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春告げる恋

 なんていうかお前の作った物語ってさあ。辛気くさいのばっかりだよな。


 なに?文句あるの?


 いや?そういうのは俺も大好物ではあるんだが。少々食傷気味かと思ってな。


 一人の人間が作っているのだから。似てしまうのはしょうがないでしょ?


 なんかこう。爽やかな愛の話はねえの?


 悪魔が望むものではないわね。……別にない訳じゃないけど。


 じゃあそれ頼むぜ。お嬢さん。


 ……期待しないでよね。……これは春を告げる恋の話よ。





 とある荒野の真ん中に、誰も踏破したことのない雪山があった。


 かつてその荒野には、そこそこ大きな街があったわ。その街は水の女神の加護の元、絶えることのない水を得て繁栄していの。


 だけど、その街は繁栄していくにつれ、女神を崇め、愛することを忘れてしまった。忘れられた水の女神は、不遜な人間たちに、水の害を与えた。


 澄み切る水を濁らせ、川を溢れさせ、家畜に水害で病を呼んだ。


 街の人たちは、水の女神を思い出すことになった。だけど繁栄の味を占めた人間は、女神を崇めることはなかった。

 

 ただひたすら、女神を憎んだの。


 水の祟りに苦しみ憎しみを募らせる街に、ある宣教師がやってきた。宣教師は水の女神を邪神と認定した。


 宣教師は、人の思いを力にする奇跡を使えた。宣教師は街の水害を沈めようと、街の人間たちの女神への憎しみをかき集め、奇跡に変えた。


 憎しみによる奇跡は、水の女神を凍らせ、街の近くの山に封じた。街の水の祟りはなくなり、女神は山からでられなくなった。街は宣教師の崇める神様を信仰することにした。


 だけど、水の女神の加護を失ったことで、街は急速に衰えていったわ。それすら街の人たちは水の女神の呪いと決めつけ、一人また一人と街から人は出て行った。


 かつて自然に溢れていた街と平原は水の気配のない荒野になり、女神は雪山に取り残されの。


 雪山は高く、そして険しかったから。世界中の登山家たちの的になった。だけど女神は人間が嫌いになっていたから、命知らずが登ってくる度に山を吹雪かせ、その命を奪っていった。


 どれくらい時が経った頃なのか。とある一人の男が雪山を登ろうとしていた。


 女神は殺してやろうとしたけど、その男はどこかおかしかった。


 まず彼は一人だった。一人で行く人は少ないわ。それに登山家たちが命を散らして開拓していったルートを、その男は行かなかった。


 不思議に思った女神は、雪と氷の肉体で、男の側に行き、問いかけた。


 なぜあなたは、自ら命を絶つようなことをするのだと。


 男は言ったわ。


 自分は、妻子に裏切られ、財産をかすめ取られ、全てを失った。もう生きている意味もない。この雪山には人を憎む女神が住まうと聞いた。人々の中で襤褸のように死ぬより、女神に命を捧げ、その慰めになりたいと思った。ってね。


 女神は腹をたてたわ。私の冷たさを、あなたの自殺に利用するなってね。


 名誉や達成感を望んで山を登る人間たちを殺すのは楽しかったわ。だってその人たちは希望と夢に満ちているんですもの。その輝きを奪うのは憎しみの慰めになった。


 だけど、自分に殺されるためにやってくる人間なんて、面白くもなんともなかったわ。


 女神は雪山に住まう女と偽り、男を介抱した。


 雪の中に隠していた山小屋に案内し、凍傷になりかけの男の肌を雪をこすって暖めた。


 何とか一命を取り留めた男に火をおこさせ、雪山で生きる獸をとってきて、男に食べさせた。


 男はみるみる回復していったけど、雪山を下りることができる体力はなかなか戻らなかったわ。


 雪の女神と男は、共同生活を続けた。


 男は暖かいものを食べない女の正体を、なんとなく察したけれど、気にすることはなく、助けてくれたお礼に沢山の話をした。


 楽しかった頃の家族のこと、今まで旅した場所の奇妙で美麗な景色、吟遊詩人が唄った物語。思いつく限りなんでも話した。


 そしてなにより、女神にできる限り優しく接した。妻子に裏切られたトラウマがあったから。


 女神は悠久の時を隔てて、人の営みに触れた。それは女神の心を溶かしていった。


 二人は惹かれていったわ。だけど女神は愛することはできなかった。


 愛してしまえば、愛されてしまえば、その暖かさでこの氷の身体が溶けて水になり、なくなってしまう。


 ……もう、男に触れることができなくなる。


 人々の憎しみによって作られた氷の身体。その冷たい身体でしか男は愛せない。


 だけど恋は止められなかった。女神は、憎しみと恋の間で葛藤していった。それが限界に迎えたとき、女神は男に愛を告白し、泣いてしまった。ぽろぽろとみぞれの涙が伝った。


 男を追い出すことはもうできなかった。人に嫌われることも、人を嫌うことも、もうできなかった。

 

 男は女神を抱きしめ、唇をふさいだ。彼女がなるべく溶けないように。自分の熱が女神を溶かさないように。


 しかし、女神の冷気は抱きしめた男を凍らせていった。女神は自分がわからなかった。なぜ、こんなことを私の身体はしている?男を殺したくはないのに。


 なぜなら、氷は憎しみによってできたもの。愛と憎悪は紙一重。

 

ーー男を凍らせてしまえば、氷の身体でずっと触れていられる。


 自分の本心を知った女神は、それを拒否したわ。心の奥からわき上がる暗い願望を、男を愛することで塞いだ。


 やがて、女神の身体は、自分と男の愛によって溶けていった。


 水になっていく女神の身体は男を溶かしていったわ。それが最後の一滴になる寸前。女神は男に口づけしようとした。


 だけど、それが届く前に、女神の身体は水に還った。


 命が助かった男は、女神が何故消えたかわからなかった。凍らせられたときの記憶などなかったもの。

 

 小屋を探してもみつからず、吹雪の止まない山へでてみた。


 ……山の雪は、なくなっていたわ。


 斜面には若葉が顔をだしていた。春の息吹が息づいた山を、男は女神を求めて歩いた。


 水の女神は、自分の身体を雨に変えて、男に降り注いだ。


 愛してるって。


 雨は春の恵みとなり、大地にしみこんでいった。


 だけど男には聞こえない。


 男は女神を探し続けた。命が満ちていく荒野をさまよった。


 水の女神は霧になって男に触れようとした。


 ここにいるよって。


 霧は山の恵みとなり、若葉に命を与えた。


 だけど霧の体では、男に気づいてもらえない。


 男は女神を求めて、空を仰ぎ見た。何が起こったか、頭では想像がついても、信じることはできなかった。


 水の女神は、自分の身体を雨に変えて、男に降り注いだ。


 雨粒となった女神は、男の唇に優しくキスをした。


 山と荒野に、ようやく暖かな春がきた。


 男は女神を探して、春の中をずっと歩き続けた。





 おしまい。






 ……なんで顔真っ赤にしてうつむいてんだお前。


 うるさい。これ語っているほうも恥ずかしいんだから。


 いや、俺はよかったと思うぜ。だけど、めでたしめでたし。にはやっぱならないんだな。


 悪かったわね。私としては、幸せに終わる恋なんてものを想像できなかっただけよ。


 幸せな恋の経験がない、ということだな。


 ……なにか言った?


 いいや?空耳だろ?いやあ、だけど本当よかったぜ?次会う人間にも語り継ぎたいくらいだ。


 やめて。

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