同じ場所を手に入れた
三百年前はルディ、今はラディオリスと名乗る私の相棒は、その一言を言うと押し黙った。
ロザリーやニリウスも目を丸くして驚いていたが、やはりこの場は和平交渉の場である、雇われた身がしゃしゃって昔話をする場ではない。
私は震える身を落ち着かせようと、きつく握り拳を作り、さらにまた口内を噛んだ。交渉の間、私の口の中はずっと血の味がしていた。
「それでは、我が国は肉と薬草をこちらに流しましょう。寒かったり暖かかったりと微妙な国ですが、動物は沢山います。肉も締まっていて美味いものです」
「そちらの国はアニニカとリバルサの肉が有名ね。美味しいとよく聞くわ!薬草もそちらの国しか生えないものだし。嬉しいわ。うちは陶器と香木ね?そちらは気候が安定しないからお金がかかるとか」
「その通りです。この和平交渉で陶器が沢山流通するとなると、とても嬉しいですなぁ。香木も香りを楽しむ他に薬としても使えますから、こちらも助かります」
「では、和平交渉は成立でよろしいかしら?」
「ええ、成立ですな」
「では、こちらにサインを。続いてルートを確認しましょ」
どうやら隣国との和平交渉は成立したらしい。私は肉が好きだから嬉しくなった。きっと物価が安くなるから沢山買おう。
私は三百年ぶりの再会の動揺をどうにか紛らわそうと、今の交渉の話を考えていた。
暫くして、やっと交渉が最後まで終わった。
ロザリーが立ち上がったので、私はスッと後ろに付く。向かいのニリウスも立ち上がり、後ろにルディが付いた。
「それでは、これからはより良い関係を築きましょう」
「もちろんです。宜しくお願いしますよ」
「滞在はなさる?であれば、部屋を用意しているのだけど」
「そうですな…せっかくなので、今日は泊まらせていただきましょう」
「…………なるほど、確かに、そうね!では、ご案内するわ。…コルネリア殿」
「は」
ロザリーが返事をする時、なんか間があるなぁとは思ったが、まさか私の名が呼ばれるとは思わなかった。すぐに反応できたが、言われることに想像がつかない。
内心首を傾げながら待っていると、ロザリーは美しい顔に美しい笑みを浮かべ、同じくにっこりとしたニリウスを指差し、言葉を発した。
「ちょっと案内してくるから、もう帰っても大丈夫よ。明日ギルドからお金が行くから!お疲れ様♡」
「え、あ、はぁ…」
「ラディオリス殿も、今日は私はここに泊まるので、今日はもう大丈夫です。明日また来て下さるかな」
「分かりました」
「ここに長く居座っちゃダメよ?では、行きましょうかニリウス様!」
「ロザリウス殿、こちらは何か名物などありますかな?」
そんな会話をして、二人は扉を抜けて出ていった。いきなり過ぎてぽかんとしてしまったが、忍び笑いに気付いて我に返った。
そちらを見ると、ルディが笑っていた。思わず目を半目にしてルディを睨み、ふと思った。
いきなり久しぶりなんて言われて震える私って、どう見えていたんだろうか。
奇妙な顔をしているであろう私を見て、ルディはぷっと噴いた。
「そんな顔してどうしたの」
「うる、うるせぇ…」
「変わらないなぁ」
「…ぐ……」
私はクスクスと笑う相棒に話しかけられ、思わず噛んでしまった。さらに笑われた。
もう黙っていよう。そう思って黙っていると、何故かルディはこっちに歩いて来た。
「口」
「…は?」
「怪我してるんでしょ、ほら開けて」
「…分かったのか…」
「当たり前。どうせ自分で殴ったんじゃない?」
なんで分かったんだ、凄い。
私はルディの勘の良さに目を丸くして、先程のルディのように思わず噴き出してしまった。
「…何さ」
「いや、よく分かってるなぁって」
「何年隣にいたと思ってるの。ほら、開けて」
「さぁな。ん」
「ちょっと、何でこんなに血の匂いするのさ!噛みすぎ!」
ぶつくさと文句を言いながら、ルディはそっと私の頬を撫で、魔術で口の中を癒してくれた。
私はほんのりと暖かく感じる魔術に気持ち良くなりながら、口を開いた。
「お前もギルド入ってたんだな」
「そりゃね、生活出来ないし」
「ギルドトップってお前だったのかよ」
「僕も二位がお前だとは思わなかったよ。ほら、治ったよ」
私は離れていった手を見送りつつ、自分より背の高いルディと目を合わせつつ、質問をしてみた。
「なんて呼べばいいんだ?」
三百年前の名前を呼んだ方が、私的にはすっきりだ。しかし少しでも怪しまれたくない。と言うか…痛いヤツ認定されたくない。暗に私のこともコアロって呼ぶなよと臭わせれば、ルディは分かりやすく顔を歪めた。
「僕は別に前のでいいんだけど、お前は嫌なの?」
「痛いヤツ認定されたくないからな!」
私が噛み付くように言えば、ルディは深々とため息をついた。
私はむっとして言い返す。
「みんな気にしないと思ったら大間違いだぞ、私達の話は大人気だからな!」
ルディは半目で私を睨むと、ぼそりとつぶやいた。
その言葉に私は目を丸くしてしまったのは、仕方ない。
「……僕だけが、呼んでいたのに」
それがどんな意味かは知らないが、まぁ私の名前が好きなことは伝わった。
だがしかし、今はそんな事どうだっていい。呼び方を決めてしまいたいのだ。
その事を目力に乗せて訴えると、怖いからやめろと言われた。悪かったな!!
「今はラディオリスだから、みんなラディって呼んでるよ」
「オリスとは呼ばれないのか?」
「英雄と似てるからじゃない?」
「そっか。じゃあオリスって呼ぶな」
そう告げれば、ルディことオリスは怪訝そうに顔をしかめた。
オリスはじろりと私を睨み付け、頭を軽く小突いた。
「ちょっと、聞いてたの?皆ラディって呼んでんの、お前も前と似てる方が呼びやすいでしょ」
「いや、まぁ確かに前と似てる方が呼びやすいし覚えやすいけど」
けど、何さ?とオリスは執拗に追求して来る。
でも私にも譲れないものがある。
私は堂々と胸を張っていった。
「誰も呼んでないんだから特別感がある!」
効果音がつくならドーン、みたいな乗りで言い放つ。
するとオリスはみるみるめを見開き、硬直した。私は首を傾げて顔の前で手を振ってみる。効果は無かった。
「オリス?」
「……………はぁ…」
「ため息つくなテメェ」
「ほんとなんなのお前、びっくりさせないでくれない?」
「は?」
「だから…はぁ……」
いきなりため息をつくような奴にそんな事を言われる筋合いはない。
私はオリスを横目で睨むと、扉に近付いた。
長居はするなと言われている。そろそろ帰らなければ。
私は扉に手をかけて、振り返った。
「長居はするなって言ってたからな、出よう」
「はいはい…」
私はオリスと並んで廊下を歩く。と言っても、道順なんて憶えていないので、全てオリス任せだが。
途中で馬車を用意します、とおそらくロザリーの計らいで門番の兵士が言ってきたが、断った。
歩いてオリスについて外に出る。暫らく昔話をしていると、あっという間に時間が経ち、街が目に入った。
それを見て私はうんと背筋を伸ばした。
「腹見えてるよ」
「あ?減るもんじゃないし」
「…ほんっとに相変わらずだな!!」
「?」
賑わう街に入った時にオリスに言われた意味がわからず、首を傾げた。と同時に、既に夕方なのに気付いた。
そんなに時間は経っていたのかと思い、歩きながら腹に手を当てた。
うん、腹は減っている。夕食の時間だ。
「今日は何食べようかなぁ」
行きつけのお店でガッツリ肉でも食べるかな、と思い、振り返る。すると後ろにオリスがいないことに気付いた。
何故かオリスはぼんやりとしながら反対に進んでいる。私は慌ててオリスに駆け寄った。
「オリス!どこいってんの?!」
「…は?」
「いや、だからどこ行こうとしてんの?!こっちだよ!」
「…………は?」
「……え?記憶喪失?え?」
「いや、違うけど、分かるけど」
グイグイと手を引っ張るも、動こうとしない。私はオリスが全然喋らずぽかんとしているから、この一瞬の間に記憶喪失になったのかと思い、呆然としながら尋ねるが違ったらしい。良かった。
それならば、と私はまたオリスをグイグイと引っ張った。
…だから何故動かないのか。
「お前の足は動かないのか?!あ?!」
「いや、そうじゃなくて」
「…なんだよ」
「何の用なの?」
「は?」
真面目な顔して言うから何かと思えば、何の用なの、だと。
どういう意味だ。私はぐっと眉を寄せた。
「何って…晩ご飯食べに行くんだよ」
「僕関係あるの?」
「は?」
話が通じていない。と言うか、やたらと迷っている。何を迷っているのか。
私は寄せた眉をさらに寄せて、手を離して腕組みした。
「ご飯食べないのかお前は?」
「食べるけど……」
だったら何を迷っているのか。さっさと付いてくればいいものを。
暫らく無言で見つめ合っていると、ヒソヒソと周りから「あれコアよね。あの人誰だろう?」だとかなんとかが聞こえた。無視したが。
ここはもう街中で、既に夕食の時間だ。立ち止まっていては邪魔になる。
私は怖い顔である事を予想しながら、もう一度口を開こうとした。
が、それより早くオリスが口を開いた。
「…もしかして、僕と食べようってこと?」
思わず目が点となった。
他に何があるというのか。というか、分かっていなかったのか。
怖かったであろう顔が困ったような顔になっていくのが分かる。
「分かってなかったのか」
三百年前は何も言わずとも共に行動していたから、当たり前かと思っていた。が、それは私だけらしかった。ほんの少し、それが悲しかった。
私と一緒なのはもう嫌だと、切り出すのを迷っていたのか。
オリスは驚いたように目をパチパチとさせ、私を見つめた。
「…ごめん、昔はいつも一緒だったから、今も、その、一緒にいれると思ってだな……あー…お前が嫌がってるとか、思わなくて…」
「え?」
「そうだよな、昔とは違うし、新しいパートナーが必要だよな…。気付かなくてごめんな?」
「……え?」
「じゃあ、これで―――」
「ちょっと待った!!」
「…ん?」
いきなり会話をぶった切るオリスにびっくりした。こいつが話を切る時はよほどイラついてない限りありえなかったからだ。とすると、今の会話にイラつく要素があったのか。
思い当たらん。オリスのために私が切り出したのだから、そんな要素があるはずがない。
私はクエスチョンマークを振り撒きながらオリスを見つめた。
するとオリスは、何故かやたらと目を輝かしてこちらを見ていた。いくらか頬も赤い気がする。
「コアロ、僕はまたお前と一緒にいていいの?」
「え、あ、でも、お前嫌なんだろ?」
「そんな事言っていないよ、ね、どうなんだ?」
「…また一緒にいたいな」
私がぼそりと呟くと、オリスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
今度はオリスが私の手を握った。
「僕も、いたいな。僕こそ今は一緒にいらないかと思っていたよ」
その一言に思わず驚いてしまった。
そんなわけないのに。私たちはこれ以上無いくらいに良い相棒だった。
私はオリスが目をきらめかせるのを見て、やっと実感が湧いた。
「………じゃ、ご飯食べに行こう」
「もちろん。僕が払うよ」
「ちょっとまて、私だって稼いでるぞ!」
「いいや、昔からお前は僕がいると奢らせていたからな。お前はまた僕に払わせるね」
「ぐっ…」
そんな会話をして、私はオリスの横に並んだ。
三百年前はこんなに街は活気づいていなかったけれど、二人並んで街を歩くのは変わらなかった。
私はまた、三百年前と同じ場所を手に入れたのだ。