ザンバルギア大監獄
なぜよりによってアイツを呼ぶのか。
それはルスランが天才的な幻惑魔法の使い手だからだ。
幻惑魔法は名前の通り、視覚に影響を及ぼす魔法だが、その神髄は精神効果にある。
奴はまさにそれを得意としており、相手に感情さえも錯覚させる事が出来る。
ルスランの幻惑魔法ならば、この巨人族の怒りを鎮める事が出来る、と思う。
「助手君早く!!」
「わ、わかりました!」
助手君は何処かへ走っていった。
そういえばルスランの居場所知ってるのかな?
看守に聞いてからだとしてもちょっと時間が掛かるかな?
「オオオオオオオオオオ!!!!」
「……怪我で済めばいいなぁ」
ゴォオ!!という轟音と共に振り回される巨人の腕。
受け止められる訳がないので大きく躱す。
「あっつッ!?アイツ、身体から熱気を放ってる!?」
見れば身体は赤くなっており、所々から湯気のようなものが立っている。
あれだ、魔法の『狂化』に似ている。
思考能力が著しく低下する代わりに圧倒的な身体能力を得ることが出来る魔法だ。
使うもの好きは滅多にいないリスクの高い魔法だ。
加減を間違えれば死に至る危険な魔法だからだ。
本来ではありえない動きをするせいで体が熱を持ち、効果が切れた瞬間に死ぬ。
あ~、でもそれを気合で耐えて使ってる馬鹿が居たなぁ。
アイツは強かった。
まだ生きてるのかな?
監獄内に居るから会ってもおかしくないんだけど……
まぁ、今の巨人族はそれに近い状態だと思う。
あの大きさであの速度は身体に負担が相当かかっている筈だ。
「近づくのはアウト、これどうしようもなくない?おかしいな、私の身体って熱にも強いはずなんだけど……」
こういう輩が相手になった時、魔法が使えたらなぁと常々思う。
まだパン屋の娘だったころは使えていたのに、今では薪に火を点ける事すら出来ない。
「ドコダァァァアアアアアッ!!!!!!」
「?場所が分からない?……あぁ、気絶させたから気配が弱まってるのか。さっきは勇者が戦ってたから刺激されたわけね」
つまり勇者が目覚めるだけでアウトと見た方がいいかな。
「……どうするか、出てきた穴に落とす?それだと地下監獄の他の化け物たちを刺激しかねないなぁ」
巨人族の攻撃を躱しながらどうするべきか思考する。
これ以上状態を拗らせたくないから、穴に落とすのは無し。
「あっ!!」
巨人が体に巻き付いていた巨大な鎖を引きちぎって振り回し始めた。
なんてめんどくさい事を。
「ゴァァアアアアアア!!!!」
「ヤバッ」
避けきれないッ!?
「ハアッ!!」
ドオォォオオン!!!!
大きな爆音が鳴ったと同時に鎖が弾かれた。
「嘘でしょ、あの鎖どんだけ頑丈なの?」
勇者たちにやった物と同じ、圧縮した魔力を放って鎖に向かって攻撃した。
何とか防ぐ事が出来たが、私の攻撃をくらった鎖には傷一つない。
「ちょっと凹むなぁ、結構強くやったのに」
「ジャマヲスルナァアアアアア!!!!」
「危ないなぁ。というか、あの巨人族はあの頑丈な鎖を素手で千切ったのか、化け物め」
全く、助手君はいつまでモタモタしてるのかな?
いい加減ルスランを連れてきてくれないと被害が大きくなり過ぎちゃうよ。
「はぁ、今度は何かと思えば……」
「監獄長!?……いや、丁度いいか。地下監獄からの脱走者だよ、早く手伝って」
「……なるほど、律儀だな、お前も。とっくに忘れているものと思っていた」
「うるさい、早くして。私死んじゃうよ」
「冗談はよせ。火刑に処されても死ななかった奴が何を言っている」
「あれは火が弱かっただけでしょ」
そんな無駄話をしながら監獄長は持ち物を確かめている。
どうやら手伝う気はある見たいだ。
「まぁいい。今回のお前の働きに免じてさっきの事は無かった事にしてやる。それとこの件も手を貸してやる。全く、俺が戦う事になるとはな」
実は、監獄長が戦うのを見るのは私は初めてだ。
何となく強いとは感じるが、実際はどうなのだろうか?
「見たところ時間稼ぎをしていたように感じるが、何か策はあるのか?」
巨人の攻撃が監獄長の方にも行っているが、監獄長は危なげなく攻撃を躱している。
「助手君にルスランを呼びに行かせたよ。それ待ちかな」
「なるほど、適任だな。要は奴が来るまで持たせればいいわけだ」
そう言った途端、突然監獄長の手に一冊の本が現れる。
「……これでいいか、『具現せよ』」
刹那、それは現れた。
十字架だ。
とてつもなく巨大な十字架。
あの巨人よりも少し大きいくらいだろうか?
まぁ私と比べたら果てしなく大きく感じるけど。
しかし、まだ終わらない。
その十字架からこれまた巨大な綱が伸び、巨人の身体に巻き付いた。
巨人はそれを不快に思ったのか、力強く吠えながら身体を大きく動かす。
「グォオオオオオオオッ!!!!」
「ふん、切れる訳がないだろう。そもそも、目の付け所が違う」
何と、あの巨人をいとも簡単に十字架に縛り上げてしまった。
「わーお」
「時間稼ぎにはなるだろう。後は狂気師の到着を待てばいい」
「あんなに苦労して時間を稼いでいたのに……」
「それで俺が来ただろう?」
「そーですね」
「なんだその気の抜けた感じは」
そりゃあ気も抜けますよ。
「で?この巨人族はなんなんです?」
「何時からこの監獄に入っているかなど知らん。俺の何代も前に収容されたのだろう」
「なんか、勇者に対してとてつもない恨みがあるみたいだけど、それも心当たり無い?」
「勇者だと?……無いわけではないが、あり得ないぞ?」
「一応教えてよ」
「そうだな……巨人族が滅んだ理由、という訳ではないが、急激に数が減ったのは理由がある」
「?」
「これはもはや神話のようなレベルの話だが、巨人族と人族が戦争をしたことがあったようだ。結果、勝ったのは人族で、その争いで巨人族の数は急激に減少した。そして、その戦争で人族の筆頭だったのが、」
「その時の勇者?」
「あぁ。もう2000年も前の話だ」
「えぇ……巨人族の寿命は?」
「知らん。仮にこいつが件の事が原因で勇者を恨んでいたとすれば、二千年生きている事になるんじゃないか?」
「……ありえないでしょ」
「だろう?何か別の理由があるとしか思えん」
ん~、結局何もわからずか。
ルスランが来てくれればこの巨人族も話が出来るくらい落ち着くと思うんだけどなぁ。
「ボス~!!連れてきました~!!」
「君の望みを叶えればデートしてくれるって本当かい!?」
「ちょっと待って」
なぜそうなった。
「助手君や、ちょっとおいで」
「ま、待って下さい!一先ず自分の話を聞いて下さい!」
「言ってみ?」
「えっと先ず、看守に聞いて奴を直ぐに見つける事が出来たんですよ。というか医務室で寝てたので」
「それで?」
「で、話しかける訳なんですけど、アイツ、返事すらまともに出来ない精神状態だったわけです」
「何で?」
「失恋ですね」
「……それで?」
「ボスのお願いだって言って、ようやく聞く耳を持ったわけですよ。しかし、それでも動かなかったんですね。で、これは何かで釣るしかないなと思ったわけです」
「ほーん、で?」
「いろいろ言った結果、ようやく動き出してくれたのが……」
「……デート?」
「です」
「はぁ」
審議拒否したい。
この議題をポイしたい。
でもなぁ、呼べって言ったの私だしなぁ。
「え~っと、最近いろいろ忙しいから、食事くらいならいいよ」
「へ?ホントに?いよっしゃああああああ!!!!!!ヤッタッタ!!」
「めっちゃ喜んでますね」
「いいのか?」
「どうしようもないでしょ?こっちは頼む立場な訳だし。それに報酬が無いと誰も働かないでしょ」
むしろ、一度食事に付き合うだけでコイツを働かせることが出来るなら安い物だ、と思う。
「じゃあ、早速お願いがあるんだけどいい?」
「あの巨人に何かすればいいのかい?従える?それとも壊す?」
「どっちでもない。沈静化して。今は怒り狂ってる状態だから。で、原因は勇者らしいんだけど、面倒な事にこの近くに居るのよ。だからそれも誤魔化して欲しい。……できる?」
「近くに居るって、まさか勇者が?」
「そのまさか。監獄内に来てる」
「へぇ……勇者の方を誤魔化すのは、勇者の方に魔法をかけないと無理かな。沈静化は出来るけど……先に勇者の方を何とかしないと、巨人はまた同じ状態になっちゃうよ?」
「監獄長~?」
「……ルスランと勇者の接触を許可する」
「あっさりだね?」
「急がなければいけないからな。あぁ、それと、俺はこの巨人を拘束している間はここから動けない。医務室にいるからどうにかして来い」
「了解、二人とも行くよ~」
「わかりました」
「あーい」
はぁ、今日は厄日だ。
間違いない。
にしても、巨人族って全部あんなに強いのかな?
だとしたら直ぐに人族なんて滅ぼされそうだけど……当時の人族はあれと殺りあえるくらい強かったとか?
……あの巨人が特別強いに一票だね。
あんなのが複数いたら世界が危ないもん。
「フェリスちゃん、あの巨人って地下監獄の奴?」
「貴様ッ!!ボスを名前で呼ぶとは何様のつもりだぁああ!!!!」
「デート券を手にした勝者のつもりです~w」
「貴様ぁアアア!!!!!!」
「二人ともうるさい。……で、まぁ地下監獄の奴で合ってるよ。それがどうかしたの?」
「う~ん。今更だけど、この監獄って何なのかな、って思ってさ。ヌハハ、まぁ知ったところでどうもしないけどさ」
「……そうだね」
気にならない訳ではないが、こいつの言う通り、知ったところでどうもしないし、どうもできない。
「……ボス、自分は、この監獄の修復作業が行われているのを見たことがありません。ボスは見たことがありますか?」
「……ないね」
「僕もないかなぁ。不思議なのは、この監獄の建物の材料が摩訶不思議な物で出来てるって事かな。見たことないよ、こんな石材。フェリスちゃんは知ってると思うけど、僕って元貴族じゃん?だからこういう物に対しても多少は学があるつもりだよ。でも分からない。聞いたことすらない。ここは、いろんな意味で怖い場所だよ」
「あの巨人をしばってた綱と十字架、あれが何か分かる?監獄長が出したものなんだけど」
「……魔法で?それとも監獄にあった物?」
「それが分からないんだよねぇ。いきなり監獄長の手元に本が現れたと思ったら、巨大な十字架が現れて、そこから綱が伸びて巨人を締め上げたって感じ」
「そういえば手に持ってたねぇ。結論から言えば、あれは魔法その物だよ。多分、監獄長のオリジナル、もしくは血統魔法だね。どちらにしろ、あれは監獄長にしか使えない物だと思うよ」
「……あの、この監獄自体が、監獄長の魔法だとしたら、いつの間にか修復されていたり、材質が不明なのも説明できませんか?」
「まあそうかもしれないけど、この監獄って大国の王都並みの大きさがある文字通りの大監獄だよ?こんな大きさを具現するってだけでも神代級の魔法なのに、それを維持できるかな?」
「いや、そうとも言い切れないよフェリスちゃん。この監獄内にいる……いわゆる僕ら化け物と言われる連中は気付いてる筈だ。あの監獄長の異常さをね」
「…………」
「ま、何はともあれ、今は関係ない事だよ。仕事はちゃんとやらないとね」
「フェリスちゃん、やっぱりこういう仕事向いてると思うよ?黒い系のやつ」
「向いてなくて結構で~す」
全く、失礼な事を言ってくれる。
「ほらもうすぐ医務室だよ」