第一話 お姉様みたいな人生、わたくしなら絶対嫌だわ
「お姉様みたいな人生、わたくしなら絶対嫌だわ」
それが、妹のソフィアの口癖だった。
王太子妃である私、クラリスは、第二子となる男の子を出産したばかり。
長男とは年子になる。
まだ身体のあちこちが痛むし、十分に眠れているとも言い難い。
けれど。
小さな寝息を立てる長男と、生まれたばかりの次男を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
この子たちのためなら、少しくらいの寝不足などどうでもいい。
そう思っていた。
だからこそ。
「えー、わたくし絶対やだぁ」
頼んでもいないのに寝室へやって来たソフィアの第一声に、私は一瞬言葉を失った。
「お姉様、そんな短期間で二人も子供を産むなんて。まるで子供を産む機械みたい」
ソフィアは磨き上げられた爪を眺めながら肩を竦める。
「わたくしなら耐えられないわ。自分の時間なんてなくなっちゃうもの」
私の脳内に、広大な宇宙が広がった。
そして、その真ん中で一匹の猫が虚空を見つめている。
俗に言う宇宙猫である。
……いや。何言ってんだお前?
思わず真顔になった。
ソフィアの夫である侯爵家の次男は、結婚して半年も経たないうちから愛人を囲った。
ギャンブル好き。
酒好き。
借金持ち。
夜はほとんど家に帰らない。
王都では有名な話だ。
むしろ、そこまで問題行動を重ねていて離縁していないことの方が不思議なくらいだった。
そんな男の妻が。
そんな家庭環境の妻が。
なぜ私を哀れむ側に立てるのだろう。
不思議で仕方がない。
「まあ、お姉様は昔から真面目だものね。私には無理だわ」
ソフィアはふう、とため息を吐いた。
「王太子妃なんて窮屈そうだし。子育てばかりの毎日なんて人生が終わってしまいそう」
その時、寝室の扉が開いた。
「ただいま、クラリス」
聞き慣れた声に顔を上げる。
そこに立っていたのは、私の夫である王太子レナードだった。
彼は私を見るなり表情を緩める。
「今日はどうだい? 少しは眠れた?」
「ええ。午前中に少しだけ」
「それは良かった」
レナードは安堵したように微笑み、ベッドへ歩み寄ると眠っている次男をそっと抱き上げる。
「おはよう、僕の天使」
まだ目も開かない赤子に向かって本気で話しかけている。
その姿を見て、私は思わず笑ってしまった。
「レナード様。その子はまだ言葉がわかりませんよ」
「そんなことはないさ。父親の声くらいわかるはずだ」
真顔だった。
完全に親馬鹿である。
レナードは慣れた手つきで子供を抱きながら、私の額へ口づける。
「クラリス。本当にありがとう」
「何がですか?」
「君が命がけでこの子を産んでくれたことだよ」
優しい声だった。
「身体はまだ痛むだろう? 今日は僕が見ているから、君は休んでいて」
「そんな、政務があるでしょう」
「もちろん政務は終わらせてあるし、何より君の方が大事だ」
さらりと言い切られた。
ソフィアが微妙な顔をしている。
気まずそうに視線を逸らした。
そういえば。
ソフィアが産気づいた時も、夫は賭博場にいたらしい。
やっと現れたと思ったら、お酒と香水のにおいを振りまきながら。と、母から聞いた。
レナードはようやくソフィアの存在に気付いたらしく、軽く会釈した。
「ああ、ソフィア嬢も来ていたのか」
「ご、ごきげんよう殿下」
「クラリスの見舞いかな」
「ええ、まあ」
なぜか声が小さい。
レナードは首を傾げた。
「何か話していたのかい?」
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