ハリスは夢子を戦わせたい
(いったぁあああい!!!)
ロブ・コルダから顔面に魔弾を撃たれた枕木夢子は、心の中で絶叫を上げていた。
声をあげなかったのは友人であるペパー・ミントに心配を掛けたくなかったことと、悲鳴を上げたらロブのことを喜ばせるだけだと考えたからであり、床に倒されながらも悲鳴は上げなかった夢子であったが、それでも痛いものは痛い。
夢子はとっさに自分に対して弱い催眠魔法を掛けることで、自分の感覚を鈍くし、痛みを緩和していた。
(このヤロウ。絶対に許さんぞ。)
心の中で怒りの炎を上げながら夢子はロブを見上げる。
すると、意外なことにロブは戸惑った顔をして夢子を見ていた。
実際のところ、ロブは現状に戸惑っていたのである。
(やっちまった。もっと力を抑えたつもりだったのに。)
ロブは夢子に魔弾を撃ったが、本来は力を抑えて脅しくらいにするつもりだったのである。
それがミントと話している中で我を忘れてしまったのか、つい力が入ってしまったのだ。
それに……
ゾクッ!!
ロブは強い殺気を感じて慌てて周囲を見渡した。
ロブの周囲では、メイド達が殺気のこもった眼でロブを睨みつけていたのである。
ロブは、先ほどまでこちらを見る気配すらなかったメイド達から怒りの視線を向けられて大きく動揺していた。
(魔弾をぶつけたメイドならまだしも、どうして他のメイドから睨まれないといけないのか。)
ロブは疑問を感じたが、それは他のメイドからすれば自然な怒りだった。
夢子はメイドの中で底辺の存在であったが、それでもメイドの一員なのである。それが、いけ好かない貴族がメイドの一人に暴力を振るったという事は、メイド全員に対して戦線布告をしてきたようなものである。
ただでさえメイドは好戦的で売られた喧嘩は買う者が多い。何人かのメイドはすでに配膳の手をとめて、ロブを囲むように動き始めていた。
(やばい。このままだとやられる。)
ロブの顔に冷や汗が浮かぶ。
貴族は魔法が使えるが、身体能力が高いわけではない。食堂にいる貴族はロブ1人であり、1人で複数人のメイドに勝てる見込みはないだろう。
しかしながら、この場でメイド達に向けた謝罪するのはロブのプライドが許さなかった。
(そもそもこんな事になったのは、ミントがオレを拒絶したのが悪かったのだし、それにメイドに撃った魔弾にしても、メイドだったら避けられて当然だったはずだ。)
そんな自己弁護を心の中で言うが、その弁護が他のメイド達に通じるわけがないこともわかっている。
じりじりとメイド達が距離を詰めてくる中で、ロブは冷や汗を流しながら自分が助かる方法を考えていた。
そしてそんな考えもむなしく、ロブに対する包囲が完了したメイド達はある者は姿勢を低くし、またある者は軽くステップを踏むなど、今にもロブに飛び掛かろうとしているところだった。
だがその時、食堂に大きな音が鳴り響いた。
パン パン パン
それは拍手の音だった。
拍手の音は大きく、食堂全体の空気を震わせるほど響いていた。
拍手の音に気を逸らされたメイド達はロブから視線を外し、音の主を探す。
そして、音の主に気付いたメイド達は驚いた表情をすると、機敏な動きで直立した姿勢をとった。
その拍手の主は、メイド達の先生をしている長身の女性である、ハリス・バランタインであった。
パン パン パン
ハリスは無表情のまま、拍手をしながらロブに向けて悠然と近づいて行く
その姿はまるで、巨大な肉食獣が獲物にゆっくりと近づいて行くようであり、ロブはハリスが拍手をしながら近づいて来る意味がわからず、恐怖を感じていた。
そして、ハリスはロブの前まで来ると、笑顔をロブに向けた。
「いや~、お前、よくやってくれたな。」
そう言いながらハリスはロブの肩に手を置く。
「っ……!」
ズシンと、ロブは肩に優しく置かれた手に鉄のような重さを感じたが、ハリスの意図がわからず困惑して言葉が出せなかった。
そんなロブの様子を無視して、ハリスはさらに語る。
「最近はお前みたいに元気のある奴がいなくて退屈してたんだ。お前もそう思うだろ?」
(なんだこいつは、さっきから?)
ロブは貴族なのでそれほど関わりはないが、相手がメイドの先生であり、実力で自分を上回っていることもわかっている。
ロブがメイドに魔弾を当てたところを見ていたのだとは思うが、その割に他のメイド達と違って態度がやけにフレンドリーだ。
「何の話ですか?」
ロブはハリスを刺激したくないと思いながら、控えめな態度で質問した。
するとハリスは、浮かべていた笑みをさらに深めた。
「お前、こいつと決闘したかったんだろ?」
ハリスは床に転がったままの夢子を見下ろして指を差した。
「なっ!?」
(なんですって!!?)
声を出したのはロブで、心の中で声をあげたのは夢子である。そして2人ともハリスの言葉に驚いていた。
「決闘って、いったいなんの話です?」
驚きつつもロブがハリスに問いただすが、ハリスはそんなロブにあきれたようだった。
「おいおい、何をとぼけてるんだよ。こいつの顔面に魔弾を叩きこんだっていうことは、こいつと戦いたいっていうことに決まってるじゃないか。それともまさか……」
そこまで言うと、ハリスはロブの肩に置いた手に力を込めた。
強烈な力で掴まれたロブの肩はミシミシと音を立て、ロブは痛みのあまり体を捩らせた。
「ぐぅ!!?」
痛みに苦痛の声をあげるロブを無視してハリスは言葉を続ける。その声はゾッとするほど冷たいものだった。
「まさか、ただの憂さ晴らしでメイドに手を出してきたわけじゃないよな?」
「ひぃっ!」
その時点でロブは、ハリスが笑みを浮かべていながらも、その目はまったく笑っていないことに気づいた。
ハリスの目は獲物にとどめを刺すときのように、静かで冷めていたのである。
ロブは恐怖を感じていたが、ハリスに掴まれているため、身動きは封じられている。
ここで、ハリスに対して何も考えずに夢子に魔弾を撃ったなどと言えるわけがない。
「あ、ああ。もちろん。決闘のためです……もちろんです。」
ロブは声を震わせながら、自分が助かるために必死にハリスにこたえた。
そして、ロブの答えを聞いたハリスは、笑みのない目を細めて笑顔をつくる。
「そうに決まってるよなあ。お前、やる気あるじゃないか。」
そう言うと、ハリスはロブの肩から手を離し、再び拍手をした。
パン パン
食堂に大きく音が響く。そして、ハリスはメイド達に向けて言い放った。
「お前たち。こいつとそこのメイドで決闘をすることが決まった。朝食が終わったら森に集合しろ。」
「「「はい!!」」」
ハリスの命令を受けて、メイド達は直立不動の姿勢をとって一斉に返事をした。そしてそれを合図に、メイド達はぞろぞろと朝食の準備に戻っていった。
ハリスはメイド達が準備に戻るのを見ると、ロブに対して口を開いた。
「それじゃあお前も朝食を食べたら森まで来るよな?ていうかお前誰だ?」
「えっ!?」
(今更名前を聞くのか。こいつはつまり、俺とそこのメイドを使って暇つぶしをしたいだけなのか。)
ロブはハリスの物言いに力が抜ける気がした。
「は、はい。森まで行きますよ。ええ。私はロブ・コルダと言います。」
ロブはハリスに反感を覚えながらも、抵抗もできず素直にこたえた。一方で、質問をしたはずのハリスはロブの答えに興味がなさそうだった。
「そう。じゃあさっさと準備でもするといい。」
そう言うと、床に転が夢子に体を向ける。
ロブはすでに夢子やミントに何かを言う気もなくしており、一目散に食堂から出て行った。
そして、ハリスは床に転がったままの夢子を見下ろす。
「聞いたか夢子、決闘だぞ。あの程度の貴族に負けたらどうなるかわかってるよな?」
「え、はいぃ。」
夢子は、当事者の自分が放置されたままいつの間にか話が終わっていたことに気づき、気の抜けた返事をした。
そして夢子が返事をするのと同時に、横にいたミントが声をあげた。
「ま、まってください。先ほどの人は夢子さんとは関係ないんです。むしろ関係があるのは私の方で。」
そう言いながらミントはハリスの前に進み出る。
だが、ハリスはミントの言い分に心の底から興味がなさそうだった。
「話の発端なぞ知らん。これはすでにメイドと貴族の戦いだ。お前の出る幕ではない。」
ハリスはそう言い残すと、さらに食い下がろうとするミントを無視して颯爽と食堂を去って行ってしまった。
「そんな。」
無視されたミントはショックを受けた様子だったが、すぐに感情を切り替えると夢子の傍に近寄る。
「夢子さん、大丈夫ですか?ごめんなさい。私のせいで。」
「え、ああ。うん。そう……」
ミントに心配された夢子だったが、夢子はロブから魔弾を撃たれてからいつの間にか決闘をすることになっていたという事に頭の処理が追い付いていなかった。
「ま、まぁ大丈夫だよ。へへへ。」
夢子は回らない頭でてきとうにミントに返事をすると、心配そうに見つめるミントをその場に残して、ふらつく足取りで食堂を出て行った。
実際のところ、夢子は自身に掛けた催眠魔法の影響で現実感のないまま行動していたのだった。
(おかしい。たしかにロブに怒っていたはずだけど、決闘をしたかったわけではなかったはずなのに。)
そして、考えがまとまらないまま無意識に朝食をとった後、夢子の意識がはっきりとしたときには夢子は森の入り口に立っており、夢子の正面には対峙するようにロブが立っていたのだった。
周りにはハリスやミントをはじめとして、メイド達が決闘を見に来ており、それに加えて、騒ぎを知った貴族達までもが見物に来ていた。
対峙するロブはかなり真剣な表情で、食堂で夢子が受けた魔弾よりも強い魔法を使う気満々と言った様子である。
夢子は土下座をしたらなんとかならないだろうかと考えていたが、ロブの様子も周りの様子もとてもそんな雰囲気ではない。
(あれ?これ私死んだか?)
知らぬ間に命の危機に陥っている状況に、夢子は思わず空を仰いだ。
そして、どうしてこうなった?と自問自答しながら、古代ローマのコロッセオで戦わされる奴隷の気分を感じていたのだった。




