自宅にて
寝苦しくて目が覚めた。
エアコンが効いているはずなのだが、どうにも暑い。
「うぐ……」
何故か身体がすっぽり布団に埋まっている。いくらエアコンがあってもこれじゃ暑いはずだ。……あれ、この布団ってこんなに大きかったか。
しかも、頭のあたりに毛布のようなものがある。なんだろうこれ、こんな質感の枕カバーあったっけ。
確かめようと腕を持ち上げると、手が胸の間に入った。
「…………」
両手を胸に持っていき、シャツの上から手を当てる。ノーブラだ。……うーん、前から思っていたが、少し大きすぎる気がする。他の部分は基本的に俺の好みだが、この辺は少しシエディアの趣味が入っているから――
「じゃなくて」
布団をめくって起き上がる。
カゲヤ用のパジャマではなく、俺が普段寝間着に使っているジャージだ。何故か前が開いているので落ち着いてチャックを閉める。……なんだろう、寝ぼけて改造魔法を発動させたとかかな。
そう思いながら視線を下にやると、魔力を使い果たして気絶したシエディアが床に転がっていた。ちなみに、《自己改造》一回に必要な魔力は大体シエディアの全魔力と同じぐらいである。ふん、俺をカゲヤに変身させて何をしようとしていたのかは知らないが、魔剣テイレシアスの使用に必要な魔力を甘くみたな、シエディア。
とりあえず彼女の身体をオリハルコンワイヤーで縛り、隣の部屋のベッドに寝かせておく。
オリハルコンワイヤーは魔人でも抜け出せないほどに非常に強固だが、シエディアなら時間をかければ改変魔法でワイヤーを変形できるので大丈夫……あれ、何か忘れているような。うーん、寝起きだと頭が回らないな。
「《初期……》、いや、やっぱいいか。このまま寝直そ」
今日は特に予定もない。カメラにタイマーセットしてカゲヤちゃんの寝顔撮っとこ。ふへへ。
とりあえずジャージとトランクスを脱いで、下着とパジャマを身に着ける。別に着古した寝間着を着ていた程度で失われる美少女力ではないが、この辺のこだわりは大事。
ベッドに戻り、布団を被った。
※
目が覚める。気持ちのいい朝だ。ここ地下だから朝日とか入ってこないけど。そもそももう昼だけど。
「ふあ……。ちゃんと撮れたかな……」
おお、いい感じに撮れてる。なんだろうなこの……無防備感? すごく可愛い。
シエディアめ、今までこんな可愛いカゲヤちゃんの姿を独り占めにしていたとは……あ、何故か一枚だけちょっとやらしいポーズに……これは、うん、専用フォルダに隔離しておこう。シエディアには見せられないな。
そういえば、シエディアはあの後新しいアイスを買ってきたのだろうか、と冷凍庫を開けるが、まだ冷凍庫の中は空っぽのままだった。……いや、一個だけ一口サイズの小さなアイスがあった。
とりあえずそれを食べる。しかし、これだけではどうにも物足りない。カゲヤの状態だから腹が空くわけではないのだが……。
「何か作って……いや、めんどくさいしシエ……お母さんに頼もう」
別に料理ができないわけではないが、手間がかかるのであまり自分で作りたくはない。
廊下に出て、シエディアの部屋の前まで行く。……まだ起きてないのかな?
「お母さ――うわっ」
「うぅっ……ごめんなさい、私が悪かったです……」
縛られたままのシエディアが、ベッドから落ちて床に転がっていた。何とか扉の近くまで転がって開けようとしたようだが、上手く行かなかったようだ。
「魔力使い果たしてワイヤー外せないし……ミニフェルスに扉開けさせようとしても無視されるし……」
「ああ、ごめんごめん! 《全体改造》!」
ワイヤーを外してやる。そうか、魔力を使い果たしていたのを忘れていた。
「……ちなみに、起きたのっていつ?」
「六時間前……」
……流石に罪悪感がある。仮にも魔人だ、縛られっぱなしだったからといって身体に不調は出ないだろうが、精神的にはキツいだろう。
「ごめん、何か食べる?」
「……じゃあ、カゲヤちゃんの手料理が食べたい」
「う……わ、わかった。作って欲しいものはあるか?」
「……じゃあ、『ママ大好き、はーと』ってケチャップで書かれたオムライス……」
「う、ぐ……! わ、わかった、ちょっと待っててくれ」
部屋を出て、部屋着に着替えてエプロンを身に着ける。
……あんまり得意じゃないんだけどなあ。改造魔法で適当にでっち上げたらダメだよな、やっぱ。
※
四苦八苦しながらもなんとかオムライス……というか、焼き飯の上に卵が乗った感じの何かを作り、その上からケチャップで、えー……文字を書く。やだもうこれ。
なんやかんやで完成したのでシエディアの前に皿を持っていった。
「……うわ、色々と雑……」
「し、仕方ないだろ、あんまり慣れてないんだから……。これでも頑張って作ったんだぞ」
「あ、その言葉を聞いたらなんかおいしく感じてきた……! 愛情がこもってる!」
こもってるのは謝意と罪悪感だと思う。
確実にシエディアが作った方が美味しいのだが、こんなにニコニコと食べられると、まあ……少し嬉しい。
「他に何かしてほしいことはないか?」
「……!? カゲヤちゃんがデレた!?」
「で、デレてないし! 罪悪感だし!」
「えっと、じゃあ二つあるんだけど――」
……二つぐらいなら聞いてやってもいいかな。
※
シエディアに押し倒された。なんとか振りほどこうと暴れるが、彼女と俺の身体能力はほとんど五分だ。なかなか抜け出ることができない。
シエディアは、人間のそれよりも鋭く伸びた魔人の犬歯を見せつつ、口を近づけてくる。口より先に俺たちの胸同士が服の上からぶつかり合い、柔らかに形を変える。
彼女の細い指先が襟を引っ張り、俺の首元が露出した。変身時に女性的なそれへと変化した鎖骨が服の間から垣間見える。
「……いや、これはダメだ! これここでやったらダメだろう!」
「じゃあどこでやれっていうの!」
「なんかこう、自分でもよくわからないけど夜想曲な感じのとこじゃなきゃアウトだと思う!」
「え、よくわからないけど、夜想曲な感じの所ならやってもいいの?」
「いや夜想曲な感じの所でもダメだけど! あっ――」
そして、シエディアは俺の首筋に噛み付いた。――身体中から魔力が吸い取られ、背筋にぞわぞわとした感覚が走る。
「にゃああああああ!?」
「召喚契約の延長は出来ないけど、失った分の魔力を取り戻すことならできるの」
「できるの、じゃなっ……。は、早く終わらせてっ……」
「やだ、この娘可愛すぎ……!?」
「早くしろ……! 土手っ腹に風穴空けられたのにまだ懲りてないのかテメェ……!」
「五秒! 五秒あれば終わるから! それまでインヤさん要素抑えて! ごーお、よーん、さーん、にーい、いーち……」
「う、くっ……!」
「ゼロ、ゼロ、ゼロ……」
「舐めてんのか!」
「ごふぁ!」
改造魔法でベッドのシーツを変形させ、シエディアに巻き付け天井へと投げ飛ばした。
※
俺は廊下の壁を蹴り、フェルスに乗って追ってくるシエディアから全力で逃走する。
「いいじゃないお風呂ぐらい! 猫じゃないんだから!」
「無理だってば! 恥ずかしいの!」
「自分の身体なんだからいいでしょ! ヘタレ! チキン! そんなんだからカゲヤちゃんのお父さんは未だに童貞なの!」
「誰がお父さんだ!」
廊下の突き当り――以前シエディアを召喚した作業場へと追い込まれる。
フェルスから降り、俺と向かい合うシエディア。フェルスは「もう付き合ってられんわこの母娘」という顔をしながら、小さな子犬の姿に変化してその場に横になった。
「さあ、もう逃げ場はないわよ、子猫ちゃん?」
「舐めるなよ……《全体改造》」
俺は作業場に置いてあるスパナやペンチを手に取り、改造魔法を発動させた。
スパナの先が肥大化し、人間さえ挟めそうな大きさへ変化する。
「せいっ!」
スパナをシエディアへと放り投げるが、命中した瞬間彼女の姿が陽炎のように消え失せる。
「ふっ、そっちは残像よ! 大人しく捕まりなさい!」
「ッ!」
捕獲目的で放たれたワイヤーを、ペンチで挟んで受け止めた。
シエディアがワイヤーを引っ張るが、床に固定された旋盤を掴んでそれに抗う。
しかし、彼女はワイヤーを持ちながら、キャスター付きの台車に乗った。自身を引き寄せるようにして俺へと接近してくる。
俺はペンチから手を放しつつ、とっさにバールを手に取り、テコの原理で高く跳ぶ。そう、バールとは武器でも凶器でもない。逃走のためのツールなのだ。
シエディアを大きく飛び越え、作業場の入り口へと戻っていく。
「ああっ!」
「甘いな、お母さん! 私はこの程度じゃ捉えられない――ちょ、危ない、どいて、ミニフェルス!」
――無理な体勢で避けて転んだ俺は、見事にシエディアに捕らえられた。
※
湯船に浸かって上を見る。上しか見れない。
「せっかくチートで何でも作れるんだしアホみたいにデカい大浴場にしよう」と思ってやたらと豪華にした風呂の天井が見える。
もう《初期化》で元に戻りたいが、シエディアも一緒に入っている都合上そういうわけにもいかない。この状態ならまだ間違いに発展する可能性は低い。
と、そこでシエディアが上から覗き込むようにして俺の後ろに立った。とっさに目を閉じる。
「……隠して」
「カゲヤちゃんだって隠してないじゃない」
「肩まで浸かってるからだよ」
「じゃあ私も浸かる」
ちゃぷり、と背後で水音が聞こえる。よし、出るか。
立ち上がって目を開けた俺が見たのは、正面で大きな鏡を持って待機したシエディアと、鏡面に映ったカゲヤの裸だった。
「ぶっ……!?」
「残念、そっちは残像よ」
恥ずかしさより先に、最高に俺好みな美少女の裸を見たことによって、脳震盪もかくやと言わんばかりに感情が思いっきり揺さぶられる。ついで、その美少女が恥ずかしがっている姿を見て動揺が更にドン。加えて、その美少女が自分自身であることを意識して恥ずかしさが上乗せ。頭からボフンと蒸気が出た気がした。
ダメだ、頭が茹だる。心拍数が爆発的に上昇し、心臓がドキドキと激しく脈打つのが聞こえる。
「う、あ……!」
「あ。ちょ、やば、カゲヤちゃ……み、ミニフェルスー! カゲヤちゃんの頭冷やしてー!」
ミニフェルスが俺の頭に乗っかった。
冷たさでわずかに冷静さを取り戻した俺は、顔を抑えながら湯船に浸かり直す。
「……俺が可愛すぎて死ぬ……」
「そ、そう……」
「シエディアと光弥ばっかりずるい……。私……俺だってカゲヤちゃんとイチャイチャしたい……」
「だ、だいぶ精神的にきてる……。ちょっとフェルス、もっと冷やして!」
結局その日も、俺は風呂でのぼせた。




