17話
「それじゃあ今日はありがとうね広志くん」
「なーに、隊長の頼みとあればそこが地獄だろうが戦場だろうが駆けつける所存でありますよ」
「ははは。それは頼もしいよ」
「それじゃあ失礼するであります」
「うんじゃあね」
「今日はありがとうでした山中さん」
あの後、無事に萌え萌えキュンを成し遂げ、どうにかメイド喫茶を出ることができた僕らは(萌え萌えキュンに抵抗があったのは僕だけだった。桜ちゃんはちゃんと楽しそうにこなしていた)メイド喫茶を出て、一緒に改札を通り、電車に乗り込んだ。
そして広志君の降りる駅が来て、広志君が降り、僕と桜ちゃんだけになった。
そのまま電車に揺られること数分、とうとう僕らの降りる駅がやってきて、下車。
そのまま桜ちゃんと食材の買い物を済ませ、現在僕らは自宅でくつろいでいる最中だ。
「今日はありがとうございました佐渡さん。あと迷惑かけちゃってすいません」
桜ちゃんがお礼と共に謝罪をしてきた。お礼を言われるのは問題ないけど、謝られるようなことは何もない。
おそらく桜ちゃんの言っている迷惑というのはメイド喫茶での騒動のことだろう。
だとしたら本当に謝ることなんて一つもない。
「謝ることなんてないよ。むしろいいことをしたんだから誇ってもいいくらいだよ」
だから僕は謝罪することを否定した。
「そんなことないですよ。あれはただ後先考えずに突っ走ってたらたまたま上手くいっただけです。あんなの助けたことにはなりません。自己中心的な自己満足ですよ」
そう言って桜ちゃんは少しぎこちない笑顔で笑った。
違う。僕が見たい桜ちゃんの笑顔はこんなものじゃない。
「それなら僕も同じだよ」
だから僕は言った。
「えっ?」
それなら僕も同じだ。と言った。
「僕だっていつも後のことなんて考えずに走ってるだけだよ。
彼方ちゃんの時も、奏ちゃんの時も、もっと前のことを言えば、翔君の時も、間宮さんの時も、広志君の時も、みんなたまたま上手くいっただけ」
「そ……そんなっ!? 佐渡さんはいつも考えて行動してますよっ。みんなのことを考えてっ、みんなのことだけを考えて、最後にはみんなを笑顔にしてくれていますっ!」
「それがたまたまなんだよ。それはね、僕だって僕なりにない頭を使って考えてるよ。でも、やっぱり僕はちゃんと考えられてない。その時の思いのまま行動して、それがたまたま上手くいって、結果的にみんなが笑顔になってくれているだけ」
「そんなことないですっ! だって実際に天王寺家には笑顔が戻って……」
「―――本当に?」
桜ちゃんの言葉を遮って僕は言った。
その言葉は真意なのかと、問うた。
我ながら、なんて最低な質問なのだと思う。
答えはわかっているのに、それも良い答えが返ってこないことがわかっているのに、それなのに僕は桜ちゃんに辛いことを言わせようとしている。
だから、僕がやっていることはさっき桜ちゃんが言ってくれているような善行ではなく、どちらかと言えば、後半に言っていた、自己中心的な自己満足の方が近いのかもしれない。
でも、この言葉で桜ちゃんと奏ちゃんの関係が修復できるきっかけになれば僕はそれでいい。
「は、はい……もちろんですよ。奏お嬢様も、源蔵ご主人様も、安藤さんも、他のメイドさんや執事の方もみんな笑顔です」
それでも桜ちゃんは笑顔でそう返してきた。
「その中に桜ちゃんは含まれてる?」
「も、もちろんですよー。私だって天王寺家の一員です」
「……そっか。それならよかったよ」
精一杯の笑顔で僕は答えた。
ちゃんと笑えていたかは定かではないけど、少なくとも笑顔ではあったと思う。
ただ、僕は見逃さなかった。今の桜ちゃんが辛そうな顔をしていることに。
僕の見たい笑顔から、もっとも遠い表情をしていることに―――
ピピピピピっ
次の日の朝、僕は桜ちゃんでもなく、目覚まし時計にでもない、携帯電話の着信によって目が覚めた。
覚束ない調子で携帯を探り当て、通話ボタンを押してから携帯を耳に当てる。
「おーっ! 起きてっか誠也っ」
「ん? 翔くん? おはよう」
まだしっかりと活動を始めていない頭で挨拶を交わす。
「その調子だと今目が覚めたってところか。わりいーな朝早くよ」
「ううん、気にしないで。それより何の用なの?」
「あー。決まったぞ」
「……なにが?」
「何がって……そりゃあ海に行こう計画の日程がだよ!」
「えっ!? ホントっ!?」
「ホントのホントのホントだぜ」
翔くんがここまで自信を持っているということは本当なのだろう。
やっと夏休み最初の楽しいイベントだ。
今から楽しみで仕方がない!
「それでいつなの?」
「あー。突然なんだが今週末だ。みんなの予定が完璧に揃うのがここのあたりしかねえ」
「本当に突然だね」
「あー。でも、楽しいことは早い方がいいだろっ?」
「そうだねっ! じゃあ誠也の方から彼方ちゃんと奏お嬢様の方への連絡は頼んだぜ。俺は間宮と広志に連絡いれっから」
「おっけー!」
翔くんとの電話が終わり、いつの間にか眠気も吹き飛んでいた。
早速二人に電話を掛けようかと思ったが、時間を見るとまだ朝の8時も回ってなかったのであとで連絡することにし、桜ちゃんの様子を見るべく、隣の部屋を覗いた。
これは別に桜ちゃんの寝顔を見たいとかではなく、いつもだと、この時間には桜ちゃんは目を覚まし、朝食の支度をしてくれているのだ。
それなのに、今日は包丁の音も、水や火の音も、桜ちゃんの楽しげな鼻歌も聞こえない。
だから少し気になったのだ。
「……桜ちゃん」
隣の部屋を覗くと、布団の中にまだ桜ちゃんはいた。
眠った状態で、そこに居た。
それだけなら良かったのだ。桜ちゃんが布団で普通に寝ていてくれれば、楽しい夢でも見てるのかな。で終われたのだ。
でも実際は―――
「……ごめん。僕が不甲斐ないばっかりに……何もできていないばかりに……」
泣いていた。
正確に言うと、泣いていた痕跡があるというのが正しい。
布団が少し湿っているし、桜ちゃんの目元が少し赤い。
泣いた証拠だ。
「毎回毎回どうにかするって言っておきながら何にもできてない。今回だって奏ちゃんに任せてとか言っておきながら、ただ楽しく桜ちゃんと暮らしてるだけだ」
いや、その楽しい生活だってきっと偽りだ。偽物だ。
だって、桜ちゃんにも奏ちゃんにも本当の笑顔は戻っていない。関係は修復されていない。
こんな状況を許してはいけない。
「……チャンスは今度の海に行こう計画」
前々から考えてはいた。
きっと、桜ちゃんと奏ちゃんの関係を修復する機会はここだと。
桜ちゃんが家を出てから、初めて奏ちゃんに会うこの機会だと、僕は思っている。
だから―――
「この計画中に終わらせる。こんな悲しい関係を終わらせてみせる」
桜ちゃんの寝顔にそう誓った僕だった。




