閑話 11月22日 いい夫婦の日小話
もう冬なのに夏のお話が書き途中…
なのに急に今日の夕方にお話が降ってきたので思わず…
今日はいつもより忙しかった。
全ての部隊が帰還している上に午後から演習があるとかで早いうちに兵舎食堂の忙しさのピークがきたからだ。
普段は朝に終わらせる伝票の纏めが出来なかったくらい忙しかった。
そんなこんなでいつもより早い時間にすっかり閑散とした食堂のテーブルで私は伝票を纏めてる。
厨房は片付けや洗い物でおおわらわで…小さい私は邪魔になるから食堂スペースに移動してるのだ。
因みに私と同じく下っ端のチーニも追い出されてテーブルを拭いたり床を掃いたりしてる。
「あ」
仕入れの伝票の通し番号が01122だった。
「うん?どうした?」
「伝票がね1122だったんだよね」
「番号違ってたか?」
「ううん、1 12 2(いいふーふ)だなって」
チーニは私の発言に皆が頭に?をとばした。
私には便利な翻訳能力が付与されてたりするんだけど…時々こうやって伝わらないこともある。
特に、ダジャレとかは伝わらない。
例えるなら『レモンのいれもん』とかだ。
レモンがこの世界には無いし、<入れ物>の発音がレモンに近いということが無いからダジャレが成立しない。
『レモンのいれもん』って言うと『酸味のある果実用の容器』とでも翻訳されてるんじゃないかなと思う。
それは多分この国本来の発音と日本語の発音が違うから。
しかし残念なことダジャレの聞き取りはできたりもする。
多分この翻訳機能を構築するために使われたの言語かどうか、が違いを生んでるんじゃないかと思う。
とりあえずおじさんのしょうもないダジャレを聞かされて寒くなるのはどこでも同じ。
けれど、どうやら1122(いい夫婦)は全然つたわってないらしい。
「言葉遊びみたいなものかな…まあ、気にしないで」
そう言った私にチーニはふうん。といって掃除を再開した。
私が伝票をまとめ終わる頃、ちょうどチーズの焼けるいいにおいがしてきた。
「メシが出来たぞ」
料理長がぐつぐついう大皿をテーブルにドーンと置いた。
どうやら今日は皆で取り分けるタイプらしい。
白いクリームソースとチーズ、所々に見える色とりどりの野菜。
「わぁっ!!グラタンだぁ!!」
私は両手をうって喜んだ。
グラタンはメニューには出ない。
猫舌な獣人が冷えるまで食べられないから混みやすい食堂には不向きっていう理由で。
「それで、さっきの言葉遊びってどんな遊びなんだ?」
グラタンをお皿に取り分けてくれながら、厨房でさっきの話を聞いていたらしい料理長がそう言ってきた。
「えーっと…私の故郷だとひとつの文字の読み方がいくつかあってですね、数字の読み方もたくさんあるんです。 だから数字の並びに音や形、あとは連想なんかをむりやり当て嵌める語呂合わせっていう遊びがあるんです」
「へえ、そりゃ面白いな」
「そうやってただの数字の羅列を言葉に置き換えて暗号にしたり、覚えやすくしたりするんです」
うまく伝えるのが難しい。
それに賄いが美味しそうで気もそぞろになる。
ゆるめのホワイトクリームとチーズがとろりとかかったグラタンには野菜がごろごろ入ってるその様子はまるでチーズのかかったクリームシチューみたいだ。
そこにパンダ姿のウーフォンさんが素晴らしい包丁捌きでスライスしたパンを添えてくれた。
シュシュシュッ!スパパパパン!!みたいな感じでとにかく凄い。バカみたいな表現しかできないけどとにかく凄い。
「食うぞ」
料理長の言葉に皆がそれぞれ思い思いの返事をする。
私は「はーいいただきます」チーニは「うっす」イリヤさんは「キュッ!」って。ウーフォンさんは無言だ。
私はとりあえずパンにバターを塗ってぱくりと食べる。
朝に焼いたパンはまだ充分もちもちで美味しい。
皆はスプーンも持たずに雑談をしてる。
どうやら少し冷めるのを待つらしい。
「じゃあ、さっきのイーイーフーフーはなんだ?」
「あー伝票が1122っていってたっすよ」
「えっと…」
「まてまて、少し考えさせろ」
みんな食べる前に考えてるってことは…もしや、このメンバー猫舌なのかな?
そう思いながら掬ったグラタンをフーフーと吹きさましてた。
だって、すごく熱そうだから。
そこに「すまん、いいか?」って言いながら疲れた顔のヤラールさんがやって来た。
「書類仕事してたらこんな時間になっちまった…なんでもいいから飯を…」
って近寄ってきて大皿のグラタンをじっと見てる。
「あ~賄いだが食うか?」
普段は賄いを人に出さない料理長もヤラールさんの良いなぁそれ…っていう視線に負けてた。
「いいのか?すまんな」
ヤラールさんは嬉しそうにイリヤさんが空けてくれた私の横にいそいそと座った。
そして料理長が取り分けた湯気の立つグラタンを見ながらじっと待ってる。
それは待てをされている犬のような風貌。
お腹すいてたんじゃないのかな?
そう思いながらヤラールさんをみてたらぐーってお腹の鳴る音が聞こえた。
「す、すまん…」
恥ずかしそうな顔をしたヤラールさんにはっとする。
ヤラールさんは耳も尻尾も出してないから忘れがちだけど…カラーリングは虎だ。ってことはもしや猫舌!?
そんなことを考えてたらまた、ぐーと聞こえた。
私は思わず掬って吹き冷ましていたグラタンを差し出した。
「これなら冷めてますよ、どうぞ」
湯気の立たない匙の上のグラタンをヤラールさんはちょっと恥ずかしそうにぱくんっと食べた。
「熱いものはふーふーするといいんですよ」
こうやって。
ってもう一度掬ったグラタンにふーっと息をふきかけてみせる。
そしてそうやって冷ましたグラタンを再度差し出せば、熱いのを覚悟して恐る恐る食べたヤラールさんは口に入れたそれを咀嚼し、しみじみと噛み締めるように「旨い」っていった。
「料理長のお料理って美味しいですよね」
そう答えて私はほどよく冷めてきた端の方のグラタンをすくってぱくりと食べた。
濃厚なミルク味のクリームソース。旨味の濃い野菜と絡まるチーズが絶品だった。おしいー。
「いや、そうじゃねえだろ!」
おいおい!って感じで料理長に何故か突っ込まれた。
横ではヤラールさんが顔を赤くして頭を抑えてる。
「つまり、ふーふーするといいよってこと?」
横にいたイリヤさんがウサギの耳をピコピコしながらこっちを見た。
「そうですね、息をふきかけて冷ますと熱いものもほどよく冷えて…」
「ちがう、さっきの言葉遊び」
ぷるぷると首を降られると耳がぺたんぺたんと動く。
かわいい。
「あれは、私の国の言葉で良い夫婦って意味ですね」
「いい夫婦はふーふーする?」
「そこは繋がんないんですけど…あ~でもするかもしれませんね、ご夫婦ですしね」
ヤラールさんはグラタンを口に入れてゴホッっとむせたあと慌てて水を飲んでる。
「ヤラールさん、表面は冷たくても中はまだ熱いから食べる前に唇にちょっと振れさせて確認したら安全ですよ」
お行儀は悪いけどね。
私はふーっとグラタンに息を吹き掛ける。
その私の手をスプーンごといつの間にかイリヤさんと入れ替わってた人型ウーフォンさんが黒い爪の指でつかみばくっと奪って食べた。
「ん、食べやすい」
「ちょっ!自分のふーふーして、食べてくださいよ!!」
っていうかイリヤさんが震えながら逃げてるから!!
「お、俺もっ…ぐえっ!」
何か言いかけたチーニが料理長にテーブルに潰されてた。
「いいからお前ら黙って食え」
料理長に睨まれた私達はふーふーしながら黙々とグラタンを食べた。
それから暫くしてグラタンを番同士がふーふーしあいながら食べるのが大ブームとなった。