5話
食事を取り終わり、食器を片づけようと僕は一人席を立った。
みんなの皿を回収し始めると、安藤さんと桜ちゃん、それに奏ちゃんまでが協力してくれた。おかげ大分早く食器をまとめ終わり、僕はそれを運ぼうと食器の山の一つに手を伸ばした。が、それを安藤さんに横から持っていかれた。
「桜。後片付けは私たちでします。お客様にそんなことはさせられません」
「はい。わかりましたメイド長」
安藤さんは桜ちゃんに指示を出すと、二人ですべての食器を器用に持ってしまった。
「いや、僕もやりますよ」
流石に悪いと思ったので安藤さんと桜ちゃんから少しずつ食器を貰おうとまずは安藤さんに近づく、すると安藤さんが桜ちゃんには聞こえないような小声で
「さっきの話を済ませてきてください。私のあの頃の二人の方が好きなんです。旦那様のことは佐渡様のおかげで解決しましたが、私とお嬢様にとってはこの件も同じくらい大切なことなのです。ですが、この件も私たちではどうしようもできませんでした。なので佐渡様、本当に申し訳ございませんが、今回もよろしくお願いします」
と、小さく頭を下げた。
「……わかりました」
正直どうにかできるかなんてわからない。
でも、それは今までもそうだった。なら今回もやるだけのことはやってみるべきだ。
だから僕は安藤さんの提案を受け入れ、奏ちゃんと二人で奏ちゃんの部屋まで戻った。
「それで奏ちゃん。なにか考えはあるのかな?」
部屋の戻ってくるなり、僕はすぐに話題を切り出した。
安藤さんが話すための時間を作ってくれるだろうけど、それもどれだけ続くかわからない。ならば、できるだけ早めに話を始めるべきだ。
「ええ。一応考えがあるわ。ただ、この考えはほとんど佐渡にかかってるの。任せてもいいかしら?」
「もちろんだよ。それで具体的に僕は何をすればいいのかな?」
問題はそこだ。
できることなら何でもやるつもりだけど、僕だってできないことはできない。
「特に何かする必要はないわ。いつも通りにしてて」
「えっ? でもそれじゃあ……」
「大丈夫よ。むしろ私が変なこと言う方がこの考えは失敗するだろうし。とにかく任せたわよ佐渡」
「う……うん」
完全に丸投げされてしまった。
しかし、やると言った以上やることにする。それに奏ちゃんが言うには普通にしてるだけでいいらしいし。問題ないと思う。
たぶん、ただ、僕がこっちに呼ばれたり、逆に奏ちゃんたちの方から僕の家に来るのが増えるくらいだろう。
明日から夏休みで僕も暇なので全く問題ない。
「そういえば聞きたいことがあるんだけど」
僕は聞きたいことがあったのを思い出し、口を開いた。
「なによ?」
「夕食の時の桜ちゃん。奏ちゃんに普通に話しかけてたよね? 呼び方はお嬢様だったけど、それじゃあダメなの?」
僕が素直な疑問を口にすると、奏ちゃんは納得した様子で口を開いた。
「たぶん今日は佐渡がいるからよ」
「僕? どういうこと?」
言われている意味がわからない。
僕がいるのといないので何が変わるというのだろう。
「やっぱりわからないのね。わかったわちゃんと一から説明してあげる。私の優しさに感謝してよね佐渡」
「うん。ありがとう。お願いします」
「さっきも言ったけどいつもは私たちは別々に食事を取っているわ。私たちが食事を取っている間は部屋の隅で待機してるの。だから会話は一切ないわ。私とお父様は話してるけど、その会話に二人は参加してこないの」
自分で聞いておいてなんだが、やっぱり納得のできない嫌な話だ。
「その他に普通にしてる時も桜と私の間に会話なんて呼べるものはほとんどないわ。話すのはいつも仕事として、お嬢様と使用人としての仕事的な会話を敬語で話すだけよ」
それはどんなに辛いことなのだろう。普通に仲良く話したい相手と、仕事だからと一線を引いて話さなくてはいけないというのはそんなにどんなに辛く、どんなに残酷なことなのだろう。
僕にはそんな経験はないので、気持ちはわからない。でも、辛いということだけは、奏ちゃんの表情から察することができた。
「それで、今日の夕食では佐渡がいたから佐渡に心配を掛けまいとたぶん、あんな態度を取ったのでしょうね」
「僕に心配をかけない様に?」
「はあー。ここまで言ってもわからないのね」
奏ちゃんに呆れられてしまった。
でも、本当に意味がわからない。
「佐渡に心配をかけると、佐渡がそのことを私に相談する。そして佐渡は優しいからそれを解決しようとする。そうすると佐渡だけでなく私や安藤、それにお父様にまで迷惑がかかる。そう考えたんでしょうね」
ここまで聞いてようやく納得できた。
話を要約するとつまり、桜ちゃんは自分の本当の気持ちを押し殺してみんなに迷惑をかけないようにしている。ということだ。
誰も迷惑なんて思わないことで、自分の心を殺しているのだ。
そんなのは絶対にダメだ。
「そういうことだったんだね」
「ええ。たぶんね。全部があってるとは言い切れないけどだいたいあってるはずよ。たぶん、佐渡が帰った後、私に夕食の時のことを謝りに来るでしょうね。来なくてもいいのに。私もそれを望んでいるのに……」
これは一刻も早く解決しないといけない内容らしい。
でも、内容は相当デリケートで他人が簡単に入っていい領域ではないところまで根強く浸食してしまっている。
「わかった。説明ありがとうね奏ちゃん」
「いいのよ。今回も佐渡に助けられるんだもの。でも、私にここまでさせたんだから絶対に桜を桜ちゃんに戻してよねっ。絶対よっ!!」
気づけば、奏ちゃんは僕の家に居た時のように子供らしい笑顔で僕に指を指しながら命令した。その顔は真剣そのもので何かを決意したような。そんな顔だった。
「わかりましたお嬢様。絶対にその願い叶えて見せます」
僕もそれに少し冗談を交えて答えた。もちろん気持ちの方には全く冗談なんてない。
「あと、もう一ついいかな?」
僕はもう一つの、ある意味一番大事な要件を思い出した。
「なによ。まだ何かあるわけ?」
「うん。奏ちゃんさ。僕らと一緒に海に行く気とかあるかな?」
そう。今日翔君たちと話していた夏休みの予定。これを聞かないことには帰れない。
「なにそれっ!! 私の行っていいのっ。いいのよねっ。ダメって言っても絶対に付いていくからっ!!」
奏ちゃんはさっきまでの真剣モードを完全になくし、子供らしい無邪気な笑顔で笑った。心なしか、瞳をキラキラ輝いてるように見える。よっぽど嬉しいのだろう。
こんなに喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくる。
「うん。わかった。じゃあ奏ちゃんも参加だね」
「当たり前でしょっ!!」
こうして奏ちゃんの夏休みの予定参加が決まった。




