表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
番の少女は別れるために恋をする  作者: 夏みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

仮面舞踏会

埃の粒が橙色の西日にきらめいて、静かに舞っている。

放課後の図書室は、まるで時が止まっているかのように静まり返っていた。

私は古びた木の机に肘をつき、手元の問題集とにらめっこをしながら、重い溜め息を吐き出す。


「……ねえ、ミヅキ」

「ん? どうしたの、チヒロちゃん」


対面に座る同級生のミヅキが、読んでいた厚表紙の本から視線を上げ、

「今度はどこが分からないの?」と私の問題集を覗き込む。


入学式から一週間が経ち、同級生たちの間で人間関係が確立されつつある今日この頃。

気付けば、自然とミヅキと二人でいることが多くなっていた。

彼女はこの学院に相応しい品のある佇まいで、おっとりとした優しい雰囲気が良家のお嬢様なんだろうなと感じさせる。

対して私は、周りから見たら世間知らずで危なっかしいところが多いらしく、何かやらかす度に優等生のミヅキが世話を焼いてくれるようになり、今に至るというわけだ。

今もこうして、座学にまったくついていけない私は彼女に勉強を教えてもらっている。


「私、なんでミコトから嫌われてるんだろう」

「え?チヒロちゃん、嫌われてるの?そんな風には見えなかったけど……」

「まあ、一応双華の相手だから表面上は仲良い感じに見せないと面倒だし、あっちも気を付けてるっぽいけど……入学式の日から、二人きりになるとまったく口きいてくれない。用があって話しかけたりしたら、睨まれるし」

「そうだったんだ……」


ミヅキは、眉を八の字に下げながら「それは辛いね」と同情してくれる。


「ちなみに、心当たりはないの?」

「ないよ。顔合わせで自己紹介した時から、ずっとこんな感じだもん」


私は、まだ記憶に新しい入学式の日の出来事を遡る。



入学式の式典が始まる直前、私たち新入生は広間に集められ、これから四年間を共にする同級生及び、双華の相手との顔合わせが行われた。


ミコトとは、それが初対面だった。

緩やかな曲線を描く長い髪をふわふわと揺らせた、まるで高級なお人形のように可憐な少女。

左目の下の泣きぼくろと、ガラス玉のように真ん丸で透き通った瞳がひどく印象的で、誰もが「守ってあげたい」と庇護欲を掻き立てられるような容姿をしていた。


私を見た瞬間は、彼女はその大きな瞳を零れ落ちそうなくらいに見開き、ぱっと花がほころぶような嬉しそうな顔をしたのを覚えている。

けれど、


「はじめまして。チヒロです」


私が自己紹介をして右手を差し出した途端、ミコトの表情は凍りつき、激しい敵意を込めた眼差しを向けてきたのだ。


「……そういうの、もう要らないから!」


差し出した私の右手は、パチンと強い音を立てて弾き飛ばされた。

その後は双華の誓いで彼女と片手を繋がれ、気まずい空気のまま入学式に参列したが、式典の間中ミコトはずっと不機嫌そうにそっぽを向いて、一切私の方を見ようとはしなかった。



それから一週間。

同じ部屋で暮らしているというのに、彼女は私とまともに口を利いてくれない。

双華は約四年間、同室で寝食を共にするだけでなく、あらゆる場面で共同作業を求められる。

平穏な学院生活を送るためには、一刻も早く関係を修復したいのだが、向こうは会話の糸口さえ与えてくれない。

何か不快なことをしてしまったのかと尋ねても、「自分で考えたら?」と冷たく一蹴されて取りつく島もなかった。


「握手を交わすのが侮辱にあたる地域とか宗教とか、あったりする?」


「ううん。外国ならあるかもしれないけれど、少なくとも日ノ国では聞いたことがないかな」

「だよねえ……」


ミヅキの言葉に、私は再びうなだれた。

物知りの彼女が知らないのなら、きっと本当にないのだろう。


「もしかして、チヒロちゃんが覚えていないだけで、前に会ったことがあるんじゃない? その時に何か凄く怒らせるようなことをしちゃって、彼女はそれをまだ根に持っている……とか」

「う~ん……」


(……だとしたら、かなりまずいんだよなぁ……)


もしそうだった場合の対処法を考え、頭を抱えたくなる。

ここを卒業するまで、面倒ごとは避けたい。

私には、無事にこの学院を卒業しなければならない事情があるのだ。


「チヒロちゃん、大丈夫?」

「あっごめん!全然大丈夫!」

「もぉ~急に黙っちゃうから心配したよぉ」


心配そうにこちらを覗き込むミヅキに申し訳なさが募り、私は話題を変える。


「…っていうかさ。私達、どうせ卒業したらどこかの貴族に嫁がなきゃいけないんでしょ? それなのに、なんで女同士で夫婦ごっこなんてしなきゃいけないのかね」


私たちが住むこの国――日ノ国は、海に囲まれた小さな島国だ。

国民の多くは艶やかな黒髪と、黒曜石のように漆黒の瞳を持って生まれる。

異国の人々からは、その姿が「神秘的な美しさ」として高く称賛されていた。


けれど国自体は貧しく、資源の多くを他国からの輸入に頼っていた。

そこで国交を優位に進めるため、とりわけ容姿に恵まれた少女たちを集め、諸国の王族や貴族へ嫁がせるための英才教育を行う施設を作った。

それがこの白鈴女学院だ。


類を見ない美貌を持つ日ノ国の少女――しかも勉学や礼節を既に学んでおり、一から王女教育する必要がない――を輩出するこの学院の評判は世界中に広がり、各国から貴族や王族が伴侶を探しに訪れるようになる。

卒業生たちがどこかに嫁いでいくたびに、結納として多額の寄付も集まり、国の財政は潤った。

さらに、卒業生たちが諸外国で妃や夫人として見事に立ち回り、貿易が盛んになったことで、国は急速に豊かになったのだという。


最初は「人身売買だ」と激しく非難していた国民も、恩恵を受けるにつれて不満を口にしなくなり、今やこの学院に入ることは少女たちの憧れとさえなっている。

学院に入学するには、容姿の美しさが認められたものだけに渡される招待状が必要になるのだが、庶民が招待された時には村や町を挙げて英雄のように称えられるらしい。

まあ、私は特殊な経緯でこの学院に入学することになったので、残念ながらそのような扱いを受けたことはないのだが。


要するに私たちは、貴族たちのお眼鏡に適うくらい美しく、外交で貢献できるくらい優秀でさえいればいいのだ。

それなのに、女同士で恋愛させて何の意味があるのか、チヒロには分からなかった。


「まあ、誰か一人が孤立して病んだりしないようにする配慮とか、脱走対策としてお互いを監視させる目的とか、色々あるんでしょうね」


意外にも、ミヅキから返ってきたのは現実的な返答だった。

純粋で可愛らしい彼女のことだから、もっと乙女な回答だと思ったのだが。


「あとは……恋人ってすごく特殊な関係性だと思うから、伴侶の男性とちゃんと上手くやれるように経験させておくため、とかね。感情の制御とか、距離の取り方の予行演習は、夫婦生活で必ず役に立つから」

「へえ……なんか大人。ミヅキさん、もしかして既に色々経験済みだったりする?」

「……内緒。とにかく、ミコトさんとのことは、私も手伝えることがあったら力になるから。ひとまず、お勉強頑張ろうね」


ミヅキはクスリと笑うと、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。

それから不意に視線を外すと、図書室の大きな窓の外を見つめ、深いため息を吐き出す。


「まあ……対華と上手くいっていないのは私も同じだから、人のこと言えないんだけどね」

「タイカ?」

「双華の相手のことよ。……えっ、授業や説明会で何度も言われていたのに、覚えてなかったの?」

「えへへ……」


私が誤魔化すように笑うと、ミヅキは呆れ顔で小突いてきた。


「まあいいわ。とにかく今日は、この章まで終わらせちゃおうね。ここをやっておけば、小学校の内容は大体理解できるはずだから」


ミヅキが問題集を指先でトントンと叩いたことで、逸れていた意識が先程まで苦戦していた数式の問題に引き戻される。


座学は苦手だ。

何せ、学校に通ったのが七歳の時以来なのだから。

そんなんでいきなり高校生の授業内容についていけるはずもなく、私は初っ端から挫折した。

だからこうして、ミヅキに放課後補習をしてもらって、なんとか遅れを取り戻そうとしている。


彼女は、私が何故ここまで勉強が遅れているのか、理由を一切聞いてこない。

その踏み込みすぎない優しさが、すごくありがたかった。


ふと、先ほどミヅキが物憂げに見つめていた窓の外へと目をやる。


西日の射す校庭の木影で、二人の少女が身を寄せ合っている。

一人は、ミヅキの対華である同級生のルカ。

そしてもう一人は、真っ白な制服を着た女生徒――たしかあの制服は特待生のものだから、上級生だろう。

互いに別の対華が決められているはずなのに、よくもまああんなに堂々といちゃつけるものだ。


ルカはいわゆる問題児で、同級生たちの間でも浮いている存在だ。

入学式を抜け出したり、授業をまともに受けなかったり、対華以外の女生徒とやたら親しくしていたり……と、目に余る行動が多すぎて教師もお手上げ状態らしい。

そんな感じで彼女の管理は対華であるミヅキに丸投げされているようだが、教師でも匙を投げた相手に一生徒の彼女がどうにかできるわけもなく、ほぼ野放し状態になっているそうだ。

ミヅキの心労を考えると、ルカに対して苛立ちが募る。

まあ、自分も色々とミヅキに助けてもらっていて苦労をかけているので、あまり人のことを言える立場でもないのだが。


「……対華の交換とか、出来ればいいんだけどねえ」


私は頬杖をつきながら、ミヅキに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。

次の瞬間、上級生のサユリがそっと手を伸ばし、ルカの髪に触れた。

そのまま、二人の顔が吸い寄せられるように近づいていく。


「……え」


息を呑んだ直後、視界が急に横へと滑った。

ミヅキが私の顎を細い指で掴み、強引に自分の顔の方へと向けさせたのだ。


「こーら。あんまり見ないの」

「あ、ごめん……」


向き合った顔が思ったよりも近くて、思わずたじろいだ。

その時、


「チヒロ」


可愛らしいのに棘のある声が、静かな図書室にやたらと響く。

振り返ると、不機嫌さを隠す気が微塵もないミコトが、腰に手を当てて立っていた。


「担任が、二人で職員室に来なさいって。行くわよ」

「え?なんで」

「知らないわよ!とにかく来なさい」


ミコトが強引に私の腕を掴み、立ち上がらせようとする。

華奢な身体に似合わず力が強い。


「それじゃあ、今日の補習はここまでにしようか。続きはまた明日やろう」


私たちの様子を見てミヅキはそう言って優しく微笑むと、机の上の問題集を手際よくまとめてくれた。



笑顔で手を振るミヅキに見送られながら、半ば引きずられるような格好で図書室を後にする。

夕闇が迫る長い廊下を、ミコトはズカズカと歩いていく。

まだ入学したばかりなのに、彼女の足取りには道に迷う素振りがない。

頭の高い位置で二つ括りにしたミコトの髪が、馬の尻尾みたいにふわふわと揺れるさまを見ながら、私は違和感に気づく。

職員室は一階のはずなのに、彼女はなぜか途中で階段を上がり、二階の旧館へと続く人通りの少ない通路を進んでいた。


「ねえ、ミコト。職員室ってこっちだっけ――」


言いかけた瞬間、手首を強く引かれ、鍵の開いていた空き教室へと押し込まれた。

バタン、と重い木枠の扉が閉められ、暗がりの中で鍵のかかる金属音が響く。


「……ミコト?」

「……嘘よ」


ミコトは扉に背を預けたまま呟いた。


「え?」

「さっきの、担任に呼ばれたっていうのは嘘。いっつもアンタが帰ってくるのが遅いから連れ出しに来たの!」


薄暗い教室の中、西日の残光が彼女の可憐な横顔を赤く染めている。

ミコトは苛立ちを隠そうともせず、つかつかと私に詰め寄ってきた。


「なんで対華の私を差し置いて、あの女とばっかりいるのよ! 勉強を教わるなら、私に言えばいいじゃない! 私だって、アンタに教えることくらいできるわよ!」

「いや、でもミコトは私と話すのも嫌そうだったし……」

「それはアンタが……っ! ……いや、やっぱりいい。それより、対華の私以外に頭とか顔とか気軽に触らせるのも、頭おかしいんじゃないの! 見ているこっちの身にもなりなさいよ!」


興奮気味にまくしたてる彼女は、今にも泣き出しそうな目で私を激しく睨みつけている。

必死な彼女には悪いが、小動物が必死に虚勢を張っているようで、まったく怖くない。


(……さっきの、見られてたのか)


人の気配を感じ取る能力には長けているはずだが、まったく気づかなかった。

平和ボケして、感覚が鈍ったか。

……いや、それよりも。


「……あのさ、ミコト」

「何よ!」

「……なんかそれ、私に嫉妬してるように聞こえるんだけど」


ずっと嫌われていると思っていたが、先ほどの言葉は私に構ってもらえなくて拗ねているようにしか思えない。

単刀直入に聞くと、ミコトの動きがピタリと止まった。

彼女の頬がみるみるうちに真っ赤に染まり、肩が震え始める。


「……なっ……! そ、そんなわけないでしょ、馬鹿じゃないの!?」


ミコトは声を裏返らせて叫ぶと、ぷいっと不機嫌に横を向いた。

私はふと、先ほど図書室でミヅキが口にしていた言葉を思い出す。


『チヒロちゃんが覚えていないだけで、前に会ったことがあるんじゃない?』


(……せっかく会話してくれてるし、この機会に聞いてみるか)


どうか違っていてくれと願いながら、探るように問いかける。


「ねえ、ミコト。もしかして私たち……昔、どこかで会ったことある?」


その瞬間、ミコトの表情が、激しい怒りと悲しみの感情を表現するように激しく歪む。

あ、多分まずかったなコレ。と、彼女の表情を見て察する。


「……やっと思い出したわけ!? 遅すぎんのよ!これまでどのツラ下げて私と話してたわけ?」

「えっ…とごめん、そうかなって思っただけで、完全に思い出したわけではなく……」

「はぁ!?」


ここで話を合わせても良かったが、もし嘘をついているとバレたら、今度こそ取り返しのつかないことになる気がするので、正直に白状する。

ミコトは拳を固く握りしめ、ボロボロと大きな涙を零してしまう。


「最っ低!私がこれまでどんな思いで……っ」


さらに眼光を強めて激昂したミコトはそこで言葉を区切ると、涙を乱暴に袖で拭い、私の胸ぐらを掴む。


「絶対、許さないから。覚悟しなさいよ」


そう言い残すと、鍵をガチャガチャと開けて教室を飛び出していってしまった。

パタン、と扉が閉まり、静寂が戻ってきた空き教室。

一人残された暗がりの中で、私は自分の冷え切った手元を見つめていた。


(……間違いない)


先程の言葉で、確信した。

あの女は、私の『過去』を知っている。


「……殺すか」


誰もいない空き教室で、誰に聞かせるでもなくそっと呟いた。

罪悪感も、ためらいもない。

だって私は、七歳の時からずっと、殺し屋として生きてきたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ