1曲目『追放。からの、もう一度バンドを組もう!』
「モヤシ、てめーはクビだ」
大学一回生の春、初ライブの前日。
僕――百瀬ヤスシはバンドから追放された。
「エッナンデ!?」
驚きのあまり、僕はキョドり気味に応える。
「エッナンデじゃねぇよ、相変わらずキモいな」
たった今、僕を追放した元バンマス(バンドマスター)の夏野が、食堂の椅子にふんぞり返りながら、僕の足を蹴り飛ばした。
夏野太陽、十九歳。
名前どおりのギラギラな金髪をかき上げた彼が、僕の頬に唾を吐きかける。
「てめーが超寒いモヤシ野郎だからだよ。モヤシみたいに細い腕も、猫背も、卑屈な引きつり笑いも、キョドってるところもドモり癖があるのもビビるとカタコトになるのも髪がモサモサなのもファッションセンスが中学で止まってるのも貧乏ゆすりも、全部が超寒い! 極めつけに、情熱のかけらも感じられないさむーいドラム! パフォーマンスも音楽だってのに、ちっともなっちゃいねぇ。てめーみたいなモヤシ野郎は俺のバンドには要らない」
「そ、そんな……頑張って練習してきたのに」
「さっさと消えろよ、モヤシ野郎」
夏野に背中を蹴り飛ばされながら、僕は学食をあとにする。
こうして僕は、希望を懸けていた大学デビューに、のっけから失敗した。
♪ ♪ ♪
「お前、それ、止めろよ」
午後の講義を受講していると、隣に座る駿河九郎くんが話しかけてきた。
「その貧乏ゆすり、ウザいから止めろって。夏野からさんざん言われただろ」
「ご、ごめん」
気が付けば、僕の膝が机の下で振動していた。
悩み込むと出てしまう、僕の悪い癖だ。
「確かにその癖はキモいけど、お前、顔は悪くないんだから。別にバンドなんてしなくても彼女くらい作れるだろ」
「そ、そんなことないよ……僕はこのとおり、情けないモヤシ野郎だから」
「うーん。過去にいたことはなかったのか?」
「一人だけ」
「いたんじゃねーか」
「小学生のときだけど」
「しょっ……あ、うーん」
何とも言えない表情になる駿河くん。
「まぁでも何だ、悪かったな。夏野の奴、歌もギターも上手いし顔も良いけど、ワガママで思い込みの激しいところがあるからさ。こういうときに、サブバンマスの俺が上手いこと立ち回らなきゃならなかったのに」
「あ、うん……ありがとう」
「ありがとう、はねぇだろ。お人好しだな」
そう言って、駿河くんが苦笑した。
その笑顔は優しかったけれど、同時に僕は改めて、もうバンドには戻れないんだという事実を突きつけられた。
ますます、悩みが深くなっていく……。
小学生時代、僕はいつもクラスで一番背が高かった。
六年生時点で一七〇センチもあった。
足が速くて勉強もスポーツも一番で、何よりドラムがものすごく上手かった。
音楽祭では、ドラム希望者十数人を全員倒して選抜され、プロ顔負けの演奏を披露して拍手万雷。
僕は学校のヒーローだったんだ。
でも、中学に上がった頃から様子がおかしくなっていった。
背が、一ミリも伸びなくなったんだ。
いつも僕のことを見上げ、『すごいすごい』と褒めてくれていた友人たちが、どんどん追いついてくる。
やがて追い抜かれてしまった。
勉強もスポーツも、僕よりデキる奴がどんどん現れて、僕はあっという間にスクールカースト最下位になった。
それでも、ドラムだけは誰にも負けなかった。
ドラムだけが、僕の取り柄であり、心の防波堤だったんだ。
バンドで大学デビューして、モテてモテてモテまくってやる!
チヤホヤされ尽くしてやるんだ!
――それが、僕の唯一の希望だった。
だから、どれだけ罵倒されても夏野のバンドにしがみついてきたし、同じ大学にまで入った。
なのに……。
「ね、キミ」
いきなり、とびっきり可愛らしい声が耳に飛び込んできた。
「ワァアアアアアアッ!?」
僕は飛び上がる。
いつの間にか授業は終わっていて、講堂には誰もいない。
いや、一人だけ、いる。
「ボクと付き合ってよ」
とびっきり可愛い声をした女性が、目の前にいる。
それは、魅力的で蠱惑的な声だった。
『ハッとするほど』なんて生ぬるい言葉じゃ表現しきれない。
『魂ごと持っていかれそうなほど』の、それは魅力的な声だった。
僕はその声に、一目惚れならぬ一耳惚れをした。
「聞いているのかい、少年?」
長机を挟んで僕の前に立つ女性が、ひんやりとした指先で、僕の顎をついっと上げた。
僕は女性の容姿を間近で見つめる形になる。
可愛いのは声だけじゃなかった。
大きな二重まぶたの目には長い睫毛。
すらりと通った鼻筋。
色っぽい唇は桜色。
セミロングの髪は黒色で、裏側だけ、目の覚めるような青緑――碧色に染め上げられている。
ピアスの色も、同じ碧。
身長は僕と同じくらいだろうか。
濃紺のキャミソールの上に白い革ジャンを羽織っていて、下はデニムのホットパンツと黒タイツ。
スタイルも良い。
読モをやってると言われても絶対に信じる。
びっくりするほどの美人だ。
「エッ、アッ、エッ!?」
こんな美人に話しかけられているとは到底信じられなくて、僕は周囲に人影を探す。
けれど、誰もいない。
「キミだよ、少年」
謎の美女が僕の手を取った。
目の覚めるような、碧のネイル。
「ねぇキミ、ボクと付き合って?」
美女が、首を傾げてみせる。
ほぼ真顔だけど、ほんのわずかに微笑んでいる。
パーフェクトな角度と、ミステリアスな笑み。
これで落ちない男はいないんじゃないだろうか。
「エッアッソノゥ……」
キョドっている間に、美女は僕の手を取って歩きはじめる。
講堂を出て、授業棟を出て、大きな中庭――学園祭の時期には大きなライブをやる憧れの会場――を抜けて、学外へ。
「アッ、アノッ」
どこに行くんですか?
っていうかアンタ誰だ!?
僕の疑問を先取りするかのように、
「アオ」
と、美女が言った。
「海野アオ、二回生。キミの一個センパイ」
美人の先輩が僕の手の平に、碧いネイルの載った爪で文字を描きはじめる。
「【王】様の【白】い【石】――碧、だよ。気軽に『アオちゃん』『アオ先輩』『キング・ホワイト・ストーン様』と呼んでほしい」
「ア、アオ」
こんな美人に手を握られたのなんて初めてで、僕は『アオ、碧』と繰り返すので精一杯だ。
「キミは、誰? キミの名前」
「も、もももももも百瀬ヤスシです」
「もももももももももせヤスシ?」
「百瀬ヤスシ、です」
「ふふふ、ドモりすぎ。大丈夫。取って食べたりしないから」
『ふふふ』と言いながら、実際には笑っていない美女――アオ先輩。
ミステリアスというより、ダウナーな感じの人だ。
っていうか、この状況は何!?
『付き合って』ってそういうこと!?
いやいや落ち着け。
僕みたいなモヤシ野郎に交際を申し込むような奇特な女性なんているわけがないだろ。
だったら、ちょっと強引なサークルの勧誘?
新歓コンパに1人1名必ず連れてこい的な?
いや、もしかしたらもっとヤバいやつで、のこのこついて行ったら、
『ワレェ、ワイの女にナニ手ぇ出しとんのやゴラァ!? 百万円払わんかい!』
みたいな展開になるんじゃぁ……?
ビビりちらかしながらも、アオ先輩の手の柔らかさが心地良くて、それに先輩の手の力が思いのほか強くて、僕はその手を解けない。
不思議と、懐かしいんだ。
アオ先輩とは初対面のはずなのに。
遠い遠い昔、アオ先輩と手を繋いで、こうして歩いたような気がしてならない。
「着いたよ」
気が付けば、僕は大きな居酒屋の前に来ていた。
「ここ」
手を引かれ、入店する。
あぁ、良かった。
やっぱり新歓コンパだったんだ。
ニ階へ案内され、数十人が入れそうなほどの大きな宴会部屋に入ると、
「やっほー、アオ。早かったなぁ~」
全体的に『でかい』女性が声をかけてきた。
まず、背がでかい。
一八〇以上ありそう。
そして、む、む、胸がでかい!
いろいろとでかい点以外は、ザ・お嬢様系の学生さん、といった感じだ。
にっこりと微笑む優し気な糸目、ゆるふわ三つ編みの長い黒髪、白をベースにしたカーディガンとロングスカート。
「シラコも早いじゃない」
「ウチは準備係やから~。あとシラコ言うたらプンプンやで~」
でかい女性が指でツノを作って怒ってみせた後、僕ににへらぁと微笑みかけてくれて、
「ウチは白玉シロ~。アオんとこのバンドメンバーやねん。気軽にシロって呼んでな~」
「バンド。――エッバンド!?」
ってことは、これは軽音サークルの新歓コンパ!?
やった、やったぁ!
これでまたバンドが組める!
僕のモテ学生ライフがやってくる!
「……え? 軽音部って知らずにここまで来たん? ちょっとアオ~、ちゃんと説明したらなあかんやろぉ~? 音楽に興味ない子やったら可哀そうやんかぁ~」
「それは大丈夫」
アオ先輩が自信満々に頷く。
やや興奮気味な様子で、
「だってこの子、貧乏ゆすりがとっっっっっっっっっっっっっっっっても速かったから」
いや、『この子』って……年齢、一つしか変わらないじゃないですか。
っていうか貧乏ゆすり!?
アオ先輩、僕の貧乏ゆすりを見て、僕をここに連れてきたの!?
「へぇ、貧乏ゆすり? それはちょっと面白そうかも~。じゃ、また後でなぁ~」
僕らを皮切りに、続々と人が入ってきた。
シロ先輩は、それらを捌く仕事に戻っていく。
「キミとボクは、こっち」
僕はアオ先輩に手を引かれ、奥の席に座る。
僕を一番奥に座らせて、すぐ隣にアオ先輩。
なんというか、逃げられないように退路を塞がれているような……。
「ふふふ、楽しみだね」
相変わらず、『ふふふ』と言いながら実際には笑っていないアオ先輩。
けれど口元は楽しげだ。
「ところでアオ先輩、コレってどのサークルなんですか?」
確か、ウチの大学には複数の軽音系サークルがあったはずだ。
ライトなものからヘビーなもの、少人数なものからマンモスなものまで。
中でも最も大所帯で強豪と言われているのが、
「「「「「軽音楽部!」」」」」
「ンヒィ!?」
周りにいた上級生らしき人たちが一斉にこっちを向いたので、僕は白目を剥きそうになった。
「そう、軽音楽部」
アオ先輩が頷いてみせる。
「学園祭ライブで全十枠中五個もの出場枠を擁している強豪。■■大学が誇る最強の音楽集団。ようこそ、■■大学軽音楽部へ!」




