海岸にて
前回が濃厚すぎたので、今回はインヤさん分多め。
「魔王のせいで、魔物の活動分布が例年とわずかに変わっている?」
「はい、だからインヤさんにも子供たちの引率にきてほしくて。念の為の数合わせのようなもので、ほとんどすることはないので……お願いできませんか?」
「……いや、何で俺なんですかリセプさん。他にも頼める冒険者が――」
「こんな退屈な依頼を受けさせてもいいほど暇な冒険者が他にいないんです」
「…………」
子どもたちのための海用おもちゃを運んでいったところ、今年の引率係の一人であるリセプにそう言われた。
「……わかりました。一応それなりに泳げるので、溺れた子供を助けるぐらいはできますよ」
「お願いします。……そういえば、カゲヤさんがまた行方をくらませたんですが、何か知りませんか? 指名依頼があるのですが……」
「さあ。けど、依頼内容の言伝ぐらいならできますよ」
「うーん、一体どこに行ったんだろう……」
目の前にいるのだが、当然気づくわけもない。浮き輪やら何やらを預けて、準備のために家へと帰った。
※
いつものアイテムボックス付きジャケットの代わりに、今日のために作った防水性を持ったパーカーを羽織る。
これにもアイテムボックスがついているが、普段のジャケットに比べるとほとんど収納量がない。だが、通常のアイテムボックスだと中に水が入っていってしまう。
アイテムボックスの整理を行ったシエディアへ持ち物の確認をする。
「シエディアの持ち物も、ちゃんとこっちのアイテムボックスに入れたか?」
「大丈夫、カゲヤちゃん用の水着も入れておいた! カメラも入れたよ!」
「今日はカゲヤになる予定はないし、仮に変身したとしても着ないから。……というか、他には勝手に変な物入れてないよな? 収納量ギリギリなんだぞ」
「…………大丈夫、勝手にアイス入れたりなんてしてないよ」
「おい」
「じゃ、そろそろ出かけよっか!」
「……まあ、いいか。町の子供たちを海に連れていくだけだし、そうそう変なことは起こらな――」
いや、これは起こるな。絶対にフラグが立ったぞ今。
俺は念の為魔剣テイレシアスをアイテムボックスに押し込みつつ、待ち合わせ場所へと向かった。今日はフェルスも散歩に連れていく。主に冷房代わりである。
宿屋の息子であるロンを含め、何人もの子どもたちがわちゃわちゃと集まっていた。……引率するの、大変そうだなあ。
「インヤさん、おはようございます」
「おはようございます、リセプさん。昨日預けた荷物は、もう海岸に運んであるんでしたっけ?」
「ええ。泳げない子供たちも、浮き輪があるから海に入るのを楽しみにしているみたいですよ」
「あ、おせーぞインヤ!」「そうだぞー!」「はやくいこー!」
ロン達が俺の元へ勢いよく駆け寄ってくる。元気だな子供って。
「ねえインヤ、カゲヤさんはー?」「カゲヤねえちゃんいねーの?」
「今日は来てないぞ。そっちのアホそうな銀髪のお姉さんで我慢しろ」
「ちょっとインヤさん、誰がアホそうって?」
どうにかこうにか子供たちを引き連れ、海岸へと到着した。
泳げる子供たちを他の引率係とシエディアに預け、先に海へと行ってもらう。俺とリセプは預けた浮き輪などのおもちゃの引きとりである。
「じゃ、今から私の水着を――」
「家で見たからいいよ。子供達が焦れてるから早く行ってくれ。あ、一応通信用のアイテム渡しておくから」
「こんな絶世の美女を相手にして、なんというそっけない態度……」
そういうこと言っちゃうからそっけなくなるのがわかってないのだろうか。わかってなさそうだな。
子供たちと共に水着へ着替えた後、砂浜を歩いていく。服は置いていくが、いざという時のためにパーカーは羽織ったままだ。
「……あの、インヤさん。もしかしてあの人、神光国の障壁塔で勇者に味方したっていう崩改の魔人シエディアじゃ……」
「ははは、またまた。崩改の魔人は叡智に優れるといわれる魔人ですよ?」
「そ、それもそうですね」
……俺が言うのもなんだが、こんな扱いでいいんだろうか。
シエディアの待遇について考えながら歩いていたせいで、砂浜の中に埋もれていた何かに躓く。おのれシエディア。
「いった……」
「インヤのやつ、こけてやんのー」「うけるー」
「うっさいな……なんだこれ、ゴミか? って、え!?」
「ああ、魔力結晶ですか。なんでこんなところに埋まってるんでしょうね?」
「なんでそんなに落ち着いてるんですかリセプさん! 魔力結晶ですよ、あの貴重な!」
「あの貴重な、って言われても……。珍しいだけで使い道もありませんし……錬金術師にとっては違うんですか?」
錬金術師というより、俺にとっては違う。改造魔法の使い手にとっては、こいつはレア素材中のレア素材なのだ。
本来なら超巨大な迷宮の中でしか生成されない物質だ。普通こんな砂浜で落ちている物ではない。
「インヤ、その石ならさっきもそのへんに落ちてたぞ」
「本当か! でかした! じゃあリセプさん、あとは頼みます!」
「ダメですよ、後にしてください。早く行きますよ」
「行くぞー」「はやくー」「ひっぱれー」
「ちょ、本当に貴重なんですって!」
大量の素材をまるごと消し飛ばしてしまったせいで、最近の俺は魔法素材に飢えているのだが、抵抗虚しく子どもたちに引きずられていった。
※
「困りましたね、浮き輪がダメになっているなんて……」
「ですね……」
「珍しい道具ですから、取扱いがわからなかったのかもしれませんが、半分の浮き輪に穴が空いてるとは……」
「ですね……」
「どうしましょう、泳げない子供たちが浮き輪無しで海に入ってしまうかも……」
「ですね……」
「聞いてます?」
「ですね……」
クソ、魔力結晶はどこだ。なりふり構わなくていいなら、海岸中に大量のロボを持ってきて捜索させるのだが……。
むっ、この光沢は……。
「よっしゃあ! 二つ目ゲットだぁああ!」
「話聞いてください!」
砂浜に正座させられ、リセプに説教された。
……うん、今のは全面的に俺が悪い。
話を聞き直し、真剣に対応を考える。
「……ちょうどいいですね。せっかくですし、魔力結晶の使い道を見せましょう」
「? 何をするんですか?」
「えーっと……見てるの子どもたちばっかだしいいか。あ、リセプさんは目をつむっててください」
「はあ……」
魔力結晶を砂浜に置き、その上から手のひらを押し付ける。
久しぶりだが、やり方はちゃんと覚えている。
魔力を込め、紫電の光を周囲全体に撒き散らした。
「《地形改造・砂王城》!」
「おおー!?」「すげー!」「かっけー!」
――地面から生えるようにして、巨大な砂の城が現れる。
「え? な……ちょっと、なんですかこれ!?」
「砂のお城です。定番でしょう?」
「定番って……。というか、あんな高いところからもし子供たちが落ちたら……」
「あ、大丈夫です。この城、腕が生えるので落ちても受け止められますよ」
にゅ、と砂の腕が城壁に生える。仮に受け止め損ねても、地面自体をクッションのようにして柔らかく着地させることだってできる。なんなら足を生やして歩かせることさえ可能だ。
バタバタと砂王城の中へ走っていく子供たち。しばらくはここで遊んでいることだろう。
「……いや、こんな魔法、聞いたこともないんですが……」
「アレですよ、カゲヤが遺跡から持ち帰ってきた秘術とかそんなんですよ」
我ながら言い訳が雑だなー、と思うが、せっかくの海だ。たまには解放的になってもいいだろう。
何人か引率係の人を砂の城のそばへ呼ぶ。一応、子どもたちを見張っていてもらおう。
砂浜に腰を下ろし、海の方へと目をやると、シエディアが子どもたちと遊んでいるのが見えた。
「シエディアねえちゃん、水の上に立ってる!」「すげえ!」
「ふふん、沈む前に足を持ち上げるっていうアレよ!」
やれやれ、海だからって浮かれすぎだ。もし目利きのある冒険者に見られたらどうするつもりなのか。……あれ、なんか心が痛いぞ。
しっかし、なんで魔力結晶が砂浜に二つも落ちていたのだろう。
たしか、魔力結晶が生成される条件は二つあったはずだ。
一つは先程も言った巨大な迷宮の中。もう一つはなんだったか。
「ああ、巨大なモンスターの体内だっけ」
「大変ですインヤさん! 沖に大型水竜が!」
「結局こうなるのか……」
いくつもの尾を持った巨大なドラゴンが、水柱とともにざぱーん、と海面から姿を現した。
周囲に巨大な渦をいくつも発生させ、見事にボスっぽい雰囲気を醸し出している。
アイテムボックスから通信機を取り出し、シエディアへ連絡を入れた。
仮にも魔王に匹敵する強さを持った彼女なら、あの程度のドラゴン、トカゲみたいなものだろう。
「じゃ、頼むぞ。一応適当に姿隠しながら行ってくれ」
『はいはーい、任せてー』
シエディアは気楽に返事を返し、海の中へ潜った。水の中に紛れて接近するつもりなのだろう。流石に戦おうと思えば水上に出なければならないだろうが、あれだけ遠くの沖なら、多少派手に暴れたところで人相は判別できないはずだ。
俺は他の引率係の人たちと共に、子どもたちを避難させていく。
渦のせいでドラゴンへと引き寄せるような波が発生しているが、シエディアならすぐにドラゴンを倒して……。
倒して……。
……。
「……まだ?」
『ちょっと、こいつ冷気耐性と自己再生能力持ってて硬いんだけど! フェルスに《我が従魔は具足となりて》も使ってるのに倒せない!』
「いや、他の魔獣召喚すればいいだろ?! やばい、ロンがすごい勢いで流されてる! シエディア、早く!」
「召喚するための人間の血がないから無理! インヤさんなんとかして! もしくはカゲヤちゃんカモン!」
「ああもう! とりあえず……《地形改造・水王城》!」
魔力結晶を持って、砂王城の数百倍の魔力を込めた改造魔法を発動させる。水面から、腕を生やした巨大な水の城が現れた。
城の腕に俺の身体を掴ませ、水面を滑るように移動させる。
城を使って子供たちを救出していく。引き寄せるような渦が働いているが、大量の魔力を込めた水王城のパワーなら軽く抗える。
「大丈夫か、ロン!?」
「お、おう……」
「水王城はそのまま子供たちを連れて戻れ!」
「待てよ、インヤ! どこに――」
腕から降りて、海面へと飛び込む。
「ああ、これ絶対腕時計壊れるな……改造魔法でも、錆びたら直すの面倒なのに」
アイテムボックスから腕時計を取り出し、手首に巻き付ける。いつもの装備はないが、俺の代えの服を使って《瞬間着替え》を――
「……おい、シエディア」
『何?』
「俺の服の代わりにアイス入ってるんだけど」
『……てへ』
もうこいつどうしてくれようか。
カゲヤの状態で上半身裸の戦闘は流石に無理だ。羞恥で死ぬ。何か、適当な服は入っていないか……。
「……カゲヤ用の水着しかない」
ため息をついてから潜水し《自己改造》と《瞬間着替え》を発動させた。
※
何やかんやで大型水竜は倒した。
ドゥリンダナもアゾットもないので、シエディアが水竜の尾を切断し、俺がそれを巨大な剣に改造して突き刺すというダイナミックな戦闘である。
本当ならこんな大味な戦いとか嫌なのだが、いつまでも水着姿でいるのは恥ずかしくて無理だった。
なんだよこれ、下着と何が違うんだ。一応パーカーの前を閉めていたのだが、戦闘中にチャックが壊れたし。
そして、何より問題なのが――
「カゲヤ姉ちゃんすげー!」「かっけー!」「つえー!」
「う、うん、わかったから帰らせ、いや着替えるだけでも―― ひぅ!?」
どこ触ってんだこのマセガキ……! 子供じゃなかったらぶっ飛ばしてるぞちくしょう。
……遠くの沖だし顔とかわからないかなー、と思ったのだが、この国じゃ黒髪の人間はかなり珍しい。俺は普段髪を焦げ茶色に偽装しているし。普通にカゲヤであることがバレた。
どうにか適当な理由をつけ、インヤとともに水竜の死体の後処理に向かったということにして離脱した。
「……まあ、おかげで魔力結晶とドラゴンの素材が大量に手に入ったし、良しとしよう」
「そうだね」
「被害者もいなかったし」
「そうだね」
「いい加減恥ずかしいし、転移でさっと帰ろうか。忘れ物は?」
「そうだね」
「おい、聞いて――ああっ! おま、何撮ってるんだよ、やめろよばか!」
「ふはははー! 『夕暮れの砂浜で恥ずかしそうにしている水着パーカーのカゲヤちゃん』げっとー!」




