28話
「佐渡さん問題です。私はとても怒っています。なぜでしょう?」
彼方ちゃんのおかげでどうにか助かった僕らはなぜか彼方ちゃんにお説教を受けていた。正確に言えばお説教を受けているのは僕一人で奏ちゃんは少し離れたところで周囲の確認を行っている。
「えーと……なんででしょう?」
「佐渡さん。ちゃんと考えてください」
なんでだろう、笑っているはずなのに今は彼方ちゃんが笑顔に見えない。この感じを最近どこかで味わっている気がする。
ああ、思い出した。彼方ちゃんの歓迎パーティーを彼方ちゃんの家でやった時に彼方ちゃんのお母さんから感じたやつだ。さすが親子と言ったところか、彼方ちゃんもお母さんと同じくらい怖い。あの時は間接的に見ていただけだったが、いざ、自分がこの状況に晒されると、とても怖い。彼方ちゃんのお父さんはこれに何回も耐えているというのだろうか。
僕が何を怒られているのかわからず、ちょっとした恐怖体験をしていると、彼方ちゃんが突然下を向いて、悲しそうに口を開いた。
「佐渡さん。私は……そんなに頼りないですか」
「えっ?」
「私はそんなに頼りないですか? 私はそんなに信用できないですか? 私はそんなに……無力ですか……?」
突然の質問の嵐に思考が少しの間フリーズする。しかし、ここで思考を放棄することはできない。それは彼方ちゃんに対する冒涜であり、逃げだ。僕にそんなことは許されない。だからしっかりと考えよう。考えて考え抜こう。納得の答えを出そう。
彼方ちゃんが頼りないか、そんなことはない。僕らはまだ出会ったばかりだけど、一緒に暮らした時、僕は確かに彼方ちゃんを必要としていた。それこそ、家に帰ってしまったとき、一人黄昏てしまうくらいには。
彼方ちゃんは信用できないか。これもノーだ。そんなはずがない。僕は彼方ちゃんを信用している。性格とか、そんなことではなく、僕は特に理由もなく彼方ちゃんを信用できる。
最後に、彼方ちゃんは無力か、そんなことはない。今回だって助けてもらってる。僕は一人じゃ何もできない。だからできないことはみんなに頼むんだ。任せるんじゃない、押し付けるでもない。頼む、お願いするんだ。僕は翔君のように力はないし、運動もできない、間宮さんのようにいろいろなことを考えることができない、全体を見渡せない。広志君のように場を和ませることができない。特殊な技能もない。
だからそれが必要なときには頼むんだ。だからこの世で無力な人なんて一人もいない。絶対に誰かのためになっている。自分では気づかないうちに誰かを救っている。だから、彼方ちゃんが無力なんてことはない。
「そんなことないよ。僕は彼方ちゃんを頼りにしてるし、信用してる。そして、彼方ちゃんは無力じゃない。僕が保証する」
確固たる意志を持って僕は宣言した。
この答えを反対する人がいるのなら僕は徹底抗戦をするのも辞さない。
でも、それでも彼方ちゃんの表情は晴れない。僕は彼方ちゃんの望む答えを出せなかったのだろうか。
「じゃあなんで私を頼ってくれなかったんですか? なんでこの作戦で私に役をくれなかったんですか?」
「彼方ちゃん。僕はね、傷つけたくなかったんだ。今回の作戦はとても危険な作戦なんだ。だから彼方ちゃんを傷つけたくなかった。せっかく両親とこっちに上京してきて、お金の件も少しずつ解決して、ようやく新しく楽しい生活を送る彼方ちゃんの邪魔をしたくなかったんだ」
これは紛れもない本心だ。この作戦には人員がいたほうが成功率は確かに上がる作戦だろう。でも、それでもようやく幸せをつかみ始めた彼方ちゃんの邪魔をしたくなかった。この作戦は失敗すれば犯罪に発展する可能性があった。僕がやっているのは誘拐に限りなく近い行為だ。今回の作戦で安藤さんを救い出すことも、奏ちゃんを家に匿っていることも。知らなかったで済ますことができれば僕以外のみんなはどうにか助かるかもしれないが、下手をしたら助からず、犯罪の片棒を担ぐことになってしまう。
本当はみんなも巻き込みたくなかった。こんな危険を背負うのは僕だけで十分だと思っていた。でも、僕は一人じゃ何もできなかった。だからみんなには協力を頼んだ。
でも、彼方ちゃんだけは……ようやく幸せをつかみ始めた彼方ちゃんだけは死んでも巻き込みたくなかった。
「佐渡さん。私は……そんなに弱くありません。もし、その『もしも』が起きてしまったとしても、佐渡さんとなら怖くありませんし、後悔なんてしません。逆に私一人何も知らずに佐渡さんだけに『もしも』が起きたら私はきっとどうにかなっちゃうと思います」
「……彼方ちゃん」
僕は水無月彼方という一人の少女を少し侮っていたのかもしれない。こんなのも確固たる強い意志を持っている人間が弱いはずもない。僕はなんてばかだったのだろう。
「彼方ちゃん……今からじゃ遅いかな……?」
「しょうがないですね。今回は特別ですよ。次からは許しませんから」
「うん」
水無月彼方という新しく強力な協力者を得た僕らは再び戦場へと足を向ける。
「間宮、ここら一帯の奴らはとりあえずやったぜ」
「了解。この間に少しでも前に進むわ」
山中の連れてきた連中のおかげでどうにか屋敷の中を時間をかけてとはいえ、歩き回ることができている。このままいけば安藤さんを助けられるだろうと、もしもの時のための策を練っていると再びメイドたちが行く手を阻んだ。
「ジョーとスタングいけっ!!」
「ラジャー」
いきなり現れたメイドが二人、何もわからないうちにノックアウトされた。山中は意外とこういうことに慣れているのか、私が支持を出す前に仲間に指示を飛ばす。私も間違った判断でないと思うので特に口は出さない。むしろその間にもしもの時対策をすることができる。
「間宮さんっ。また来ましたっ。数は十以上」
桜ちゃんが遠くからこちらに向かってくる敵を発見した。私はすぐに頭の中の地図を広げ、作戦を練る。
「どうする間宮殿。戦うか?」
「いや、九重っ、桜ちゃんっ。きなこ弾を床に向かって打って」
「なんだよ。敵に向かって打つんだろ?」
「いいから打ちなさい」
「ああもう、どうなってもしらないぞ」
二人は同時に床に向かってきなこ弾を発砲した。床にぶつかったきなこ弾はその場で爆発して、周囲にきなこを飛び散らす。作戦は成功だ。
「なるほど、目くらましでござるか」
「そうよ。今のうちにそこの角から別ルートに移るわよ」
人員が増えたことによっていろいろとできることが増え、行動の選択肢が増えた。今までは強引に突破できないようなところを突破出来たり、牽制の効率が上がったりと選択肢が増え捲りだ。むしろ増えすぎてどうするか悩んでしまうくらいだ。
「流石ですね間宮さんっ」
前を走っていた桜ちゃんが少しペースを落として私の横を並走し始めた。
「そんなことないわ。それよりさっきはごめんなさい」
「なんのことです?」
桜ちゃんは本当になんのことかわからないのか可愛らしく首を傾げ、不思議そうな顔をした。純粋そうな目が今の私には辛い。
「さっき私は作戦を諦めたわ……まだどうにかなったかもしれなかったのに私は簡単にあきらめた。私の悪い癖ね……」
「そんなことですか」
「そんなこと?」
「そうですよ。確かにそういうこともあったかもしれません。でも、それは仕方ないことだと思います。あの状況じゃ誰だって諦めて楽になりたいと思います」
桜ちゃんは私を励ましてくれようとしているのか、笑顔のまま私を責めるでも、罵るでもなく、許してくれた。
「それに最後は山中さんが来てどうにかなったじゃないですか。結果オーライですよ。ねっ?」
「でも、わたしは……」
「そんな辛気臭い顔すんなよ」
九重を私たちの話を聞いてか私の横を走り出した。
「笑おうぜ。誠也もいつも言ってるだろ。暗い顔より笑顔の方がいいって。ほら笑えよニイィィィィィ」
「そうですよニイィィィ」
二人は少し大げさなくらい口を広げて笑顔を作った。
「ふふっ。何その顔おもしろい」
「ひでーな。笑顔だよなあ桜ちゃん」
「はい。乙女に言うセリフじゃないですよ」
「ごめんなさい。私この後も頑張るから、力をかして」
「「言われなくてもっ」」
私たちの戦いはまだ続く。
再び戦場へと入る前に僕は彼方ちゃんにある提案を持ちかけた。
「彼方ちゃん。僕はどうしてもやりたいことがあるんだ。それには君の力が必要なんだ。正直この作戦は間宮さんの作戦に含まれていないけど、どうしてもやりたいんだ。もちろん、危険だと思うなら断ってもらっても構わないよ」
「佐渡さん。任せてください。私は佐渡さんを信じますから」
「ありがとう。奏ちゃんちょっと来て」
「なによ」
「これから新しい作戦を始めるんだ。その説明を」
「奏ちゃんっ見つかったっ。逃げるよ」
僕らは作戦会議を終え、準備万端の状態で再び大通りへと戻ってきた。そしてすぐにいなくなった僕らを捜索していた執事に発見されることに成功した。もう一度鬼ごっこが開始され、とても不利な状態が続く。
「それじゃあ作戦通りにっ」
「……」
奏ちゃんは無言のまま頷いた。
そして僕らは次の角を二手に分かれて進んだ。
もちろんそんなことをすれば、執事たちが狙っているのはあくまでお嬢様である奏ちゃんなので、全員が僕の方ではなく、奏ちゃんの方へと足を進める。しかし、これは失敗ではない。作戦としては成功である。もちろん僕が楽をする作戦でも、奏ちゃん一人に責任を押し付ける作戦でもない。
元はと言えば、この作戦は僕のわがままが生んだ作戦だ。間宮さんの作戦を無視した本当にただのわがまま。しかし、その作戦に彼方ちゃんも奏ちゃんも賛成してくれた。だからこの作戦はまちがっていないはずだ。
そして僕はある人との待ち合わせ場所へと足を急がせる。
私はあの後上手いことこちらを追ってきた執事から逃げ続けている。数は今のところは三人。逃げて逃げ切れない相手ではない。しかし、今回の作戦上私は少しでもある場所から距離を取るように、尚且つ、なるべく多くの追手を引き付けその場所から遠ざける必要がある。それでも、この作戦の第一段階。
その後、私はしばらくの間逃げ続けなければならない。それもたった一人で……
誰の助けもなく、誰の協力もなく、本当に自分の一人でやり遂げなくてはならない。
正直不安だらけだ。自分にこんな大役が果たせるのか不安でしょうがない。でも、これはそんなできるできないの問題ではない。やらなくてはならないのだ。
だから私は足を動かし続ける。
「九重、あいつをやっちゃって。山中あんたの仲間に後ろの牽制と、他の場所での陽動を頼みたいんだけど」
「まかせとけっ」
「あいわかった。スタング、リー、サンダースは隊から離れ、他の場所で陽動を、ジョーはこのまま隊に残れ」
「ラジャー」
九重が前方で他の仲間に連絡を取っている執事を自慢の拳で気絶させ、山中の仲間が陽動のために隊を離れた。作戦は上々だ。陽動部隊がいればこちらに回る手が減って、目的の場所へと足を進めやすくなる。それだけではない、少人数の方が見つかる確率も多少なりとも減るはずだ。
そして私たちはゆっくりではあるが、確実に目的の場所へと近づいている。目的の階は二階の一番端の広い部屋。私たちはどうにか階段を上がり、二階へと到達する。
周囲に敵の姿も見られない。走りながら窓から外を覗くと、反対側の窓が割れた。おそらく陽動に向かわせた山中の仲間の仕業だろう。全然知らない連中だが、本当にいい仕事をしてくれている。
そして私たちは作戦が功をなしたのかほとんど敵に見つからずに目的の場所へとたどり着くことができた。
「ここよ」
「じゃあ俺と広志でドアを開ける。広志のダチはとにかく開けた瞬間何発かぶっかましてくれ。間宮と桜ちゃんは安全な場所で待機」
「いい判断ね。それで行きましょう」
「じゃあ行くぞっ。3・2・1」
九重の合図開始と共に皆が一斉に息をのむ。もちろん私もその中の一人だ。こんな状況で緊張しない方がおかしいのだ。そして九重によって勢いよくドアが開かれた。
瞬間山中の仲間が中を確認することもなく、適当に部屋の中へきなこ弾を撃ちまくる。
しかし、中からは何も聞こえない。聞こえるのは何かが割れる音と、きなこ弾の破裂音だけだ。みんなは安心しているようだが、私からしたら、逆に不穏で仕方がない。
そして九重と山中が目でアイコンタクトを交わし、中へと突入する。私たちもその後に続いて部屋へと足を踏み入れた。
「……誰もいないですね」
沈黙の中、桜ちゃんが一番に口を開いた。
そして桜ちゃんの言うとおり、部屋の中には誰もいなかった。敵の姿も奏ちゃんのお父さんの姿も、今回の作戦で助け出すつもりの安藤さんの姿も……
「安藤さーんいるかっ!!」
「安藤さーんっ。いるなら返事してくださーいっ。私ですっ桜です」
九重と桜ちゃんが大声で安藤さんを呼ぶ。しかし、その声に返事はない。私たちはまちがったのか。目的地を間違ったのか。
時間がない。ここまで来るのにもかなりの時間を費やしているのだ。佐渡たちももうそろそろ限界のはずだ。
一旦引くべきか、いや、この作戦は不意を突く作戦だ。今回でこんなに人がいるなら今度は私たちが潜入することを見越して、もっと警備を強くするに違いない。少なくとも私ならそうする。
それに今回は一介の執事たちだが、金を使われて拳法の心得のある人間をたくさん集められたら私たちに勝機はない。
それだけではない。佐渡がいつ通報されるかもわからなし、ここで撤退して、もし安藤さんがひどい目に合ったら耐えられないし、なにより佐渡に合わせる顔がない。
「そうだっ!! 隣の奏ちゃんのお父さんの部屋っ!!」
「行くぞっ!!」
急いで部屋を出て、隣の部屋を特に警戒することなく開け放った。
「……いない……」
―――私たちの作戦は失敗した―――




