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37 同じ机の上

「なるほど……」


 佐伯がそこで資料を一枚めくった。


「それで、実はもう一つ気になるものがあるんだ」


 次に現れたのは、荒菱宅の押収品を撮影した写真だった。薬瓶や乾燥植物、封蝋された小箱が部屋いっぱいに並べられ、それぞれに番号札が振られている。


 東雲の視線が、その一角で止まった。


「そこ、拡大できますか」


 貴透が薄い硝子板へ触れると、写真の一部が空中へ浮き上がった。


 壁際に置かれた小さな棚だった。ほかの押収品から離され、四隅には保存魔法の術式が刻まれている。中には魔法薬素材を封じた九本の瓶が並んでいた。


「この九本だけ、扱いが違いますね」


 東雲が写真の一角を示した。


「ほかとは離してある。それに、保存術式もかなり強い。断定はできませんが、いくつかは相当高価な素材に見えます」


「写真で分かるのか?」


 貴透が訊いた。


「少なくとも、荒菱が普段扱っていた規模から見れば不自然です。こういう素材を九本まとめて、しかもこの状態で保管していたのは」


 貴透は腕を組んだまま、否定しなかった。


 燐は画像の中の瓶を見た。


 透明な硝子へ、昨日、女の鞄の底で見つけた薄紅色の薬包紙が重なる。内側には赤黒い染みが残り、鼻を近づけたときには、湿った土と折ったばかりの茎に似た匂いがした。


「昨日、女の鞄に入ってた薬包紙は?」


「鑑定に回している。まだ結果は出ていない」


「内側に残っていたものも?」


「残留物が採れればな。成分と魔力反応の両方を調べている」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 入口脇の鏡が、かこん、と一度だけ鳴る。


「それで……」


 東雲が供述調書から目を上げた。


「ここまで第二班の捜査状況を共有していただけるのは、なぜですか」


 貴透の視線が東雲へ向く。


「昨日の事件は《大鷲》が引き継いだ。荒菱を逮捕したのも第二班です。普通なら、こちらがここまで関与する段階ではないでしょう。むしろ、ここまで調べているなら《大鷲》で扱う事件ですよね」


「もちろん、《大鷲》は調査を続けてくれている」


 佐伯がゆっくり眼鏡の位置を直した。


「ただ、君たちに回していた違法魔法薬の件があるだろう」


「はい」


 佐伯は机の上の写真へ指を置いた。


「荒菱が、井畑へ渡った素材のどこかに関わっていた可能性が出てきた。《梟》には、その線を追ってもらいたい」


「じゃあ、井畑に材料を渡していた相手の中に、荒菱がいたかもしれないってこと?」


 燐が言うと、佐伯がこちらを見る。


「本人が直接渡していたかは分からない。でも、荒菱が扱っていたものが途中で井畑へ流れた可能性はある」


 それなら、と燐にも役割が見えた。


 第二班は、昨日の女と荒菱そのものを調べる。《梟》は、井畑の未完成薬から逆向きに辿る。


「だから俺たちに?」


「そういうことだよ。井畑が受け取った素材がどこから来たのか、その先に荒菱がいるのか。そこを確かめてほしい」


 東雲はすぐには返事をしなかった。


 写真、供述調書、そして貴透。それぞれを順に見てから、再び口を開く。


「……もう一つ、伺っても?」


「何かな」


「それは、質問の答えになっていません。それだけですか」


 佐伯はにっこりと静かな笑みを浮かべた。隣に座る貴透が額へ手を当て、短く息を吐く。


「事件同士に接点がある。それなら、情報を共有する理由にはなります。でも、貴透主任ご自身がこちらへ来る理由にはならない」


 貴透は何も言わなかった。


「それとも」


 東雲の目から、普段の笑みが消えた。


「外ではなく、内部を見ているのですか?」


 貴透は答えなかった。


 佐伯も口を開かない。


 入口脇の鏡が、かこん、と一度鳴った。


 燐は二人の顔を見比べた。貴透は腕を組んだまま東雲を見ており、佐伯は口元の笑みを残したまま、銀縁眼鏡の奥から静かにこちらを見ている。


 内部。


 一瞬、何を指しているのか分からなかった。頭の中で東雲の言葉をもう一度なぞる。外ではなく、内部。犯人ではなく、捜査する側。


 そこで、わざわざ貴透が第一班まで来ていることを思い出した。


「……《大鷲》の中を?」


 思わず口から出ると、東雲が一度だけこちらを見た。


「《大鷲》の中で、荒菱に辿り着いた経緯そのものを疑っているということですよね」


 言い切った東雲へ、佐伯が困ったような笑みを向けた。


「君は相変わらず、嫌なところまでよく見るね」


「否定されないので」


 貴透が鼻から短く息を吐き、腕を解いた。


「内部に関与者がいると決めつけているわけじゃない。ただ、捜査の流れに引っかかるところがある」


「どこが?」


 燐が訊いた。


「早すぎるんだ」


 貴透の太い指が、荒菱の供述調書を押さえた。


「昨日の現場から荒菱へ辿り着き、家へ踏み込めば過去の事例の資料が出る。禁止魔導書も出る。本人まで関与を認めた。ところが、肝心の方法だけがない。そして、それを聞き出す前に荒菱は死んだ」


 朝、小鳥遊から話を聞いたときには、犯人が捕まったのだと思った。証拠があり、本人が認めたのなら、それで終わる話に見えた。


 けれど今、応接卓の上に並べられた資料を見ると、そこだけが抜け落ちている。


「……きれいすぎる」


「ああ」


 貴透が燐を見る。


「それが気に入らない」


 東雲の指が、供述調書の端を一度だけ叩いた。


「事件が解決したというより、解決したように見える材料だけが揃っている。誰かが荒菱を犯人にして、事件を閉じようとした可能性まで見ている、と?」


 貴透は答えなかった。


 佐伯が資料を自分の方へ引き寄せる。


「疑う相手を決めるには、まだ早いだろうね。内部を疑うなんて、恐れ多いことだ」


 佐伯は穏やかに笑った。冗談めいた口調だったが、貴透は笑わなかった。


「だから《大鷲》には、荒菱の死と昨日の異常死をそのまま調べてもらう。《梟》は井畑側から調べる。別の方向から見て、同じところへ辿り着くか確かめよう」


「はい」


 東雲が答える。燐も頷いた。


「詳しい捜査資料は第二班から回してもらうよ。篠井捜査官にも話は通してある」


 篠井。


 昨日、闇市場でこちらを退かせた男の顔が浮かんだ。


 燐が目を上げると、佐伯と視線がぶつかった。銀縁眼鏡の奥の目が燐をしばらく見て、それから卓上へ戻る。


 空中には、九本の薬瓶を映した写真だけが残っていた。ほかの押収品から離され、保存魔法に囲まれて整然と並んでいる。


 荒菱の家に厳重に保管されていた九本の素材。花を咲かせ、死んだあとまで動いていた女。そして、関与を認めながら、その方法を語らず死んだ男。


 昨日まで別々だったものが、同じ机の上に並び始めていた。

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ここから話がややこしくなります……(-_-;)

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