29話
あのあとどうにかスタッフと桜ちゃんの手で奏ちゃんの暴走は止まり、みんなのおかげで奏ちゃんも失格にはならずに最初からアピールをさせてもらえた。
その際、司会の人が怯えながら言葉を選びつつ、話していたのは記憶に新しい。
そして全エントリー者のアピールが終わり、結果が発表される。
「それでは待ちに待った結果発表の時間だっ。この激戦を乗り切り、見事に勝利を掴んだ女の子は―――」
会場が静まる。
みんながみんな司会の人へと視線を集中させる。
そして―――司会の人の口が開いた。
「このミスコンテスト優勝は―――エントリーナンバー12番っ。花里桜さんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
結果葉発表と同時に鳴り響く、みんなからの桜ちゃんへと向けれたファンファーレ。
すごい! すごいよ桜ちゃんっ!!
しかし、こんな嬉しいことのはずなのに桜ちゃんはなぜか強張った顔をして震えている。
それになんだか今にも泣きだしそうな―――
「お、お嬢様っ。申し訳ございませんっ!!」
桜ちゃんが土下座をした。
体を震わせながら、なぜか一生懸命に、奏ちゃんに向かって
―――土下座をした
―――なぜ
―――どうして
―――なんで
わからないことばかりだ。
会場もさっきの盛り上がりが嘘みたいに静まり返る。
司会の人も自分の役割を忘れ、呆然と立ち尽くしている。
「私みたいなのがお嬢様を指し終えて優勝してしまって本当に申し訳ございませんっ! お嬢様の方が可愛いのにっ。お嬢様の方がよっぽど美しいのにっ!」
発せられた桜ちゃんの言葉でなぜ桜ちゃんが謝っているのかがわかった。
わかってしまった。
お嬢様の奏ちゃんより自分の方が評価が高いことが許せないのだ。
奏ちゃんはお嬢様、桜ちゃんはメイドさん。この壁を越えたと思っているのだ。
でも、この展開はまずい。
このままではきっと―――
「……あんたなにしてんの」
こんな状況で―――
こんな場所で―――
こんなことをして―――
奏ちゃんが怒らないはずがない。
「なんでそんなことするのよっ! なんでそんな自分を卑下するのよっ! なんで悪くもないのに自分を責めるのよっ!」
奏ちゃんは桜ちゃんの真ん前まで歩いていき、桜ちゃんを怒鳴りつけた。
その勢いは今にも桜ちゃんに飛びかかりそうなくらい危うい。
桜ちゃんも怯えているのか体をガクガクと震わせ、ただすっと「ごめんなさい」を繰り返すだけ。
「私が謝れって言ったっ? 謝ってほしいなんて言ったっ? 私より勝ってちゃダメなんて言ったっ?」
奏ちゃんも我慢の限界が来てしまったのだろう。
今まで溜めにため込んだ桜ちゃんへの本当の思いが溢れだして、止まらなくなってしまったのだろう。
「佐渡さんっ! まずいですよっ。なんとかしないと」
そんな中、どこか別のところでミスコン見てたのであろう彼方ちゃんたちが騒動に紛れて僕たちの方へやってきた。
「彼方ちゃんの言うとおりよ。早くしないと手遅れになるわ。このままじゃ仲直りどころか絶縁よっ」
間宮さんも焦っている。
いつも冷静沈着な間宮さんが動揺するほど、この事態はまずいことなのだ。
これじゃあ僕らの作戦は失敗どころか―――
―――次の機会すらなくすことになってしまう。
このまま未来永劫二人の仲を修復することが出来なくなってしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「そうだぜ誠也。ここは乗り込んででもこの状況をどうにかしねえと」
翔君もこの状況はさすがにまずいと思ったらしく、すでにステージに向おうと体を乗り出している。
「隊長いこうっ。取り返しのつかなくなる前にっ」
さっきまでゲームに夢中だった広志君も僕の背中を押してくれる。
でも、この中でたった一人、この状況をなんとも思ってない人が―――
いや、なにかしらは思ってるだろうけど、二人の喧嘩を止める気がない人がいた。
その人が僕の向かう先、奏ちゃんと桜ちゃんの元への道を塞ぐ。
「……なんで邪魔をするんですか安藤さん……」
その人は安藤さんだった。
あの二人が元の仲の良かった時の関係に戻ることをこの中で誰よりもきっと心の底から望んでいたであろう人物が僕の行く手を遮っているのだ。
「……申し訳ありません佐渡様。でも……ここはお通しできません」
「だからなぜですっ」
状況が状況だからか僕もつい口調が強くなってしまった。
でも、僕にはわからない。
なんで安藤さんが僕たちの行く手を阻むのか、なんで奏ちゃんたちの喧嘩を止めないのか。
点でわからなかった。
「……あの二人は今まで本当に喧嘩を言うことをしたことがありません。いつも仲良しで、一緒で、笑っていました」
「だからその関係を戻そうってみんなで頑張っているんですっ。安藤さんだってそれは知ってますよね? ならなんでっ」
「それではだめなのです……あの二人が本当の友達になるには……ダメなのです」
僕が安藤さんに近づこうとしたとき誰かが僕の肩を掴んで止めた。
後ろを振り返ると僕の肩に手を置いた人物がわかった。
―――翔くんだ。
肩に置かれた手は不自然なくらいに力が入れられていて少し痛い。
つまり翔君は僕を止めるために力を入れているんだ。
「……誠也。ここは俺たちが行くべきじゃねえよ」
そう言って翔君は安藤さんの隣に並んだ。
「……そ、そんな翔君までっ!」
「……誠也。俺はさ、あの時……お前に救われたとき、初めて知ったんだ。大切な人の存在を……自分が守られてるんだってことを……きっと今回も同じだ」
翔君はそう言って行く手を阻むように両の手を横に目一杯開いた。
僕は翔君の言葉の意味を考えようと、翔くんとの出会いを思い出す。
翔君が何もかもを捨ててしまいそうだったこと、その時にどうやって翔君が立ち直ったのかを、思い出せる限り、全部思い出す。
そして僕はやっと翔君たちの言っている意味がわかった。
「……わかったよ。二人の言うとおりだ」
僕は動かそうとしていた足を止める。そしてステージの方へと再び視線を戻した。
「なんで止まるんですか佐渡さんっ! 早くしないと取り返しがつかないことにっ! 佐渡さんっ!」
彼方ちゃんが僕の正面に来て、泣きながら僕の体を思いっきり揺する。
でも、僕は動かない。動いてはいけないんだ。
「……佐渡あんたが動かないってんなら私が行くわっ」
「隊長っ。我も行かせてもらいますぞっ」
「ダメだよ間宮さん。広志君。そんなことしちゃダメだ……」
二人の元へ行こうとする間宮さんの腕を取り、行動を封じる。
広志くんの方は翔君が止めてくれたようだ。
これであの二人を邪魔する人はいない。
「あの二人なら大丈夫だよ。僕は信じてる。あの二人ならきっと仲直りできる」
「こんな状況なんですよっ。このままじゃ本当に取り返しがつかないことになっちゃいますよ。私……このまま二人が喧嘩別れするなんて嫌ですっ」
「……彼方ちゃん。言ってることはわかるよ。僕だって今ここで見ていることが、本当に正しい選択なのかなんてわからない。正直言うと不安だよ。間違っている気がする……」
「ならっ」
「でもっ!」
僕は彼方ちゃんの言葉を遮るように大声を出す。
「今が二人が元の関係に戻るチャンスなんだ。ううん……今まで以上に……昔以上に仲良くなれるチャンスなんだよ……」
「ど、どういうことですか?」
「少しあの二人を見ててごらん。……きっとすべてが上手くいく。お願いだよ。彼方ちゃん、間宮さん、広志くん。僕を……信じて」
僕が三人にお願いすると三人は未だによく僕の言っている意味がわかっていない様子で首を傾げたが、僕のことを信じてくれたのか、二人の元へと向かうのを止めてくれた。
そして、みんなの視線がステージ上の二人に注がれる。
他のエントリー者もいるのに、まるで二人の独壇場のように見える。
周りもこの状況に混乱しながら騒いでいるはずなのに、全く気にならない。うるさくない。
今聞こえるのはあの二人の声だけだ。
まるでこの場にいるのはステージの上の二人だけなのじゃないかと錯覚してしまうくらい、今の状況は二人のための時間となっている。
関係者である僕らですら、いない者のようになってしまっている。
あの二人にとって、今僕らは、ここにいる観客たちと同じなのだろう。
いや、あの二人の取って今大事なのは二人のことだ。
周りじゃない。他人じゃない。僕らじゃない。
奏ちゃんには桜ちゃん、桜ちゃんには奏ちゃん。たった一人だけだ。
それ以外の人は必要ない。関係ない。
「黙ってないで何とか言いなさいよっ」
ずっと土下座状態の桜ちゃんを奏ちゃんが強引にその場に立たせた。
奏ちゃんが怒りに体を震わせているのに対し、桜ちゃんは怖さに体を震わせている。
本当なら今すぐ二人の間に割って入って、喧嘩を止めてあげたい。
桜ちゃんを慰めてあげたい。奏ちゃんを落ち着かせてあげたい。二人を抱きしめてあげたい。
でも……それじゃあダメなんだ。
この問題は僕の問題じゃない。
ましてや、翔くんや間宮さん、安藤さんや彼方ちゃん。この場にいる誰の問題でもない。
桜ちゃんと奏ちゃん。二人の問題なのだ。
ここで第三者が割って入ることは簡単だ。喧嘩だってすぐに沈黙することだろう。仲直りだってさせることができるはずだ。
でも、それじゃあダメなんだ。本人たちが本人たちの意志で仲直りをしないと、それは本当の仲直りなんかじゃない。
きっとまた同じことを繰り返す。
「私はあんたのそういうところが嫌いなのよっ! なんでも自分だけでどうにかしようとして、全部自分のせいにしてっ。誰にも責任を押し付けないで、背負わせないっ。私はあんたのそんな所が嫌いなのっ」
「……」
奏ちゃんの言葉に今までは泣き顔をして、ただ言われるままだった桜ちゃんがついに俯いてしまった。
やっぱり見守るもの失敗だったのか。
そんな空気が僕らの中で漂い始めたとき、展開がまた動き出した。
「……ですか」
「はっ!? なにっ。聞こえないんだけどっ。なにか言いたいことがあるならはっきり言いなさいよはっきりっ」
僕らの位置からは口が動いたのすらよく見えなかったが、桜ちゃんが何かを言っていたようだ。
しかし、あの近距離にいる奏ちゃんですら聞こえなかったのだ。僕らに聞こえるはずもない。
「……だから」
「だからっ?」
「なんで私がそんなこと言われなくちゃいけないんですかっ!!」
さっきまで一方的に言いたい放題されていた桜ちゃんが驚くことに奏ちゃんの胸倉に掴みかかった。
表情はさっきのような悲しみだけではない。
涙を流してはいるものの、何かに対して確かに怒っている。
「それの何がいけないって言うんですかっ。誰かを守ることはいけないことなんですかっ。どうしても守りたい人のために自分を犠牲にすることは間違ってるって言えるんですかっ」
形成が逆転した。
今度は奏ちゃんがされるがままになっている。
「私は守りたかったっ! 自分にとって家族よりも大切な人を守りたかったっ。その子の泣く顔が見たくなくて今まで頑張ってきたっ。ずっと笑っててほしかったから私は笑顔の仮面を被り続けてきたっ」
桜ちゃんはそう言った後、大きく息を吸い込んだ。
そして―――
「……なのにっ。それなのにっ。……何が間違ってたって言うんですかっ!!」
思いのたけをすべて奏ちゃんにぶつけた。
それは今まで自分を犠牲にして頑張ってきた、この数年間の桜ちゃんの本当の想い。
どうしても伝えることのできなかった真実。
それを今、やっと奏ちゃんは―――
知ることができた。
「……なによ言わせておけば……何が間違ってたかって? わかんないなら教えてあげるわよ。……全部よ。そうやって全部自分で辛いことを背負っちゃてるところよっ」
「だからそれの何がいけないって言うんですかっ。ただ私はお嬢様を守りたくて、お嬢様の将来を壊したくなくて……かなちゃんに幸せになってほしかっただけなのにっ!!」
「それが迷惑だって言ってるのよっ!!」
瞬間、二人が同時にお互いに飛びかかった。
両手がお互いの両手を止め、力のままに、思うがままに、思いのたけを力に変えてぶつけている。
お互いの悲しみを、憎しみを、罪悪感を、全部乗せてお互いにぶつけあっている。
「私に幸せになってほしい? 笑っててほしい? だから立場の違う自分は身を引いた? いいっ、桜っ。私はそんなこと望んでないのよっ。そんなことこれっぽっちも望んでないのっ」
「っ!!」
その言葉はきっと今までの桜ちゃんを支えてきたものをすべて破壊しただろう。
どうにか立ってこられるようにしてくれていた心の支えを、これ以上になく破壊しつくしただろう。
でも……それでいい。
そんな柱や壁なんて全部壊してしまえばいい。
なくなってしまえばいいんだ。
「私はね、もっとあんたと……さくらちゃんと遊んでたかったのよっ。学校での友達? そんなものよりさくらちゃんの方が大切だったのよっ!」
「……そ、そんな……」
奏ちゃんの言葉に力を失い、桜ちゃんはそのままの勢いで奏ちゃんに押し倒される。
「それなのにあんたは何もかも私に隠して自分で背負いこんでっ。他人に手伝ってもらうことすらしないでっ。……少しくらい私にも……背負わせないさいよ……」
発していた言葉がだんだん弱くなっていって最後に奏ちゃんは涙を流しながら、桜ちゃんに抱き着いた。
「あんたに私の気持ちがわかる? わかんないでしょうね。だって私だって今まで……今ここで桜の気持ちをこの耳で聞くまでわからなかったんだもの……」
「か……かなちゃん……」
「だからさ桜……今までのこと全部一緒に背負うから、だから……また私と友達になってよ……」
さっきまで騒がしかった周りが一瞬で静まり返った。
騒動を止めようとしていたスタッフたちも今はただ事の成り行きを見守っている。
中には泣いている人もいるようだ。
そしてこの場にいる全員が、お嬢様とメイドの心から温まるようなやり取りに目を、耳を、心を奪われている。
内容もよく知らないはずなのに、事態を呑み込めていないはずなのに、この会場は今―――心が一つになっている。
それだけあの二人が優しい心でこの場を包み込んでいるのだ。
「……かなちゃん。……やっぱり私、友達なんてヤダ……」
思いがけない桜ちゃんの言葉に奏ちゃんの顔が絶望色に変わっていく、僕だってそうだ。
なんでやっと心を通わせることができたのに、ここまできてどうして奏ちゃんを拒絶するんだ。
「……そうよね。私、今桜に散々ひどいこと言っちゃったもんね。……そんな子と友達になんてなりたくないわよね……」
こんなに思いっきり泣いている奏ちゃんを見るのは初めてかもしれない。
いつも強気で、辛くても気勢を張っていた奏ちゃんがここまで落ち込むのを見るのは僕は初めてだ。
「ううん……そんなことない。……私は……かなちゃんと親友になりたいな」
「え?」
「どんなことでも話せて、どんな辛いことも二人で背負って乗り越えることができて、そんな仲に……私はかなちゃんとなりたいな」
そう言って桜ちゃんは奏ちゃんに腕を回し、抱き寄せた。
その姿はまるでお姉さんが泣いている妹を慰めているようで、お母さんが泣いている子供をあやしているようで、本当に、暖かった。
「……うん。なろう。私たち親友になろうさくらちゃん」
「うん。かなちゃん」
それからしばらく二人はその場で二人で泣きながら抱き合い続けた。
今までの辛いことや悲しいこと、罪悪感をすべてお互いで背負いあえるように、お互いがその重さに耐えきれずに倒れてしまわない様に、支え合うように、抱き合い続けた。




