10話
「それで……佐渡さん」
「ん? なにかな?」
伝えたいことは伝えたので、迷惑にならないうちにそろそろ帰ろうかと思い始めたころ、彼方ちゃんがなにやらおずおずと話を切り出した。
「その、今までなんだかんだで聞けていなかったのですが、なんで佐渡さんと花里さんが一緒に?」
「ああ。それはね……」
ここまで言って僕は少し口を止めた。僕としては彼方ちゃんにウソをつきたくはないのだが、事情が事情である。奏ちゃんに追い出されていくところがないから、今桜ちゃんが僕の家にいる。というのは簡単だが、そうすると奏ちゃんがひどいことをしているみたいだ。本当は桜ちゃんと仲良くなりたいという内容の作戦なのにこれでは奏ちゃんが可哀相だ。
かといってここで本当のことを言うわけにはいかない。今ここで話してしまったら、桜ちゃんの耳にも作戦が入ってしまう。
そうしたら桜ちゃんは元通り奏ちゃんのお屋敷へと戻れるだろうけど、きっと二人の関係はそれまで通りのお嬢様と使用人のままになってしまうだろう。
それだけは何としてでも避けなければならない。
「ちょっと事情があって、今桜ちゃんは家に住んでるんだ」
とはいうものの、すぐになにか上手いことが出てくるはずもなく、微妙に話をはぐらかすことしか僕にはできなかった。
でも、この言い回しだときっと彼方ちゃんは……
「そうなんですか。なにか私に手伝えることはありませんか?」
やはり、自分にも手伝えないかと提案してきた。
彼方ちゃんは本当にいい子だ。いい子で、優しくて、自分のことより他人のことを優先してしまうような、優しすぎる子。それが彼方ちゃん。
だから絶対に自分も手伝うと言ってくるものだと思っていた。桜ちゃんの居ない場でのその提案なら素直にありがたい。すぐにでも彼方ちゃんに協力を仰ぐだろう。しかし、今は桜ちゃんがいる。どうにかして今、この場だけでも丸く収めなくては。
「んー。今のところは大丈夫かな? ね? 桜ちゃん?」
「えー。そうですね。今のところは大丈夫です。佐渡さんのメイドとして楽しくさせていただいてますよ」
「メイド……ですか? ん? メイドっ!?」
「あらあらー。佐渡君ってそういう趣味?」
彼方ちゃんが突然椅子から勢いよく立ち上がった。すごい勢いだったので、座っていた椅子も後ろに倒れてしまうほどに。
お母さんの方もなんとなくわかっているはずなのに、面白そうな方でとらえている。
「ち、違うんだ彼方ちゃんっ。これにはちゃんとした事情がっ!!」
僕も勢いよく立ち上がり、ちゃんとした説明をしようと口を開こうとする。しかし、それを桜ちゃんが遮った。
「はい。佐渡さんはメイド好きの方ですよー。私が仕事でメイドをしているのを知っているので、ここに住まわせてやるから家では僕専属のメイドをしろ。何て言うんです」
「んー。これは彼方も負けてられないわね。待ってなさい彼方。今すぐメイド服を作ってあげるわっ!!」
まずい。桜ちゃんの冗談が彼方ちゃんのお母さんのおかげですごい勢いで加速している。もうそろそろ収集を付けないと、彼方ちゃんどころか、僕では対応できなくなってしまう。
というかすでに対応できないところまで来ているような気もする。
「……佐渡さん……」
彼方ちゃんが体を少し震わせながら悲しそうな目で僕を見る。
彼方ちゃんのような純粋な女の子からこんな目をされると本当にショックを受けるということを僕は知った。
さっき死ぬなんて言わないでください。とお説教を貰ったばかりだが、この視線にさらされるくらいなら死んでしまった方が気が楽な気がする。
でも、僕が死ぬと彼方ちゃんも後を追って死んじゃうんだっけ? どうしよう。記憶喪失とか都合のいいこと起きないかな。
とか、もうあきらめモードに入っていると、桜ちゃんと彼方ちゃんのお母さんが心からおかしそうに大声で笑った。
「はははっ。二人とも面白過ぎですよー。これじゃあ仕組んだ私も楽しすぎて止めどころ見失っちゃいますー」
「ほんと、最高よ二人とも。ホントお似合いだわ」
「えっ? えっ? えっ?」
お腹を抱えるぐらいすごい勢いで笑っている二人を見ながら、彼方ちゃんが戸惑いの表情をしている。というか困惑している。といっても、僕も同じくらい困惑しているはずである。
「彼方ー。佐渡さんが本当に桜ちゃんにそんなこと言うと思うの? あなたの知ってる佐渡さんてそんな人?」
彼方ちゃんのお母さんが彼方ちゃんにゆっくりと質問を投げかける
その問いに彼方ちゃんは「えーっと」、「んーっと」などと言いながら少しの時間を置いた後
「そんな人じゃない。佐渡さんは優しくて頼りになって、かっこよくて、それから……とにかくそんな人じゃないっ!!」
「でしょーっ。だからさっきのは桜ちゃんの冗談よ。それに私がただ乗っかっただけ。全部ウソだから安心なさい」
「そ、そうなんですか?
「はいー。すいません水無月さん。少しからかい過ぎました。佐渡さんの家でメイドをしてるって言うのは本当ですけど、佐渡さんはあんなこと言ってませんよ。メイドも私がしたくてさせていただいてるだけです」
「よ、よかったーっ」
彼方ちゃんが体中の力が抜けたようにその場に座り込んだ。表情も心底安心したような顔をしている。これで彼方ちゃんの方は一安心のようだ。
「あっ! すいません佐渡さん。さっきは変に疑ってしまって……佐渡さん?」
気が付くと彼方ちゃんの可愛らしい顔をすぐ目の前にあった。
綺麗に整ったまつ毛、丸くて大きな黒い瞳、綺麗な桜色の唇、それらが一瞬で僕の視界を埋めつくす。そこで僕はようやく正気に戻った。
「大丈夫ですか? もしかして具合が悪いとか?」
「えっ、あーっ。ううんっ! 僕の方こそ早く説明できなくてごめんね」
「いいんですよ。私の早とちりというか勘違いですし……それより本当に大丈夫ですか?」
「う、うんっ!! ほらっ。すごい元気っ」
僕はその場でとにかく動き回った、腕立てしてみたり、腹筋してみたり、跳んでみたり、とにかく迷惑になるんじゃないかというくらい話を逸らすように動き回った。
だって、ぼーっとしていた本当の理由を言えるはずがない。
彼方ちゃんが「優しい」とか「かっこいい」僕をおそらく無意識のうちに褒めていた。むしろベタ褒めしていた。これで照れない方がおかしいのである。
恐らく無意識だったと思われる彼方ちゃんはたぶんその事実に気づいていない。気づいていたら今、僕のように混乱しているなり、顔をリンゴのように真っ赤にしているだろう。
それならわざわざいう必要はない。こんな複雑な気持ちになるのは僕だけで十分だ。
「んーっ。お嬢様大変です。お嬢様のライバルはすごいですよ」
桜ちゃんがなにやら心の中の奏ちゃんに何かを報告している。
「彼方……あなたいつの間にそんなテクニックを……」
彼方ちゃんのお母さんは娘の成長? に驚いている。
恐らくこの二人は僕がなんでぼーっとしていたのか察しがついているのだろう。わかっているのなら助けてほしい。助けてください。
「なら……いいのですが……」
この後、彼方ちゃんが僕がぼーっとしていた理由を知ることはなかった。




