プルウィスの暴走
『9月4日。昨日リンカに見せてもらったメール。もちろんあんな写真フェイクだ。何故僕が勝太郎の彼女を襲うような真似をしなければならない。僕はメールの件について信楽に直接問いただした。だけど、彼は事実を皆に知らしめただけだと言う。ならばと鈴宮さん本人に弁明を求めたけれど……彼女は冷たい目を僕に向けこう言った。「あなたに恐ろしい目に遭わされた」と』
小さな小さな子供のこぶりん。
彼の秘めたる力を確かめるため、僕達は広い広い草原のど真ん中で夜を迎えた。
ここならば、昨日のように部屋が荒らされるというような心配はない。
「やっと寝たみたいね」
昼間キャッキャとはしゃいでいたこぶりんであったが、今のところ特に異常はない。普通の赤ん坊のゴブリンだ。
「ここからが勝負だね……ふぁ〜あ」
元気すぎるこぶりんの付き添いに、思った以上に疲労がたまっているようだ。思わず大きな欠伸が出る。
「ちょっと、みっともない顔見せないでよ」
「仕方ないじゃないか。僕今日一日中この子の……ふぁ〜あ」
プチっ
リンカの堪忍袋の緒が切れた音がした。
「だからこっち向いて欠伸しないでよ。私まで眠くなっちゃうじゃない」
「ごめんよリンカ。でも僕もう眠くて眠くて……ふぁ……っっ!?」
これ以上僕の欠伸を許すものかと、リンカは手で僕の口を押さえ込んだ。
「わかった、じゃあこうしましょう。君と私どちらか片方がこの子の見張り、片方が仮眠をとる。これを30分交代よ」
「……!そんな! 僕は大丈夫だよ。二人でこの子を看るって決めたじゃないか」
「どちらかが起きていればこの子に異常があってもすぐ起こせるでしょう。それに……実を言うと私ももう限界なの」
そう言い終わるやいなや、リンカは草原の上で横になり、そそくさと眠りに入ろうとし始めた。
「おおい! ずるいぞリンカ。それなら僕を先に寝させてよ!」
寝させてなるものかと、リンカの肩をブンブンと揺さぶる。
だが、よほど疲れを我慢していたのだろう。彼女はすでに夢の中の住人で、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「……仕方ないなあ、もう」
後30分。
彼女の気持ち良さそうな寝顔をみて、僕は後30分なんとか持ちこたえようと決意を固めた。
5分、10分、 15分、20分、
朦朧とする意識の中で、僕は必死に30分が経過するのをただひたすら待つ。
こぶりんには未だ異常は見られない。リンカのすぐ隣ですやすやと寝息をたてて静かに眠っている。
……ダメだ。2人を見てると意識をもっていかれそうだ。
意識を集中させ、こぶりんに異変が起きないかを注意深く観察する。
小さな牙、尖った耳、そして緑色の肌。それ以外は人間の赤ん坊とほとんどそっくりだ。
こんな小さな子がはたして本当にLV99なのだろうか。
あのデカくて凶暴だったゴブリンオーガでさえLVは45だ。この子はこんな小さな体で、あのゴブリンオーガを上回る力を保持しているというのだろうか。
再び疑念の目でこぶりんを見たその時だった。
ポーっと、こぶりんの体が赤く光り始めたのだ。
「リンカ!起きて!」
慌ててリンカを叩き起こす。
「……うっうーん」
例によって、目覚めが悪そうに、リンカは起き上がった。
「……なに、これ」
言葉を失うリンカ。
僕達の目の前で、現在進行形で起きているこの事象を、僕たちはただ立ち尽くして見守るしかなかった。
赤く光るこぶりんからは、赤白く輝く霧のようなものがシューシューと溢れ出ている。
溢れ出た霧はこぶりんの周りを赤く照らし、辺りは眩い幻想的な明るさに包まれた。
「こぶりん!!」
リンカがこぶりんを抱きしめた。
しかし、抱きしめられたこぶりんは、まるで何事も起きていないかの如く、いつもと変わらぬ様子ですやすやと眠り続けている。
「とにかく、なんとかしないと!」
僕は、必死でこぶりんの身に何が起きているのかを考える。
まず、あの赤い霧だ。あれがこぶりんの身体から出ている以上、あれはこぶりんの何かが身体から溢れ出したものだろう。
しかし、一体何が?
身体の中にある赤い物質……
僕はすぐさま答えを導き出した。
あれは血だ。
こぶりんの血が霧となり体外に噴出しているのだ。
しかし一体なぜ?
見たところこぶりんは大きな傷を負っている様子はない。
「リュウ!こぶりんが!」
リンカが悲壮な顔で僕に呼びかける。
慌ててこぶりんの方を見ると、こぶりんは相変わらず眠ったままだが、額から汗をたらし、呼吸が荒くなっていた。
「くそっ!血が霧状になって噴き出てるんだ!なんとかしないと!」
だが、傷口などではなく身体全身から噴き出ている以上、血を止める手立てが思い浮かばない。
早く解決法を!
焦る気持ちを抑え、必死に脳を働かせる。
すると、一つある疑問が僕の頭に浮かび上がった。
この子はなぜ今日まで生きてこれたんだ?
もしも昨夜、これと同じ状況であったとするならば昨日と今日で2日連続、こぶりんは血の霧を噴き出していたことになる。昨日、今日たまたまこれが続けて起きたとは考えにくい。つまり、これは昨日今日だけ起きたことではなく、以前からこんなことが毎日続いていたと考えるのが自然だ。
だとすると、毎日これほどの血を失い続けて、なぜこの子は生きている?
考えられることは一つ。プルウィスの存在だ。
プルウィスは血管内で血液と結合し、血液の代わりを為すものでもある。そうマルコは言っていた。
そうして、本来の血液に加え、プルウィスが血液のエネルギー運搬機能を補助することによって、生物はより高い身体能力を獲得できるというのだ。
つまり、仮に血液を失っても、その分のプルウィスを取り込めば、それが血液の代わりを成しえるということにもなる。
本来あれほどの血を失えば、それを補完するほどの量のプルウィスを取り込むことは不可能かもしれない。
しかし、こぶりんのLVは99。普通では考えられない量のプルウィスを取り込むことを許される稀有な存在。
今血を噴き出し続けながらも、それと同量のプルウィスを受け取っているのだとすれば……
……いや、違う!!
「リンカ!君の魔法でこぶりんからプルウィスを吸い取るんだ!」
……考え方が逆だった。なぜこぶりんが血を噴き出しているのか。それは、体内の血液が許容量を超えたからだ。
大量のプルウィスを受け取ることを許されたこぶりん。
だが、まだ赤子であるこぶりんの身体は、それほどのプルウィスの量を受け取れるほど、成長しきっていなかったということだ。
権限レベルとしては最高クラスの量のプルウィス受け取り量をもっていたとしても、身体はそうではない。
そのズレが、今回の一件を引き起こしたのだ。
今、こぶりんの血管内には、元々の血液とプルウィスが混在し、混ざり合っている。そして、あまりに大量のプルウィスを受け取ったことによって、血管内での許容量を超過し、超過した分を身体から放出しているのだ。それが、あの赤い霧の正体であると推測できる。
「リンカ!早く!」
「今やってる!天啓印アクティベート【スポイル】!」
こぶりんの胸に乗せたリンカの手のひらに向け、赤い霧が吸い込まれていく。と同時に、赤く光っていたこぶりんの身体も次第に輝きを失い始めた。
「……うっ!」
こぶりんの体内にあった大量のプルウィスがリンカの体内へと吸い込まれていく。
「大丈夫リンカ!?」
「ええ……大丈夫よこれくらい!!」
こぶりんより身体の大きなリンカであれば、より多くのプルウィスを受け入れることはできる。
だが、一度にこれほど大量のプルウィスを受け入れるとなると、負担は大きなものだろう。
「ごめん……僕も魔法が使えれば」
「いいから黙ってて……これは……私なりの、この子への罪滅ぼしよ……」
こぶりんの身体の赤い光はもうほとんどその輝きを失っている。
「うぉぉぉ!」
リンカの決死の努力によって、こぶりんの赤い光は完全に消え、赤い霧も全てリンカの中へと吸い込まれた。
あたりは再び暗闇に包まれ、先程とは打って変わって、静寂な空間となった。
「こぶりんは!?」
大量のプルウィスを一気に引き受け、消耗しているであろうリンカ。だが、そんなことは御構い無しで、こぶりんの様子を確認する。
「スーッスーッ」
何事もなかったかのように寝息を立てて眠るこぶりん。
「よかったあ」
そんな様子を見たリンカは安堵のあまりその場でへたっと座り込んだ。
「ありがとうリンカ。お陰でこの子はもう大丈夫だ」
今回僕は何もできなかった。だからせめて彼女を労ろう。
そう思い、僕は彼女にそっと毛布をかけた。
恐らく、今回リンカがこの子からプルウィスを吸い取っていなければ、体内で耐えきれなくなったプルウィスが一斉に外に飛び出そうとし、昨日と同じような小爆発のようなものを引き起こしただろう。
そうなればこの子の負担は計り知れない。
そして、もう一つ気付いたことがある。
結局、こんなことを何度も繰り返していれば、この子はやはり生きてはいなかっただろう。
つまり、この子がこのような状態になったのは今回が初めてのはずだ。僕はその理由を考えていた。
それはたぶんこの子の親、すなわちゴブリンオーガが、さっきのリンカみたいに、毎日少しずつこの子の中のプルウィスを吸い取り、この子の中にプルウィスが溜まりすぎないように調整していたのではないだろうか。親として、子が苦しまないように。
だがもうそのゴブリンオーガはいない。
これからはリンカや、そしていつかは僕が、この子のプルウィスを吸い取る役目を果たさなければならない。この子が大きくなって、自分でプルウィスをコントロールできるようになるまで。
だって僕達はこの子の親がわりなのだから。
今回ちょっと説明ばっかりになってしまって申し訳ないです!




