番外編 わたくし、自分の時間の方が大事ですもの
第二王子誕生のお披露目を兼ねた夜会の日。
ソフィアの夫は入ってくるなり、酒のテーブルへ一直線。
「おっ、酒だ!」
グラスを手に取り、給仕が止める間もなく、誰よりも早く一杯目を飲み干す。
「あなた……!」
「まあいいじゃないか。祝いの席だろ?」
……いや。
夜会が始まってまだ三十秒も経っていないし、何も祝いの言葉すらもらっていないのだけれど。
「ソフィア、きてくれたのね」
「……お姉様」
「どうしましたの?」
「どうして……そんなに普通なんですの?」
……普通?その言葉に思わず首を傾げる。
何が普通なのだろう。
脳内に、ぴょこん。と、小さな宇宙猫が一匹現れた。
「第二子を産んだばかりですのよ!?もっとやつれて、お化粧どころではないのかと思っていましたわ」
なるほど、そういうことか。
私は苦笑した。
「今日は乳母や侍女たちが総出で支度してくださいましたから」
「え?」
「髪も、お化粧も、衣装も。私は座っていただけですわ」
すると近くにいた侍女が照れくさそうに笑う。
「お世継ぎ様のお披露目ですからと張り切ってくれたのよ。乳母も『今日は奥様に何もさせません』と言ってくれたわ」
「そんなに人に任せて平気なんですの?」
ソフィアはきょとんとしている。
宇宙猫が二匹になった。
……いや。任せられることを任せるのも仕事でしょう?
「クラリス」
聞き慣れた声がして振り向く。
レナードが次男を抱き、長男の手をしっかり握っている。
王太子とは思えないほど自然な光景だった。
「支度は疲れなかった?」
「皆が頑張ってくださいましたので」
「そうか」
レナードは周囲の侍女や乳母へ笑顔を向ける。
「いつもありがとう」
その一言だけで、皆がぱっと表情を明るくした。
「殿下にはいつもそう言っていただけますから」
「私たちもやりがいがあります」
そんなやり取りを見ながら、ソフィアがぽつりと呟く。
「……わたくしなら嫌だわ」
宇宙猫、三匹目。
今度はちょっとぽっちゃりとした猫だった。
「今度は何ですの?」
「そんなに大勢に囲まれて子育てなんて。気を遣って疲れそうですもの」
……いや。
それは気を遣われる側ではなく、支えてくださる方々へ感謝する場面では。
頭の中で宇宙猫たちが一斉にこちらを見ていた。
レナードは事情を知らないまま穏やかに笑う。
「一人じゃ到底できないからね」
「え?」
「乳母も侍女も、料理人も侍医も、本当によく支えてくれている」
そう言って、長男の頭を優しく撫でた。
「もちろん僕もクラリスも親だけど、皆が力を貸してくれるから、子供たちと向き合う時間をたくさん作れるんだ」
「……」
「だから感謝しかないよ」
周囲の使用人たちは、どこか誇らしそうだった。
その時、一人の侯爵夫人が微笑みながら尋ねる。
「殿下。お子様がお二人になって、毎日お忙しいでしょう?」
「もちろん大変ですよ。でも、一人より二人の方が幸せも倍以上なんじゃないかな」
会場の空気がふっと和らぐ。
「夜泣きもありますし、寝不足にもなります。でも、子供たちと過ごせる時間なんて、きっとあっという間でしょう?」
本当に、この人らしい言葉に、私は笑みが溢れる。
すると今度は別の貴族が口を開いた。
「第一王子殿下には、将来ぜひ立派な国王になっていただきたいものですな」
レナードは長男を見つめ、それから静かに笑った。
「それは本人が決めることですよ」
「ほう?」
「王になることだけが幸せとは限りません。親として、好きな道を応援できれば十分です」
その言葉に、周囲は感心したように頷いた。
私は改めて思う。やっぱり、この人には敵わない。
「……わたくしには無理だわ」
また聞こえた。
宇宙猫、四匹目。次に現れた猫は耳が折れていた。
「今度は何ですの?」
「そんなに子供中心の生活なんて。わたくし、自分の時間の方が大事ですもの」
……いや。
それは別に否定しない。
人それぞれだ。
でも、借金まみれで、愛人の家へ通い、ほとんど帰ってこない夫を持つあなたが、それを私に言うの?
宇宙猫たちは、もう考えることをやめたらしい。
その時だった。
「ぱぱ!だっこ!」
「はいはい」
長男がレナードへ飛びつく。
レナードは次男を乳母へ預けると、今度は長男を抱き上げた。
「今日は楽しかったかい?」
「うん!」
「それは良かった」
その様子を見た貴族たちが、思わず目を細める。
「本当に仲の良いご家族ですな」
「理想のご夫妻ですわ」
夜会も終盤に差し掛かり、ソフィアがまた私へ近付いて来ようとした、その時だった。
「お嬢さん」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこには、給仕の若い女性へ笑い掛けるソフィアの夫の姿があった。
「こんなところで給仕なんて勿体ないな。夜会が終わったら、一杯付き合わないか?」
「け、結構です」
「遠慮しなくていいって」
女性は困り果てて後ずさる。
腕へ触れようとしているのを見て、私はソフィアへ視線を向けた。
「……それより、ソフィア」
「え?」
「あなたはもう少し、旦那様をちゃんと見なさい」
「あ、あなた、何をしているのーーーっ!!」
「おっと」
「おっと、ではありません!」
顔を真っ赤にして駆け寄ると、そのまま夫婦喧嘩が始まる。
その光景を見て、レナードが苦笑する。
「妹君は相変わらず面白いね」
「……」
本人は本気でそう思っている顔。
やはり、天然ですわ。
ソフィアはこの日も最後まで、侯爵家への援助の話を切り出すことはなかった。
言い合いをしながら会場を出て行く二人の背中を見送りながら、私は心の中で小さくため息をつく。
きっと次に会っても、また言うのだろう。
『お姉様みたいな人生、わたくしなら絶対嫌だわ』と。
……そう。
それは、本当にその通りなのだと思う。
だってこの幸せは、レナードと、子供たちと、乳母や侍女たち。
みんなで少しずつ積み重ねてきた、私だけの人生なのだから。
日間完結済3位と日間異世界恋愛・完結済3位感謝です。
ソフィアの旦那さんを登場させたくなり、書いてみました。いかがでしたでしょうか?
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




