解することになる。

 なぜならアマビプレバシオンは、周囲の景色に目を向けつつも、一定頻度でとある方向を目で確認しているから。

 その方向には、腹を掻っ捌かれて内臓を取り払ったイノシシを背負っている、バジゴフィルメンテがいた。

 バジゴフィルメンテが気楽に森を歩いている様子を見た後、アマビプレバシオンは安心した顔で周囲の観察に戻っている。

 つまり、バジゴフィルメンテが危険に感じていないからこそ、アマビプレバシオンは森に恐怖を感じる必要がないと判断しているんだと、この生徒は理解することができた。

 では、バジゴフィルメンテの様子はどうなんだろうと、改めて注視してみることにした。

 バジゴフィルメンテは、まるで町中を散歩しているかのような、気楽な足取りだ。時折、木々や茂みから音が聞こえたときは、チラリと方向を確認はするものの、警戒するような素振りはない。

 ただその態度だけ見たのなら、バジゴフィルメンテは魔境の森の怖さを知らない馬鹿のように見える。

 しかしバジゴフィルメンテは、辺境伯の子供。魔境や魔物について、詳しくないはずがない。

 つまりバジゴフィルメンテにとって、今は警戒するに値しない状況だということだ。

 それならと、この生徒も安心することにして、不要な恐怖心を心から追い出すことに努めることにした。

 その試みが上手くいき、心に余裕が出た頃に、先頭を歩くマーマリナがバジゴフィルメンテに声をかけた。


「単独の魔物が逃げていく感じがありますわね。てっきり、バジゴフィルメンテが抱える生肉に寄ってくると思っていましたのに」


 この言葉に、再び恐怖心が戻った。

 どういうことかと、マーマリナとバジゴフィルメンテに顔を向ける。

 するとバジゴフィルメンテは、考える素振りを少し見せた後で、予想を口にし始めた。


「僕も、肉と血の臭いに寄ってくると思ってたんだけどね。どうやら逆に、このイノシシを仕留められる腕があるなら勝てないと感じて、逃げちゃったみたいだね」

「魔物が逃げるなんて、わたくしの地元では有り得ませんわ。魔物って、人間に対する殺意マシマシなのが常ですわよね」

「僕の地元でもそうだよ。でもほら、この辺境は、王都が遷都した頃からある場所だ。その長い年月によって、魔物の気持ちも変化したんじゃないかな」

「人に勝てないから逃げるようになったと?」

「どちらかというと、勝てる相手だけに挑みかかる知恵をつけたって感じじゃないかな。もしくは、単独で勝てないのなら、群れを用意するとかさ」

「それは――ああ、こういうことですのね」


 二人して何か納得している感じを出した後、マーマリナが全員停止と武器を構えろの合図を出した。

 不思議に思いつつも、この生徒も他の生徒たちも、指示に従ってその場で停止して武器を構える。

 すると、マーマリナとバジゴフィルメンテは先頭から位置を変えて、隊列中央の右側に二人とも来た。

 どういうことかと疑問に思っていると、ざざっと下草が大きく揺れる音が、マーマリナたちがいる向こう側から聞こえてきた。

 驚きながら目を凝らすと、いままさに、何かの生き物が茂みから飛び出てくる瞬間が見えた。

 その生き物は、頭に刃を生やした兎――魔物だ。それが次々と出てくる。

 突然の魔物に驚き過ぎて、この生徒だけでなく他の生徒たちも、天職の力を発揮したり天職に身を任せるどころか、ロクに動くことすらできなかった。

 そうして驚き固まっている間に、三人だけ行動する様子が目に入った。

 それは、バジゴフィルメンテ、マーマリナ、そしてアマビプレバシオン。

 まずバジゴフィルメンテが腰から剣を二本とも抜くと、左右の剣を一度ずつ振るって草むらから出てきた魔物二匹を斬り倒した。

 次にマーマリナが蹴りで一匹を打ち上げ、しかし天職の力が乗ってなかったようで倒せてない。しかし次の右の正拳突きには天職の力が乗ったようで、刃兎の顔面は砕かれた。

 最後にアマビプレバシオンは、固まっている周囲の生徒たちの間を縫って抜け出し、双剣を引き抜いて魔物に斬りかかった。兎の頭の刃を片方の剣で打ち上げてから、もう一方の剣で胴体を両断する。どうやら天職の力は発揮できていたようで、その攻撃で魔物は絶命した。

 その後も、次々に草むらから同じ刃兎が飛び出てくるが、三人で全て倒し切ってしまった。

 出てきた魔物の数は、十三匹。

 その死体を、バジゴフィルメンテが一つずつ確認していく。


「これだけあれば、全員分の食料に足りるけど、ちょっと困ったな」


 バジゴフィルメンテの独り言のような呟きに、マーマリナとアマビプレバシオンが問いかける。


「なにが困ったんですの?」

「ちゃんと魔物は倒しましたし、危険は去ったのでは?」

「そこじゃなくて、この森の魔物の特性についてだよ。こうも大勢で来られると困るんだよ。僕ら以外の生徒たちにも、魔物を倒す経験を積んで欲しい。だから一匹ずつ来てくれる方が良いんだよね」


 バジゴフィルメンテの発言に、この生徒は驚愕した。

 本当に魔物と戦わせる気なのか。いままさに驚きで固まって動けないのに、戦えるはずがないじゃないかと。

 そんな気持ちを知らない様子で、マーマリナはバジゴフィルメンテの意見に同調する。


「そうですわね。魔物との戦いには、早めに慣れておく方が良いですわね。現にわたくしも、最初の一発、自力で天職の力を発揮するのに失敗しましたもの。慣れないと、そうした失敗も克服できませんものね」


 まさかの賛成意見に、他の生徒たちは救いの手をアマビプレバシオンに求めた。反対してくれるだろうと信じて。

 しかしその願いは、叶わなかった。


「自力で天職の力を発揮する自身がない方は、天職に身を預けても良いことにしませんか? 初めての場所、初めての魔物ですから、少しは安全にも配慮する必要はあるかと」

「じゃあ、まずは自力で戦ってみて、どうしても倒せないようなら、冒険者流で倒すってことにしよう」

「止めの一撃だけ、天職に身を任せる方法ですわね。わたくしも、地元でお世話になった戦い方ですわ」

「そのためにも、まずは魔物を少数だけおびき寄せえる必要があるんだよね。釣り出ししかないかな」

「それはどんな方法なんですか?」


 ぽんぽんと話が進むのを、誰も止めることができない。

 課外授業で魔境の森に入るのは、観光ではなく、学園卒業後に辺境で暮らすことを選んだ際の、魔境で冒険者活動するための練習だ。

 だから、バジゴフィルメンテたちが魔物と戦う方法を議論することは、課外授業に沿った行いだ。

 逆に三人の会話を止めるということは、授業に反するということ。

 そして、反対する理由――実際の魔物は怖くて戦うのに尻込みしていると、そう表明することは恥ずかしい。

 誰か一人でも理由を先に表明してくれたのなら、後に続くことはできる。

 しかし、その最初の一人を自分が担うことは、誰もしたくない。

 生徒たちは、誰が言うのかと視線でけん制し合うが、誰も最初に反対意見を出そうとはしない。

 だからそのまま、バジゴフィルメンテたちの話が進み、結局は全員が魔物と戦うことになってしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
守られる側の筆頭みたいな姫様が率先して魔物をバッサバッサやってたんだから救いの手とかないない
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