22話
「よーしっ。こんなものかな」
あれから買い出し組の翔君たちが帰ってきて、頼んだ食材を受け取ってから約ニ時間。とうとうお花見用の料理が完成した。ここまで豪勢なものを作ることは滅多にないので少し苦労してしまったが、彼方ちゃんと奏ちゃんの協力の元、自分的には満足いくものが出来上がった。
「はい。そうですね。これだけ作れば十分足りると思います」
「まあいいんじゃない」
その完成度は二人の目から見ても良いようで、僕としても一安心だ。せっかくみんなが楽しみにしてくれているのに、いざお花見中の楽しい気分の時に料理がおいしくないではなんとなく気分が落ち込んでしまう。まあ、一応みんなで味見をしながら料理していたのでそこまで心配はしていなかったが、料理には見栄えというのも大切である。見栄えが悪いだけで少し料理がおいしくなぁ層に見えるから不思議だ。正直言って僕にそこまでそう言ったセンスはない。でも、今回は彼方ちゃんと奏ちゃんという強力な助っ人がいて、その二人のお墨付きをもらったので大丈夫だろう。
「じゃあ僕らも行こうか」
キッチンを簡単に片付け、今作ったお弁当を忘れずに持ってから、二人に向き直る。
「はい」
「早くしなさいよ」
彼方ちゃんはすぐ近くで返事をしてくれた。奏ちゃんに至っては本当に楽しみなのか、すでに靴を履いて、玄関の外で待機していた。
「カギもよしっと」
家のカギを掛けたのを確認し三人でお花見の会場へと向かう。ちなみに翔君たちは材料をおいて先に会場に向かっている。翔くんが「まあ、一応一人より複数人いたほうがいいだろ」という提案を出してくれたおかげだ。役割分担をしていた時にはあんなことを言っていた間宮さんも「そうね。アイツ一人じゃ心配だし」と、なんだかんだ言いながら広志君を心配していたようで、何を言うこともなく、翔君と先に会場に向かった。
「いい天気ですねー。まさにお花見日和って感じですよね。佐渡さん」
彼方ちゃんが空を見上げながら楽しそうに会話を始めた。僕もつられて空を見上げると、雲一つない青空が広がっていて、彼方ちゃんの言うとおり、これ以上にないお花見日和だ。
「ニ人とも遅いわよー。早くしなさーい」
視線を前に戻すと、結構離れた場所で奏ちゃんがこちらに向かって手を振りながら、催促している。奏ちゃんは家を出るなり、早歩き……というよりも最早少し走っていると表現するのが正しいくらいのスピードで歩いていた。
「ごめんごめん。すぐに行くよー」
お弁当を持っていない方の手で手を振りかえしながら奏ちゃんに声を返す。すると、隣を歩いている彼方ちゃんがまるで何かに追われているような、落ち着かない様子で話しかけてきた。
「あのー。佐渡さん」
「どうしたの? なにかあった?」
「……たぶん私たちつけられてます」
「えっ?」
彼方ちゃんに言われ、何気ない動作を装いながら後ろを確認する。するとそこには明らかに怪しい感じのサングラスをかけた男二人が僕らと少し距離をあけたところを歩いているのが確認できた。片方は新聞を読んでいる振りをしていて、片方は散歩をしているような雰囲気である。
「あの人たち私たちが家を出て少ししてからずっとあのくらいの距離を保ちながら付いてきてます。どうしましょう佐渡さん。警察に連絡しますか?」
彼方ちゃんがここまで言うということはそうなのだろう。そしてたぶんあの二人は奏ちゃんのところの執事さんだ。変装はしているようだけど、彼方ちゃんの言うことを信じれば十分に怪しい。
「いや、いいよ。まだ何かしてきたわけじゃないしね。それより奏ちゃんが一人だと危ないかもしれないから。早く近くに行こう」
今ここで警察に通報するのはまずい。あの人たちが奏ちゃんのところの執事であった場合、僕のやっていることが誘拐だと言われる可能性がある。この前翔君に言われた通り、僕が今やっていることは傍からみれば、誘拐一歩手前の行動だ。僕や奏ちゃんからしたらちゃんとした理由があっても、あちらからしたら関係ない。警察に誘拐されたと言われてしまえば、完全に僕の方が不利になってしまう。しかし、奏ちゃんのお父さんも何を考えているのか、警察に通報はしていないようだ。なら、僕らはこの状況を利用して時間を稼ぐしかない。なので極力警察の介入は避けたい。
「はい。わかりました」
彼方ちゃんには奏ちゃんとのことで話していない部分がある。それは奏ちゃんが家の人から追われていること。話していない理由は彼方ちゃんを巻き込みたくなかったからだ。そんな彼方ちゃんからしたら知らない男に追われているかもしれないというこの状況は怖いはずだ。なのに彼方ちゃんは至って冷静に僕の言うことを聞いてくれた。僕らは怪しまれない程度に小走りで奏ちゃんと合流し、スピードを落とさずに歩き続ける。そして会話をしているように見せながら、奏ちゃんに追手がいることを伝えた。奏ちゃんは顔を一気に強張らせてから、思いっきり前に走った。そしてさっきと同じように、手を振りながら、僕らを呼んだ。
「もー。早くしなさいよー」
「あ、うん」
再び小走りで距離を詰めて、奏ちゃんと合流。
「佐渡の言った通り、あれは家の連中ね。変装はしてるけどバレバレだわ」
「やっぱり。うーん。困ったな。さすがにお花見会場まで付いてこられたらお花見どころじゃないし」
僕と奏ちゃんが二人で頭を抱えていると、彼方ちゃんがおずおずと手をあげて発言をした。
「あのー。さっきからどういうことなんです? 家の連中とか、追われてるとか」
「それはね……彼方ちゃん……」
本当は巻き込みたくなかったのでこの件が終わるまで黙っていたかったが、この状況では仕方がない。僕は奏ちゃんの了解を取ってから、今までのことを今度は包み隠さずすべて話した。
「そういうことだったんですか」
「うん。とりあえず僕らであの人たちを巻こうと思うんだ。だから彼方ちゃんは先にお弁当を持って会場に行っててくれる? それで翔君たちに事情を説明しといて欲しいんだ」
「……わかりました。任せてくださいっ」
少し悩んだような表情を見せた後、笑顔で彼方ちゃんは了承してくれた。そしてたぶん、今見せた一瞬のためらいは奏ちゃんのことを自分もどうにかしてあげたいという彼方ちゃんの優しさから生まれたためらいだろう。でも、それを彼方ちゃんは状況を考えて一瞬で振り切ったのだ。本当にすごく賢くてすごく優しい子だと思う。
「じゃあお弁当よろしくね」
「はいっ! 任されましたっ」
頭に手を持っていき、兵隊がやるようなポーズを取りながら笑顔で了承してくれた彼方ちゃん。彼方ちゃんのためにも早くあの二人を巻かないといけないな。心で決意を固めながら僕は奏ちゃんを見た。すると、準備をできているというように頷いた。
「よーし。さっさと巻いちゃおう」
「わかってるわよ。せっかくのお花見を台無しにされたくないもの」
「じゃあせーのっ」
「「ダッシュっ!!」」
二人掛け声と同時に全力で走り始めた。
みんなのためにも彼方ちゃんのためにも早く巻いてしまおう。
全力で走って五分ほどが経過した。しかし、僕らは執事さんたちを巻けていない。この辺りは小道や脇道が少なく、人通りも多い方ではない。今までのようにとにかく小道を曲がり、人ごみに紛れてしまう作戦は使えない。
「ちょっと……どうするのよっ。ぜんぜん……逃げ切れないじゃない……」
長時間全力疾走を続けていたことで、自然と僕らの息も上がってきている。僕は運動が得意な方ではない。むしろ苦手な部類だ。今だってもう、根性で走っている状態だ。奏ちゃんも限界が近いのか息が絶え絶えだ。これ以上この鬼ごっこを長引かせるのはいい方法ではない。
かといってすぐに何かいい案が浮かぶのかというと、そんなことはなく、鬼ごっこは続いていく。後ろを見ると、心なしかさっきより執事さんとの距離が縮まっているような気がする。
(どうしようっどうしようっどうしようっ)
走っているのが限界の中、頭はもうまともに働いてくれない。ただ、今の僕にわかることは執事さんは未だに息を切らさず追って来ていて、僕らはもう息が絶え絶えで、絶望的だということだけだ。
「あ……あそこを……右に曲がるよ」
声をどうにか絞り出して奏ちゃんに進行方向を指示。奏ちゃんはもう声を出すのも辛いらしく、頷くだけだった。
(な、なんとかしないと)
頭ではわかっているのに何もできない。それはなんて辛いことなんだろうと僕は思った。何とか捕まることなく、次の角を曲がると異変が起こった。
「きゃっ!!」
奏ちゃんの悲鳴が聞こえたのだ。
おかしい。曲がるときに後ろを確認した時はまだ距離があった。そこには二人の姿もあった。
なのになぜ……
訳もわからないまま反射的に後ろを振り返ると、僕自信にも異変が起こった。
「ちょっと失礼しますね……っと」
「えっ!? なに……ってわあっ!!」
誰かに手を引かれ、一瞬の浮遊感に襲われた後、気づいたら僕は
―――車の中にいた―――
「佐渡っ」
「奏ちゃんっ」
この状況を理解できないまま、慌てふためいていると、隣に奏ちゃんがいるのを確認できた。お互い姿を確認するなり、手を繋いでしまうくらいには安心した。とりあえず一安心。
ただ問題はこの後僕らがどうなるかだ。
「お嬢様、佐渡様、仲睦まじくされているところ悪いのですが、お話よろしいでしょうか」
本当に一瞬の別れから感動の再開を果たしていると、運転席から声がかけられた。その声は女性のもので、姿は席に隠れてしまって確認できない。
「まさか安藤っ!? 安藤なの!?」
「私もいます。お嬢様」
「桜もっ!?」
「えっ? 二人とも奏ちゃん知り合い?」
「知り合いって言うか、二人とも私の専属のメイドよ」
その言葉を聞いた瞬間、緊張感を取り戻した。
奏ちゃんの専属のメイドさん。その人達が素直に僕らを助けてくれたとは思えない。今までは執事さんしか追手はいなかったが、メイドさんが追手にならないとは限らなかった。その上車まで出してくるとは……
―――完全に僕の迂闊さが招いたミスだ。
どうにか逃げ出そうとドアを開けようとするとロックされているのか開かなかった。窓も試してみたが開きそうにない。万事休すだ。
「そんなに逃げようとしないでくださいよー。佐渡さん。私たちは味方ですよ。み・か・た」
「どういうことですか? あなたたちは僕らを……正確には奏ちゃんを捕まえに来たんですよね?」
「そうよっ! 早く下しなさいっ。私の命令が聞けないのっ」
「落ち着いてくださいお嬢様。桜、説明を頼みます」
「任されましたー。じゃあ、よっ……と」
助手席に座っているメイドさんが何かのレバーを引くと、助手席が回転して、こちらを向いた。
「えっ!?」
「どうかなさいましたー。まさかー、私の魅力にメロメロですか? いやん。まだ知り合って間もない相手を虜にしてしまうなんて私って罪な女……」
「デレデレすんなっ」
「いたっ」
思いっきり足を踵で踏まれた。
「ち、違うよ。ただ、思っていたより幼かったから驚いただけで……」
ウソ偽りなく本心である。
僕のイメージとしてメイドさんというのは職業の一種でメイド喫茶のような特殊な環境でない限り、二十代半ばの人くらいからの職種だと思っていた。しかし、目の前の桜と呼ばれているメイドさんはどう見ても十代だ。見た感じは中学生ぐらいに見える。
髪は長いピンク色で、目も大きくクリクリとしていて小動物を連想させる。体系は小柄、それなのに出るところは出ているので少し目のやり場に困る。メイド服も僕の想像していたものよりもフリフリがたくさんついている。
あまりにも想像からかけ離れていたので、僕はつい「えっ!?」なんて言葉を吐いてしまったのだ。
「嘘つきなさいっ。あんたもあので無駄にでかいものに引かれたんでしょ」
奏ちゃんは桜と呼ばれている、メイドさんのある一部を指しながら、恨みがましい目で僕を見た。僕はその指の先に目を向けるとそこには女性特有の双丘があった。その部分をじっと見てしまっていたことに気づき、慌てて視線を上にあげると、メイドさんが照れたように胸を隠した。
「佐渡さんのえ・っ・ち」
「ふんっ!」
また踵で踏まれました。
「いたっ。だから違うって」
「桜。早く説明を」
「おっと。怒られちゃったかー。ではでは説明を。えっとですね、さっきも言いましたが私たちはお嬢様の味方です。つまり佐渡さんの味方でもあります。」
彼女の顔を見ると嘘を言っているようには見えない。僕には相手の目を見て、嘘を見抜いたりすることはできないが、少なくとも今のところ嘘をついてはいなさそうだ。
「なんで私たちの味方をするの。二人はお父様の命令で動いてるんじゃないの」
一方、奏ちゃんはまだその言葉を信用しきってはいないようで、相手が自分の専属メイドだというのに刺々しい言葉を返した。
「お嬢様、私たちは確かに天王寺 源蔵様の元で働かせていただいてる一介のメイドですが、それ以上に私たちは奏お嬢様のメイドです。どうか信じてもらえると助かります」
さっきまで少し適当な態度や言葉づかいが嘘のように、桜と呼ばれるメイドは丁寧語で言葉を述べた。これがメイドとしてのお嬢様に対する態度なのだろう。
「どう思う佐渡。信用できる?」
「僕は信用してもいいと思う。本当に捕まえる気なら僕らは手足ぐらい縛られてもおかしくないだろうし、僕にはこの子が嘘を言っているようには見えないよ」
「そう。なら私も信じるわ」
僕の言葉に何の説得力もなかったはずだが、奏ちゃんはなぜか僕を信用してくれた。そのことがたまらなくうれしくて、勢いで抱きついてしまいそうな体をどうにか抑え込む。すると何か柔らかいものに顔が包まれた。
「ありがとうございまーすっ。いい人ですねー佐渡さんはー」
何事かと思考を現実に戻すと、とんでもないことになっていた。簡単に言ってしまうと、僕は今、桜さんに抱きつかれていた。
んっ? 抱きつかれてる? ということは……今僕の顔に当たっているものって……
「ちょ!? なにしてるの!? 離れてっ」
「えー。なんでですかー」
状況を理解し、少し強引になってしまうが、恥ずかしいので離れてもらおうと必死に抵抗する。しかし、腕を首に回されてしまって離れてくれない。
「な……なに……あんた……なにして……」
まずい。奏ちゃんの怒りゲージが振り切りそうだ。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇ佐渡ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ちょっと待ってこれはちが……ぐふっ……」
こうして僕の頬に赤く丸い跡が残ることになった。




