33話
それからしばらくは僕が一方的に攻撃を受けるのが続いた。さっきからずっと繰り出される木刀を見ていたおかげか、しっかりと受けきることはできないものの、どうにか木刀に剣を当てたり、掠めるだけで直撃は避けることができるようになっていた。
これなら勝てないまでも、どうにか時間を稼ぐことができるかもしれない。時間を稼いでどうにかなるかはわからないものの、負けるのが一番ダメだ。
「少しはマシになったな青年。だがっ!!」
「っ!?」
「まだまだ私の足元にも及ばない。あきらめろ」
手の甲を思いっきり叩かれた。衝撃で真剣を離してしまった。諦めずに転がって剣を取りに向かう。しかし、検討空しく、剣はお父さんに拾い上げられてしまった。
「もう終わりだ青年。私もあんまり気が長い方ではないのでね」
お父さんは木刀を投げ捨て、さっきまで僕の握っていた真剣を握った。その姿勢は綺麗でまるで凄腕の剣豪のようだった。
僕はどうにか今投げ捨てられた木刀を拾い上げようと、視線だけで木刀を見るが、思った以上に木刀は遠くまで投げられてしまったようだ。とてもすぐに拾うことのできる距離じゃない。
「さよならだ青年」
僕はどうにか交わしてこの状況を打破しようと試みる。
しかしその見当は空しく終わった。気づいた時には
―――僕の胸に真剣が突き刺さっていた―――
自分の胸元を見る。そこには確かに真剣が突き刺さっていて、刺さった個所からは今まで見たことがないような量の血があふれ出ている。血ってこんなにも赤かったんだな。
そして僕は意識を失った。
「佐渡っ!! ちょっと退きなさいよっ! 佐渡がっ佐渡がっ」
私は我を忘れて暴れた。桜たちも佐渡の名前を呼びながら暴れている。それでも数百というメイドと執事が立ちふさがっていて、ここから抜け出せない。
「くそがっ。誠也がしんじまうだろっ。どけよっ」
翔が近くのメイドを殴り飛ばした。さっきまで「女は殴りたくない」とメイドには手を出していなかった翔も佐渡があんな目にあって気が動転しているのだろう。
「……」
間宮もあまりの怒りからか無言で近くの執事たちをビンタ一つでなぎ倒していた。こんな状況だというのにある程度冷静さを保っていられるのは間宮だからだろう。
「貴様らっ! そこに直れっ!!」
山中もいつものふざけた口調は残っているものの、相当頭に来ているようだ。今までに見たこともないような形相で近くの相手を倒している。
「退いてくださいっ!!」
桜も涙を流しながら戦っている。今まで一緒に働いていた仲間をなぎ倒してでも、佐渡を助けようとしている。
「退きなさいっ!! これは命令ですよ」
安藤もいつもの無表情はどこへ行ってしまったのか、怒りと悲しみを同時に表しながら、同僚たちを怒鳴りつけている。
私たちがそれだけ暴れているのにこの人の波は一向に引いてはくれない。いくらメイドをどかしても、どれだけ執事を叩いても、次から次へとメイドと執事が現れる。
こんな絶望的状況に私は泣き崩れた。
佐渡はわがままな私のためにここまでしてくれたのに
いくら迷惑をかけてもいつも笑って許してくれていたのに
こんなにも私のことを考えていてくれたのに
「私は何も返せてない……返せてないよー」
こんなことしてもどうにもならない。
こんなの私らしくない。
そんなのわかってる。
でも、今の私にはこんなことしか出来ない。情けない気持ちでいっぱいになる。
「貴方たちお嬢様がこんなにも泣いてるのですよ。私たちのことはともかく、お嬢様がこんなに泣いているのに何とも思わないのですかっ。そんなに源蔵様の命令が大事ですかっ」
「安藤さんに言うとおりですっ。みなさんだってお嬢様が好きなはずです。なのに泣いてるお嬢様を見て何とも思わないんですかっ」
安藤と桜が執事とメイドたちを怒鳴りつけた。
その場にいた全員が動かしていた手足を止め、そのまま立ち止った。
「そうだぜっ。お前らは奏ちゃんが泣いてる姿を見たいのかよっ」
「女の子が泣いてるのよっ。それでいいのっ」
「貴様らには心がないのかっ」
間宮たちもここぞとばかりに安藤たちを加勢する。
すると、メイドたちはおろおろし始めた。何人かは近くの仲間とこそこそと話をしている。
みんなががんばってくれている。なのに私だけ何もしないわけにはいかない。
早く佐渡のところに行かないと
私は静かに立ち上がった。
「お願い。佐渡のところまで行かせて」
いつもは命令する側の私が、命令される側のみんなに頭を下げた。
そして私の誠意が通じたのか、みんなは道の真ん中を開けてくれた。
「ありがとう」
お礼の言葉を言ったのなんていつ振りだろう。
私たちは急いで佐渡たちの居るトレーニング室まで走った。いつもは優越感を感じるこの家もこんな時ばかりは広いのが邪魔に思える。私たちがトレーニング室にたどり着けたのは走り出してから五分後だった。先頭を切って走っていた私は勢いよくドアを開け放ち、そのままの勢いで佐渡のもとまで走った。
「佐渡っ! 起きなさい佐渡っ。命令よっ」
激しく体を揺さぶっているのに佐渡は起きる気配がない。
「ダメよ奏ちゃん。今激しく揺らすのは逆効果よ」
間宮に体を押さえつけられた。その間宮も冷静に見えるが、目には大きな涙の粒が浮かんでいる。
「久しぶりだな奏」
「よくも佐渡を……許さないからっ」
「許さない? 何を言っている。私と彼はお互いの正しいと思うもののために戦った。その結果がこれだ。私に罪はない」
「そんなのおかしいだろっ」
翔がお父様に殴りかかろうと走り出した。お父様の目の前で腕を大きく振り上げ、拳を振り下ろす。しかし、そんな怒りの感情に任せた拳は当たるはずもなく、空しく空を切った。
そしてお父様がその隙を見逃すはずがない。手に持っていた剣の峰の方で翔の首の辺りを軽く叩いた。しかしあてどころがいいため、翔は気絶こそしていないものの、もう動けそうにない。
「大丈夫でござるか翔殿っ。よくも翔殿をっ」
山中が翔に続いてお父様にぶつかりに行く。しかし、それを安藤と桜が止めた。
「おやめになってください山中様。源蔵様にはあなたでは敵いません」
「そうです。お気持ちはわかりますがやめてください」
「しかしっ」
桜たちも自分ではお父様に敵わないとわかっているのだろう。泣きながら山中を止めている。
間宮もなにかいい作戦でもないか考えているようだが、数では勝っているものの、戦力差がひどいことを悟っているのだろう。良い案が出なくて、悔しそうだ。
みんなが動けない。なら……
―――私が動かないでどうするっ―――
「お父様。私と勝負してっ」
佐渡の敵は私が打つ。
私はさっきお父様が投げ捨てた木刀のところまで行き、拾い上げた。そしてお父様に向かって剣先を向けた。
「本気か奏?」
「本気よっ。私、本気で怒ってるんだからっ」
「そうか。ならば来なさい」
私だって一応最低限の身を守る術は習っている。先生たちからは「まだまだ拙いが筋はいい」と言われている。勝てるかと言われれば勝てるわけないけど、やらないまま終わるなんてもっと嫌だ。
私は思いっきり、木刀を振るう。もちろんお父様に簡単な攻撃が通るわけがなく、当然のように止められる。それからも私は今まで教わったすべての技を駆使して、お父様に攻撃を仕掛ける。
「強くなったな奏。だが、まだあまい」
「くっ!!」
今まで攻撃をしてこなかったお父様が初めて私に攻撃を仕掛けてきた。木刀の塚の少し上の辺りに剣を当て、私の手から木刀を落とそうとした。しかし、私もそういったことへの対処も教わっている。私は上手くダメージを軽減して木刀も落とさずに済んだ。
「奏、おとなしく帰ってきなさい」
「嫌よっ」
「なぜだ。私はお前に嫌な思いなどさせてないだろ? 好きなものは買ってやっている、基本的にはお前の自由にさせてきたはずだ」
「そうじゃないっ! 私はもっとお父様と何かしたいのっ! なのにお父様は私が何を言っても、何をやってもちゃんと聞いてくれないっ。それどころか関係ない佐渡にこんなひどいことまでしてっ」
私が言葉を発し終わった瞬間お父様が一瞬怯み、剣を下に向けた。私はその隙を見逃さなかった。覚悟を決めてお父様に向かって飛び出した。お父様もさすがにすぐには対応できなかったのか攻撃事態は防げたものの、剣を落とした。私は落とさせた剣を急いで拾い上げ、お父様に向かい直る。
「お父様なんか……お父様なんか死んじゃえーーーーーーー」
私は木刀を投げ捨て、お父様に向かって真剣で突きを繰り出そうと走り出した。そしてお父様の目の前まで来て剣を少し後ろに引いた。
その時、お父様は目をつぶっていた。何かを諦めたように、何かを悔やむように、何かを悲しむように。目を瞑っていた。
そして私は咄嗟に怖くなって目をつぶり、お父様に向かって剣を突き出した。今までに感じたことのない感覚が私の手を襲う。おそらくこれが人を刺した時の、人を殺した時の感触なのだろう。
ああ。私人を殺しちゃったんだな。それもお父様を……
私は怖かったけどゆっくりと目を開けた。
しかし、そこには私が思っていた光景とは別の光景が広がっていた。
「ははは、……間に合った」
私が刺したのはお父様ではなく佐渡だった。
「な……なんでっ!? なんで佐渡がそこにいるのよっ」
「……なんでって。それは奏ちゃんに……人殺しになってほしくないからだよ。僕は奏ちゃんには笑っていてほしいんだ」
「だからって。あんたが刺される必要ないじゃないっ」
涙が止まらない。
「今の状況で止められるのは僕しかいなかった。それに奏ちゃんが本当の笑顔になるにはお父さんが必要だった」
「だからってあんたが死んだら私……本気で笑えないよっ」
「大丈夫……僕は死なないよ」
なんで
なんで佐渡は……こんな状態なのでこんな優しい顔で……笑顔でいられるんだろう。
私はなぜか安心感に包まれ、そのまま座り込んでしまった。
剣で二度も刺された。二回目のは自分から刺さりに行ったとはいえ、さすがに痛い。さっきより出てる血の量も増えているし、正直立っているのももう辛い。意識を保っているのも辛い。きっとこのまま寝てしまえば楽にられるのだろう。でも、まだ倒れるわけにはいかない。僕は剣を引き抜こうと手を動かそうと手に力を入れた。けど、動いてくれない。自分の体なのに言うことを聞いてくれないのだ。
ならせめて……この言葉だけは伝えないと
「源蔵さん。わかりましたよね? ……奏さんが思ってること、考えてること。あなたはもうわかっているはずです。奏さんの望んでいることが……今からでも遅くないです。奏さんとちゃんと向き合ってくだ……さ……い……」
そこまで言って僕は力尽きて倒れこんだ。
僕の言葉はちゃんと源蔵さんに届いただろうか。
僕の言葉はちゃんと源蔵さんに伝わっただろうか
その答えはすぐに源蔵さんが答えてくれた。
「青年。ありがとう。そしてすまなかった。私は何もわかっていなかった。妻を失った悲しみで娘を……大事な娘をないがしろにしていた。本当に……ありがとう」
よかった。
僕の言葉は確かに届いたんだ。




