御礼小話 バレンタインデー 後半
鼻歌を歌いながら足取り軽くいつも通う兵舎食堂厨房までの道を歩く。
ちょうど昼どきなのにやけに人が少ないことを不思議に思いながら食堂の裏口の扉をあける。
「こんにちは~あれ?」
厨房には珍しくほとんど人が居なかった。
「チー二、なんか人少なくない?」
「あ~なんか鍛練所でトラブルあったらしい」
「トラブル?」
「なんかシシゴロシが炊かれたっていってたな」
「シシゴロシ?」
なんだそれ?
チー二はウサギ獣人のイリエさんとひまそうに野菜を洗いながらそう教えてくれた。
「テンション上がった上の連中が宴会はじめて料理つくんの追い付かないからってこっちからも料理人駆り出されてんだよ」
「ふーん?なんかよくわかんないけど大変そうだね」
「まぁ、こっちは暇だからいいんじゃね?向こうもそろそろ落ち着くだろうし」
チー二は洗いたての野菜の折れて取れた所をポイと口に放り込んだ。
その横でイリエさんがカリカリと野菜の端を美味しそうにかじっていた。
かわいいなぁ平和だなぁ。
「じゃあ、鍛錬所の方に行ってみるわ。あ、これ後で食べてね~」
私は二人分の包みを置いて鍛練所へと向かった。
鍛練所はとても広い。
ちょっとした田舎の学校の校庭…どころか校舎も含めた敷地くらいの広さが全部鍛練所になっている。
中は綺麗に整地されている。獣人的な感覚で。
つまり、私的には結構ぼこぼこして歩きにくい。
そんな鍛練所の一角で大宴会が開かれていた。その中心は…鬣みたいな髪の毛…あれは絶対サトゥナ陛下だ。めっちゃ楽しそうに爆笑してる。へぇ⋯なんか意外。
盛り上がっている兵たちとは対照的にぐったりとした様子で片付けをしている調理班の中に見知った兵舎食堂の料理人達をみつけて近寄る。
「なんか大変だったみたいですね?」
「ああ、もう戦場のようだったな…」
料理長の珍しい憔悴っぷりに目を見張る。ウーフォンさんまでぐったりしてる。
わぁ珍しい。
「ユアは何しに来たんだ?今日は休みだろ」
「あ~、えっと、今日は私のいた所だとセントバレンタインデーっていうお祝いの日だったんですよ。日頃の感謝を込めてチョコレートという材料をつかったお菓子を渡すんです」
「ちよこれいとー?」
「ええ、チョコレート。探したんですけどこっちにはなかったので代用品で作ったチョコレート風お菓子ですけど」
そういって包みに入れたクッキーを渡した。
料理長は包みを開いてその匂いをクンクンとかいで顔をしかめた。
「お前か!!!」
え?!何のこと!?
「ユア、このちよこれいとーの材料は?」
「えーっと…あ、こっちの瓶にお砂糖とバターで練ったの入れてます」
ぽこんっと瓶のコルク蓋をあけるのと慌てた料理長の静止の声は同時だった。
「開けるな!はやくしめろ!」
そう慌てた料理長が私の手から瓶を奪うよりも早く、見知った人が瓶と私を抱き上げた。
そしてとんとんと軽やかに料理長から離れた場所に私ごと移動した。
「ヤラールさん?」
赤みのつよい金髪がほほにあたる。なぜだかいつもと少し様子が違っていた。
面倒みのよいしっかりしたヤラールさんが今日はなんだかいつもよりもゆったりした動きをしている。まるで大型の猫科の動物のように。
「いいにおいだ」
すりすりと頭のてっぺんに頬をすりよせられ私は今までにないヤラールさんの奇行にピシリと固まる。
辺りには風もないのにごうごうと嵐の夜の風のような奇妙な音が響く。そしていつもより不安定なヤラールさんの体はゆらゆらと揺れて、その腕の中に居る私はちょっと揺らされすぎて酔いそう…っていうか酒くさっ!!
「ヤラールさんお酒のんでますね?」
ペシペシと腕を叩いて降ろして貰ったところでべったりとなついたままのヤラールさんは相変わらずぐらぐらとゆれている。
「少し飲んだな」
くつくつと屈託なく笑うヤラールさんは非常に珍しい。
相変わらずごうごうという音が辺りに響いているし、何なんだろこの音。
酔っ払いに寄り掛かられて溢しそうな瓶の蓋を閉じて腕にかけていた篭に戻したところで。その篭がひょいと浮いた。見上げたその先、軽々と篭を奪っていったのはサトゥナ陛下だった。
「これはなんだ?」
「…チョコレートもどきです。私のいた所だと2月14日はセントバレンタインデーといってチョコレートっていうお菓子を贈る風習があるんです。女性が男性の普段お世話になっている人に感謝をこめて送ったり、あと、好きな人に送ったり⋯ 」
好きな人にという所でサトゥナ陛下の髪の毛がふわんと広がった。
あれ?鬣じゃなくて髪の毛だっよね?え、どっちなの?獣人の謎を垣間見てしまった気がする。
「これはそのばれんたいんでーのために用意したのか?」
そういって篭を勝手に漁るサトゥナ陛下にムッとする。
取り返そうにも酔っ払いのヤラールさんに抱きつかれていて無理だった。
っていうか重っい、どんどん寄りかかってきてて潰れそう。
「あっ!ちょっと!やめてください陛下。それはお世話になっている皆さんのために用意をしたんですからっ」
暗にお前のじゃないと示唆したというのに話を聞かないライオン男はクッキーを包みから取り出しぱくりと食べた。
そしてすぐに顔をしかめた。
全くもって相変わらず失礼なやつだ。
進められもせず、勝手に食べたくせに口に合わないからってそれを顔に出しすぎだと思う。
「嫌なら食べないでくださいよ」
「お前…これは…入れすぎだぞ…」
そういってサトゥナ陛下は私の前にがっくりと膝をついた。なんで?
「くそぅ…寝転がるものか…そんな醜態は絶対に…」
ぐぬぬぬという顔で嫌そうに唸る。
ゴロゴロと遠雷が聞こえる。じわじわとしゃがむサトゥナ陛下とユア、ユアとなつくヤラールさんに囲まれまったくもって訳がわからない。何が起きているんだ⋯
立ちすくむ私の前に今度は見知った赤い色が広がった。
「ユア、ちょっとこれは始末書ものですよ?」
にっこりと笑ったイキシュさんのその顔の後ろでブリザードが吹き荒れている。
ええっ?!
なんで私が怒られることになってるのーーー!?
訳もわからないまま私はぐでんぐでんの2人から引き離され料理長とガスマスクをつけたアアカさんとイキシュさんに連行された。
「ユア、あなたが使ったシシゴロシは少量ならばリラックス効果がありますが…多目に摂取すれば興奮作用があります」
「はい」
「この場合の興奮は性的興奮も含まれるんですよ?もし襲われていたらたとえ合意ではなかったとしてもユア、あなたが薬を盛ったとされてしまうんですよ?」
「ひぃぃぃ!知りませんでしたすいませんんん」
隠すこともなにもないし、あらいざらい素直に事の顛末を説明した直後、イタチの親方さんが青い顔して弟子が間違えて納品してしまったと駆け込んできたことにより私は無罪放免…とまではいかないけれど反省文を書くだけで済んだ。
シシゴロシはマタタビみたいにネコ科に効くものらしい。クッキーを焼くときに揮発した成分が風に乗ってゆき、城中のネコ科が大興奮、鍛錬所で力比べが始まりやんゆんやの大騒ぎ、最終的に酒持ってこーい、つまみ持ってこーい!!の大宴会になった⋯ということだった。
それから数ヶ月後猫科獣人のベビーラッシュがあったのだけれど、その話を聞くたびに私は居たたまれない気持ちになった。
しかも…
「我に弟が出来たぞ」
にこやかに、晴れ晴れと笑った陛下に私は苦笑いしか出来なかった。
どうやら年の離れた弟の誕生が相当嬉しかったらしい。たしかに小さいこってかわいいよね、いいお兄ちゃんになりそうだなぁ⋯なんて思ってたのに何故かイキシュさんは舌打ちしたし、ヤラールさんは嫌そうな顔をしたし、ウーフォンさんには「陛下は陛下のままがいい」と言え。と耳打ちされた。意味がわからないから言わなかったけど。なんだろみんなして、そんなに弟が羨ましかったのかな?
次年から2月14日は戦闘!暴れたいんでい!!祭りという奇祭が開催されるようになることを…
私はまだ知らない。
「タタビ」
タタビ科の落葉つる性植物。山間部などに自生している。
果実を乾燥させたものや樹皮を 乾燥させたものを粉末にして使用する。
猫科を祖先とする獣人はタタビの果実の成分に反応し、恍惚感、多幸感、ゴロゴロと喉を鳴らす、転がる、身体をこすりつけるなどの行動をとる。
真タタビと偽タタビがあり、効果は真タタビの方がやや効能が強く、偽タタビは色が薄く苦みが強い。
同種にタタビマと呼ばれるものがあるがこれはタタビが魔素濃度の高い場所で育った際に突然変異したものであるが同種である。魔力の高い者に特に強く作用する。
タタビやタタビマの実に虫が卵を産み付け虫瘤になったもの(虫癭果)は非常に効果が強く、乾燥させたものを使用する際は注意が必要。
樹皮を粉にしたものは水を加えると粘り気が出るため軟膏や丸薬に適している。
また、樹液を煮詰めたものはゆるい飴状になる。
猫科獣人に多量に摂取させると酩酊状態になるが副作用はない。
俗称、シシゴロシ
『身近な山野草と効用』より抜粋




