4話
「んっ? んっ!?」
予想の斜め上どころか真上の返答が返ってきた。
桜を桜ちゃんに戻す? どういうこと? わからない。
「お嬢様それでは伝わりません。ちゃんと最初から説明しませんと」
「はあー。しょうがないわね」
安藤さんのありがたい指摘のおかげでどうにかちゃんと意味が聞けそうだ。
奏ちゃんはため息を一つ吐いてから少し上を向いて、何かを思い出すような顔をしながら話しだした。
「あのね。桜の本来の役割って私との遊び相手だったのよ」
「遊び相手?」
「その点については私が」
僕がわからないところは安藤さんが補完してくれるようだ。
「私たちのような仕事で長年同じ主に勤めていると、小さいころから使用人としての仕事を教わります。そしてその最初の仕事がお嬢様の遊び相手なのです。遊び相手とは、だいたいの上流階級の方は子供を外に出したがらないので、家庭教師を付けます。すると、子供は外には出ないので友達ができない。そのために代わりの友達として遊ぶのが遊び相手です」
正直、安藤さんの話を聞いて悲しい気持ちになった。
友達のできない子供のための代わり(・・・)の友達だなんてそんなのはあんまりだ。そんなの本当の友達じゃない。お金持ちの子供の方も使用人の子供の方も報われない。
「佐渡。あんたの言いたいことはわかるわ。残酷よね。そんなの……」
奏ちゃんも悲しそうな顔をしている。
自分でも思うところがあるのかもしれない。
「ホントだね。そんなルールなくなればいいのに……」
心の底からそう思った。
そんなルールなくなってしまえ、と。
「でも、桜はちょっと違うのよ」
「えっ? どういうこと?」
「桜はね。さっき安藤が言った、長年勤めてると、って方じゃないの……あの子ね。両親がいないのよ。それも小さい時から……」
僕は黙って話を聞き続ける。
「両親の居なくなった桜をお父様が私の遊び相手として孤児院から引き取ったの。そして使用人たちの手で使用人として育てられた」
ここまでの話ならそこまで悲しい話ではない。少し遊び相手として引き取った。という部分に嫌な感じがするだけで他に変な所はない。
むしろ、あんな元気でいい子に育ったのならそれは幸せなことのはずだ。
「小さいときはね、楽しかったのよ。毎日稽古事の後や勉強の後に桜と遊ぶのが。私としては遊び相手なんかじゃなくて本当の友達だと思ってたから」
なのに、話が進むたび奏ちゃんの表情は暗くなっていく。
安藤さんの表情もいつもに比べて辛そうに見えた。
「たぶん、小さいときは桜もそう思ってくれてたと思う。呼び方だって私は奏だからかなちゃん、桜はそのままさくらちゃんって呼び合ってたんだもの。でも……ある時に状況は一変したわ……」
言葉的にわかった。この後にとてつもなく悲しい話が潜んでいることが。
「桜が十二歳を超えたとき、簡単に言えば小学生から中学生になった時、遊び人としての仕事を終えた、その日から私たちの関係は友達からお嬢様と使用人に変わってしまったの。呼び方もお嬢様と呼び捨てで桜」
「それも、そういう決まりってやつなのかな?」
「はい。そうです」
この問いには安藤さんが答えた。
「基本的に十二歳を過ぎると上流階級の方は子供をお金持ちだけが通う学校に入学させます。そしてそこで友達ができる……」
「だから、今までの遊び相手(代わりの友達)はいらないってことですか?」
「……はい」
安藤さんが辛そうに答えた。
心の底から怒りが込み上げてくる。僕だって誰が悪いとかじゃないことはわかってる。安藤さんも、奏ちゃんも、源蔵さんも誰も悪くないのはわかってる。こんなルールを作った一部の大人だってわかってる。
でも、腹を立てずにはいられなかった。
「そんなの絶対におかしいよっ! そんなのってあんまりだっ」
「……わかってるわ。だから、こんなに遅くなってしまったけど、私はそれを変えたいの。手伝ってよ佐渡……」
奏ちゃんが涙を流した。本当に辛そうな顔で、本当に申し訳なかったという顔で、奏ちゃんが悪いわけじゃないのに本気で泣いていた。
こんな女の子を見て、こんな必死な女の子を見て動けないなんて絶対にありえない。
「もちろんだよ。だから、話しの続き、聞かせてくれるかな?」
僕はゆっくと奏ちゃんに近づき、安心させるように頭をゆっくりと撫でながら、奏ちゃんを慰めた。
「ありがとう……ありがとう佐渡っ」
「いいんだよ。僕に任せてっ」
その後一旦奏ちゃんが泣き止むのを待って、冷めてしまわない様に、と夕食を取ることにした。
その時間は僕にとっても奏ちゃんにとっても必要な時間だった。
今日の夕食は僕がいるということで無理やり四人で取ることにした。
「どうですかお嬢様? 念願の佐渡様の料理は?」
桜ちゃんが僕に話すような態度ではなく、使用人がお嬢様にお話しする態度で奏ちゃんに声を掛けた。
その問いに対して奏ちゃんは「そうね……やっぱりおいしいわっ」と元気よくに答えた。
しかし、何日か一緒に暮していた僕にはわかる。あれは空元気のようなものだ。どこか笑顔がぎこちない。やっぱりさっきの話が堪えているらしい。
何日か生活しただけの僕がわかるのだ。昔から一緒に生活していた桜ちゃんからしたら一目瞭然だろう。案の定、奏ちゃんの様子が変なのを桜ちゃんは悟ったようだが、桜ちゃんは諦めずにいつもの明るい笑顔を今度は僕に向けた。
「よかったですね。佐渡さんっ。やっぱり家のコックになっちゃたらどうですかー? お嬢様もそれを望んでますし。あっ。それとも私たちと一緒にお嬢様専属の使用人しますか?」
「ははは……んー。悪い話じゃないけど、今は遠慮しておくよ」
僕はできるだけいつも通りを装いながら答えた。
ただ、いつものような顔ができているかわからない。もしかしたらひきづった笑顔になってしまっているかもしれない。それだけ不安だ。
「聞きましたかお嬢様っ。今は、ですってよ。今度ならOK貰えるかもしれませんよー。どっちにしますかお嬢様、コック? それともやっぱり専属の使用人ですかー? 私的にはどっちでもOKですよ」
「そうね。考えておくわ」
今度も笑顔だったが、どことなくぎこちない笑顔だった。
「よかったですね佐渡さん。家なら将来安定ですよっ」
こんな感じに桜ちゃんを中心とした会話で食事は進んだ。
ただ、楽しい食事だったかと言われると、素直に、はい、とは言えないそんな食事だった。




