急襲
『9月5日。今日は雑巾を投げつけられた。ビショビショになった僕に声をかける者など誰もいなかった』
高原をただひたすら歩き、出発してから今日で2週間が経った。
こぶりんの暴走はあれ以来起きていない。リンカが毎晩、こぶりんから余分なプルウィスを抜いているからだ。
「リンカ、あれをみて」
そう指差した先には巨大な古びた塔のようなものがそびえ立っていた。
あまりに巨大なそれは雲を突き抜け、てっぺんの方はこちらからではぼやけてよく見えない。
「あれが……エデン」
リンカはその不気味なほど巨大なその塔をただじっと見つめそのまましばらく言葉を失っていた。
リンカに抱えられたこぶりんも、ボーッと塔を見つめたまま動かない。
「あの塔のてっぺんに管理者「イブ」がいるのか……」
塔は確実に僕達の目に見える距離にある。だけど、まるで辿り着ける気がしない。遠く離れた違う世界にポツンと建ってるみたいだ。
でも、だからといってここで立ち止まるわけにはいかない。僕達は僕達の世界に帰る方法を見つけるため、あの塔のてっぺんに登って、イブに会わなければならないんだ。
目的の場所を目に捉えることができる距離にまで辿り着いた僕たちは、再びエデンへと歩み始めた。
それからしばらく歩いた。辺りは草原が生い茂った平原で随分と平和なところだ。
何事もなく呑気に歩いていた僕。しかし突如ある異変に気付いた。
「そういえば、さっきから人を見ないな」
この前までは、町から町へ物資を運ぶ「運び屋」や、ゴブリン達を討伐する任を与えられた「狩人」の人間を何人か目にすることがあった。
しかし、塔が見え始めたあたりからだろうか。目にする人数がだんだんと減っていき、ここ先程からは一人も目にしていない。
これだけだだ広い平野の真ん中に僕達だけだと、だんだんと不安になってくるものだ。
人がいない理由としては、この辺りには町がほとんど存在しないということがあげられるだろう。
エデン周辺には、マルコが以前言っていた新興国「アルファリオン」を除いて、町や国は一つも存在しない。
だが、エデンの塔の周りには城下町が広がっていると聞いていた。そこに階位4以上の貴族達が集まって生活をしていると。
その人達は、町の外に出たりしないのだろうか。
「確かに変よね。エデンの周りにだって人はたくさん住んでるんでしょ?」
「うん。僕達もう随分エデンに近づいたはずなのに、人っ子一人見ないなんて…」
不審に思いながら、周りを見渡し歩く。
するとその直後、僕達の前から一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見てとれた。
「ああ、よかった。人いるじゃないか」
久しぶりに人の姿を見て安心した僕は、向かってくる男に挨拶をしようと近づいた。
彼は白い帽子に白い軍服のようなものを身につけている。あれは貴族の格好だ。
だが貴族だろうと誰だろうと関係ない。なんたって僕の階位は6、世界最高なんだから。
僕は臆す事なく彼に話しかける。
「エデンはこの近くですか?」
「……た…たすけてくれ」
「……え?」
その貴族から放たれた言葉は予想外のものであった。
そして、彼の言葉と同時に、彼の全身からまばゆい光が放たれ始める。
「伏せて!!!」
背後からリンカの叫び声が聞こえた。
咄嗟に僕は身体を地面に伏せ、その場でうずくまる形をとる。
その直後、
ドォォォォン
という爆発音とともに、辺りが光に包まれ、その後爆風のようなものが僕の全身を襲った。
「うわぁぁ」
強い爆風に、僕は吹き飛ばされる。
「うっ」
僕は飛ばされた先で地面に叩きつけられた。
衝撃で意識が朦朧とする。
それでもなんとか意識を保とうと目を見開き、薄れゆく視界で辺りの状況を確認すると、遠くから二人の男がこちらに向かってくるのが見て取れた。
「そっち狙ってどぉぉぉすんのよ!!」
「はっ、申し訳ありませんドルトルエ少佐!」
男達の会話が耳に入ってくる。
「しかしながらドルトリエ少佐!」
「どうしたの、メラルバ一等兵!」
「恐れながら!私の今回の任務は、あの貴族に、声を発すれば自らが爆発する術式を仕掛けるというものでありました!」
「……ふむ」
「そして、あの貴族の男をこちらの意のままに操る術式を仕掛けるというのが、今回のドルトリエ少佐の任務であります!」
「まあ、そうねえ」
「つまり、起爆のタイミングはドルトリエ少佐が握っていたということであります!」
「まあ、そうねえ。あの貴族が声を発するタイミングは、奴を操っていたあたしに委ねられていたわけだものねえ」
「奴は最後に「助けてくれ」と言いました!」
「ええ」
「よって、奴は最後の最後に、ドルトリエ少佐の操りの術式を解除していたと言うことになります!」
「まあ、そうねえ」
「これらのことから、今回ターゲットの前で爆発させられなかったのは私の責任ではなく、あの貴族の男に操りの術式を解除され、勝手に声を発することを許してしまった、ドルトリエ少佐の責任であるということになるのではないでしょうか!」
「まあ、そ……おだまりぃぃぃ!」
ドルトリエと呼ばれたその男は、部下であろうもう一人の男メラルバを叩きつけた。
「はあ……あのねえ。誰が悪いのか。誰の責任なのか。そんなの些細なことじゃない」
「はっ!」
「要は結果よ結果!!」
「結果でありますか!」
「そう結果よ!あなたの失敗は私が繕い、私の失敗はあなたが繕う。そうやって二人で助け合いながら結果を掴み取るのよ!!」
ドルトリエの言葉を聞いたメラルバは、突然嗚咽を漏らし始めた。
「うぉぉぉぉ!ドルトリエ少佐!私感動いたしました!私一生少佐についていくのであります!」
「そうよ!それでこそ私の部下メラルバよ!!」
そう抱き合った二人の目線の先は、こぶりんを抱いて二人を睨みつけるリンカであった。
「……何睨みつけてんのよあんた。私達の友情に嫉妬でもしてるのかしら?」
「気持ち悪い。こっち見ないでくれる?」
嫌悪の顔を向け、リンカがそう吐き捨てた。
「少佐。ターゲットはあのゴブリンであります」
「もちろん分かってるわ。ねえ小娘、そのゴブリンあたし達に譲ってちょうだい。そいつはあたし達にとってひじょーに邪魔な存在なのよ」
「あんた達みたいな暑苦しいのが私にとって一番邪魔な存在なんだけど」
リンカのこの言葉が、メラルバの逆鱗に触れた
「……少佐。私がこの娘ごとターゲットを排除します」
「まあ、落ち着きなさいメラルバ。……でもそうね。あなたが怒るのも無理はないわ。この娘、二人でめっためたのグッチャグチャにしてやりましょうか」
「了解しました」
ダメだ、リンカ!闘うな逃げろ!
突如襲撃した謎の二人組。
彼らの並々ならぬおぞましさに僕は必死でリンカとこぶりんを逃がそうと試みた。
だが、意識の朦朧としている僕には、それを彼女に叫んで伝えることすら叶わなかった。