20話
電車に揺られ、いつもの駅で電車から降りた。そのままいつものように改札の方へと歩き出そうとする僕を奏ちゃんが服の裾を掴んで止めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
息を切らしながら膝に手を当て、息を整える奏ちゃん。ちなみに僕らはこれといった運動はしていない。ただ電車に乗って、この駅まで揺られてきただけだ。息を切らすようなことは何もしていない。
「庶民はいつもこんなものに乗ってるのっ。信じられないっ。普通車でしょ、く・る・ま」
「ごめん。僕車の免許持ってないんだよ」
「なら取りなさいよ」
「すぐには無理だよ」
改札に向かいながらこんなやり取りを続ける。最初こそ少し心配だったが、ここまで元気があるならたぶん大丈夫だろう。でも、あとで冷たいジュースを買ってあげよう。
改札を抜け、徐々に人が違う方向へと歩き出し、僕らも余裕を持って歩けるようになった。通いなれた道で大学へと向かう。
さあ。今日も勉強だ。
「またか」
「またなのね」
「またでござるか主君」
無事大学に到着し、どうにか奏ちゃんのことも上手くごまかしながらお昼を迎えることができた僕は現在、友達である翔君たちに床に正座をさせられ、尋問に合っている。そしてこの状況とても最近に似たことがあった気がするから不思議だ。
「で、今回はどういうことなの佐渡」
代表としてなのか間宮さんが一歩前に出て僕にそう尋ねてくる。ちなみに僕と同じ当事者である奏ちゃんは購買で買ってあげた飲み物をおいしそうに飲んでいる。可愛いんだけど、少しは助けてほしいです。
「えっと。ちょっと長くなるんだけど……」
このままではどうしようもないことを悟った僕は今までのことを掻い摘んでみんなに話した。奏ちゃんが家出中なこと、なんで家出をしているのかということ、今までどうしていてこれからどうするつもりなのかを、簡単に話した。
「でも、それ大丈夫なのかよ」
僕の話が終わると翔君がいきなりそんなことを言い出した。
「どういうこと?」
僕は何がなんだかわからずそのまま翔君に聞き返す。
「だからよ。誠也たち執事に追っかけられたんだろ。それで誠也は事情を知ってて奏ちゃんを匿ってる。それってちょっとした誘拐だぜ。警察とかに通報されたらやべーだろ」
「そ、そうかも。それは困るなー。どうしようどうしようっ」
我ながら情けない声が出てしまった。翔君に言われて初めて気が付いたが、確かに今僕がやっていることは誘拐という犯罪の一歩手前の行動だ。奏ちゃんが自分の意志で僕の家にいるとはいえ、親からしたら心配で仕方がないだろう。執事さんをあんなにたくさん動かしてまで娘を探しているのだ。よっぽど娘の行方が気になっているのだろう。
ただ、奏ちゃんはそんなお父さんのことをどうやら嫌っているらしい。奏ちゃんから聞いた話が本当なら確かにひどい話だ。いくら仕事が忙しいといっても少しは娘に構うのが普通だと僕は思う。正直、今の僕には奏ちゃんのお父さんという人間が全くつかめない。
「それはないんじゃない」
僕が翔君の話から病気にも似た癖で考えふけっていると、間宮さんが翔君の考えを否定した。
「どういうことだよ。間宮」
「だって考えてもみなさいよ。もし奏ちゃんの件がすでに警察に通報されていたとしたら、奏ちゃんはもう佐渡の家にいないわ。とっくに家に連れ戻されているはずよ。通報するにしても遅すぎるわ。いくらお金持ちで執事をたくさん動かしているとはいえ、行動が遅すぎる」
さっき出たばかりの話題をすぐに頭の中でまとめて一つにしていく間宮さん。僕らの中でこういった頭を使うことは間宮さんが一番優れている。僕だけだったら混乱するだけだっただろう。本当に頼れるいい友達だ。
「だから警察を心配する必要は少なくとも今はないわね。それよりも今回の件の解決方法よ」
「どういうことでござるか」
僕が口に出そうとした言葉を広志君が代わりに言ってくれた。ちなみに広志君の話し方が変わっているのはいつものことで、広志君は今はハマっているアニメやゲームのキャラクターによって口調が変わる。そして今回は忍者のキャラクターのようだ。他にも今まで殿、隊長、司令官、提督、親方、など様々な呼ばれ方をされている。最初こそ戸惑ったものの、今ではもうちょっとした楽しみの一つだ。
「今回の解決方法はたった一つしかないでしょ。ね、佐渡」
「えっ、僕っ!?」
突然話を振られて驚いてしまったが、間宮さんの質問に対する答えは出ている。
「えっと、奏ちゃんのお父さんと会って話す。だよね?」
「そうね。正解。ただ、今回の一件は彼方ちゃんの時と違って具体的な敵がいるわ。執事さんやメイドさん。そして最後に……」
「奏ちゃんの親父ってわけか」
翔君の答えは当たっていたようで間宮さんはこくんと首を縦に振った。
「まあ、それは話す内容は実際に会わないとわからないけれど、どうやって会うかぐらいわ考えておきたいわね」
正直、僕は今回の件をここまで深くは考えていなかった。ただ、奏ちゃんを説得して奏ちゃんの家に出向き、奏ちゃんのお父さんと、奏ちゃんと僕で話し合って、分かり合って終わり。奏ちゃんの説得も時間が経てば奏ちゃんも家に帰りたくなるだろう。そんな簡単なシナリオを思い描いていた。でも、間宮さんの話を聞けば聞くほど今回の件が一筋縄ではいかないということを思い知らされる。
「ちなみに主君は何か考えがあるのでござるか?」
広志君が僕に問いを投げかけてきた。答えは情けないことにノーだ。僕は静かに首を横に振った。
「まあ、しょうがねえよ。誠也だっていろいろあったんだしよ」
翔君がすかさず僕のフォローに入ってくれた。
「それもそうね。この話はもうこのくらいにして次の話に移りましょうか」
「えっ? 次の話?」
何の話かわからない僕を放置して翔君は「おうっ」広志君は「承知」と、話は進行していく。助けを求めるべく奏ちゃんの方を見ると、ジュースを飲み終わり、飽きてしまったのか机に突っ伏して眠ってしまっている。その姿は可愛らしく、ずっと眺めていたいくらいなんだけど、たまには僕を助けてください。
奏ちゃんの可愛らしい寝顔を見ながら、次の話とやらの内容を考えてみるけど、何も思いつかない。いつも次の話に移るのは話の最後のワードから話を続けたり、何となくその場のノリで思い出したような内容を「そういえばさ」みたいな繋げ方で少し強引に話を変える。僕たちは普段、話を変えるときにわざわざ口に出したりしない。勝手に楽しい方向に変わっていく。だから今回のようなことは普段は起こらない。本当に何の話なんだろう。
「誠也、俺らは今度の土曜空いてるんだけどさ、お前は?」
「ご、ごめん。何の話?」
「なんだよ、自分で言っといて忘れたのかよ」
「ごめん。本当に思い出せなくて……」
「奏ちゃんとの生活が楽しすぎて忘れちゃったのね。そうよね、私たちより奏ちゃんの方が佐渡はいいんだもんね」
「ちがっ……奏ちゃんのことも大切だけど、みんなのことも大切だから」
「主君、拙者はこの件下ろさせてもらう」
「だから待ってーーー」
僕の頭の要領を超えてしまい、つい大声を出してしまった。
「「「あはははは」」」
とたん、僕と奏ちゃん以外の全員が一斉に笑った。
「わりいわりい、冗談だよ誠也」
「やっぱり佐渡はからかいがいがあるわね」
「心配するな主君。拙者は下りないぞ」
「よ……よかったーーー」
どうやらただの冗談だったらしい。ただ、僕は本気にしていたのでとても疲れた。その場に座り込み大きく息を吐く。
「俺たちがお前を見捨てるわけないじゃん」
翔君が肩を組みながらそう言ってくれた。
そしてその言葉は僕を安心させる言葉にはとても過ぎた言葉だった。
「でよ、空いてるのか誠也?」
「うん。空いてるよ、彼方ちゃんにも聞いてみるよ」
「任せたっ」
こうして僕らのお花見計画がスタートした。
今日の抗議がすべて終わり、買い物を済ませ、家に着くなり僕は彼方ちゃんの家へと向かった。奏ちゃんは「今、いいところなのっ。一人で行きなさいっ」と、家でテレビを見ている。奏ちゃんは家に来てまだ三日も経っていないのに完全に僕の家に馴染んでいた。
家を出て、一分もかからないところにある彼方ちゃんの家に着いた。インターホンを鳴らし、応答を待つ。
すぐに彼方ちゃんの声がマイクから響き、簡単に挨拶をして家に入れてもらった。
「珍しいですね。佐渡さんの方から来てくれるなんて。ここじゃなんですから私の部屋に来てください。はい、スリッパです。使ってくださいね」
「ありがとう」
ちょっとした会話をしながら彼方ちゃんがスリッパを出してくれた。ありがたくそれを使わせてもらい、家の中へと上がらせてもらう。
「どうぞ。少し汚いかもしれないですけど……」
彼方ちゃんが部屋のドアを開けたまま僕を部屋へと誘導する。指示に従って中へと足を入れた。部屋の中は前来た時と同じように綺麗に片付いていて、さっき彼方ちゃんは少し汚れてるかも、なんて言っていたけどすごくきれいだった。こんな綺麗な部屋を汚してしまうんじゃないかと逆に不安なくらいだ。
「飲み物持ってきます。ちょっと待っててくださいね」
「い、いや。だいじょ……」
言葉を言い切る前に彼方ちゃんは少し足早に部屋を出て行ってしまった。
「うっ。女の子の部屋に一人って緊張するな」
前に一度入ったことがあるとはいえ、やっぱり女の子の部屋というのはかなり緊張してしまう。僕は元から女の子の友達が少ない方だ。というよりも友達自体が少ない方だと思う。今だって大学で少し話すような人はたくさんいるけれど、友達と言えるような友達は翔君たち三人しかいない。大学という枠を出ても、せいぜい彼方ちゃんと奏ちゃんが増えるくらい間宮さんと遊ぶときは翔君たちもいつも一緒で集まる場所はいつも僕の家だった。だ。そういうこともあって僕は女の子の部屋に入ったことがない。
「……」
緊張しすぎて言葉も出てこない。ひたすら一人で挙動不審に部屋を眺め、彼方ちゃんが戻ってくるのを今か今かと待ち続ける。
「お待たせしましたー。って大丈夫ですか佐渡さんっ! 汗すごいですよっ。そんなに暑かったですか!? すいません気が付かなくって。あーもう私ったらなんでそんなことにも気づけないかなー」
「いや、これは違うんだ。これは……」
そこまで口にして僕は前に突き出しかけた手と次の言葉を言う口が止まった。
(女の子の部屋に入って緊張しすぎてこんなに汗を掻いたなんて言えない)
「今日はいつもに比べて少し厚着なんだ。しばらくしたら汗も引くと思うから気にしないで」
「そうなんですか。じゃあタオル持ってきますね。あっ、団扇とかいりますか?」
「ホント気にしないで、僕は大丈夫だから」
「でも……あっそうだっ」
何かを閃いたのか彼方ちゃんが僕のすぐ隣に腰を下した。そしてポケットから何かを取り出し、「失礼しますね」と僕にどんどん近づいてくる。
「えっ!? あ、ちょっと彼方ちゃんっ」
余りのことに頭が追い付かず、声も裏返ってしまった。
「いたくないですか?」
「う、うん」
どうやら彼方ちゃんはハンカチで僕の汗を拭いてくれたくれているようだ。ただ、距離が近くて僕としては気が気で仕方がない。
目の前にあるのは、きれいに整った大きな瞳、形のいい鼻、少しみずみずしい桜色の唇。簡単に言ってしまえば、可愛らしい彼方ちゃんの顔だ。
正直、恥ずかしすぎてまともに目も開けていられない、心臓もさっきから落ち着きなく動き続けている。
しかし、そんなことを思っているのは僕だけのようで、彼方ちゃんは落ち着いた様子で僕の顔を拭いてくれている。拭いてくれるのはくれるのは嬉しいが、僕の心臓がもうそろそろ限界そうなのでこの辺で勘弁していただきたい。
「全然汗が引きませんね。どうしてでしょうか?」
本当に不思議そうに彼方ちゃんが僕の汗を拭きながらそう言った。
彼方ちゃん。たぶんその汗、このままだとずっと引かないと思うんだ。
「あ、ありがとう彼方ちゃん。後は自然に引くのを待つよ」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん。それよりもここに来た訳なんだけど……」
このままでは同じことの繰り返しになって、下手をしたら僕の心の許容量を超えてどうにかなってしまいそうだったので、彼方ちゃんには少し悪いと思いつつも、強引に話を逸らして汗を拭くのをやめてもらった。
「それで用事って言うのはなんなんですか?」
彼方ちゃんが僕のテーブルを挟んで向こう側に移動して、持ってきてくれた紅茶の入ったティーコップを一つ僕の前においてくれながら、会話が始まった。これでようやく今日ここに来た目的を話すことができる。
「土曜日なんだけどさ、この前言ってた翔君たちとの彼方ちゃん歓迎会をお花見も兼ねてやろうと思ってるんだけど、どうかな?」
「あ、空いてますっ」
「よかったー。なら土曜日歓迎会兼お花見をしようか」
「はいっ。はあー楽しみだなー」




