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ホームレス少女  作者: Rewrite
仲直り編
220/234

26話

 それから安藤さんも含めて四人で楽しいお茶会が始まった。

 程よい温度の紅茶は香が良く、味もすごいおいしかった。素人の僕ですらいい香りだと思ったのは素材の葉はもちろんのこと、安藤さんの入れ方がよかったのだろう。

 僕も一応紅茶の入れ方は少し知ってるけど、ここまでできるとは思えない。せいぜいカップを元から温めておくとか、お湯を理想の温度にするくらいが限度だろう。

 クッキーもサクサクとした触感が楽しくもおいしく、程よい甘みが食欲をそそった。

 整ったお茶とお菓子があれば話も弾み、仲直りができていない僕と奏ちゃんの間も桜ちゃんと安藤さんのフォローもあったことでつつがなく会話が進行していった。


 でも楽しい時間ほどあっという間に過ぎてしまう。

 僕らがどう足掻いたとしても時間は進み、太陽が沈んで月が上る。来たときは太陽が高いところにあったはずなのに、今ではすっかり沈み切って、月と綺麗な星々がその存在を大きく主張していた。


「佐渡様、お時間は大丈夫ですか?」

「そうですね……。そろそろお暇しようと思います」

「わかりました。今すぐ車を手配しておきます。桜、あとは任せましたよ」

「お任せあれ!」


 さすがにこれ以上の長居は天王寺家の方に迷惑がかかってしまう。

 いくら僕の方に時間があっても、天王寺家の方に時間があるとは限らない。僕がいると言えば二つ返事で了承してくれるだろうけど、それはさすがに申し訳ない。

 だから僕はこの辺りでお暇させてもらうことにした。


「ちょっと、もう帰るわけ!?」

「うん。もう遅い時間だしね」


 僕が立ち上がると、奏ちゃんも勢い良く立ち上がって言ってくる。


「あんた私と仲直りしに来たんじゃないの!」

「そうなんだけどね。……でも、今日はもういいかなって」

「今日はもういいかなって……なによそれ! あんた本気で私と仲直りする気あるの!?」


 奏ちゃんの言うことはもっともだ。仲直りをするために来たと言っておきながらただ一緒に遊んで帰るだけ。なんていうのはおかしいし、ふざけていると取られてもおかしくはない。

 だから奏ちゃんが怒っている理由は正当なもので、理不尽でも何でもない。

 じゃあ僕が奏ちゃんとの仲直りを諦めたのかというとそうでもない。それだけ誓える。だからそれを言葉にした。言葉にして、ちゃんと伝える努力をしようと思った。


「あるよ。仲直りするつもりはちゃんとあるし、それが早いに越したことはないと思ってる」

「じゃあ!!」

「でも、今日はいいかなって思っちゃったんだ……」


 奏ちゃんの言葉を遮って僕は続ける。


「奏ちゃんに久しぶりに会って、久しぶりに遊んで、久しぶりに一緒にお茶を飲んで、クッキーを食べて、久しぶりに話して、僕、すごくうれしかったんだ……。満足しちゃったんだよ」


 たくさんの久しぶりがあった。

 普通に生活していれば当然にあるような出来事。友達と一緒に居れば当たり前の様に行う行為。きっと誰もが経験したことのある普通なことが今は堪らなく嬉しかった。

 それだけでお腹がいっぱいになってしまうくらいには、今日一日は僕にとって満ち足りた一日だった。


「きっとこれからもこんな生活が続くんだって思った。もっとたくさんの思い出をみんなと作っていけるんだなって思った。またみんなで笑顔になれるんだって確信した。それだけで僕はどうしようもなく嬉しくなっちゃったんだよ」


 一週間前はゴールが全く見えなかったスタート地点にいた。それが日に日にゴールに近づいて行って、今日でゴールテープを切るつもりでいた。

 実際今の僕はもうゴールテープの手前まで来ているのだろう。あと一歩を踏み出せばゴールテープを切ることができるのだろう。

 それでも僕はゴール前で立ち止まった。満ち足りてしまった。


「ふ……ふざけんじゃないわよ!!」


 テーブルを思いっきり叩きながら奏ちゃんが怒鳴る。


「なにがこんな生活が続くんだよ! なにがたくさんの思い出をみんなで作っていけるよ! なにがみんなで笑顔になれるんだよ! ふざけんじゃないわよ! 私は全然笑顔じゃない! こんなの全然笑えないのよ!」


 感情を爆発させた奏ちゃんが掴みかかってくるんじゃないかって勢いで僕の方へやってくる。


「自分ばっかり笑ってるんじゃないわよ! 桜や安藤とばかり笑ってないで私とも笑えるようにしなさいよ! 帰るんだったらやることやってから帰りなさいよ! 自分だけ勝手に満足して帰るんじゃないわよ!!」


 とうとう奏ちゃんが僕の服を掴んで勢いのまま押し倒して来た。


「なんなのよあんたは……。なんで私の気持ちをこんなにかき乱してくるのよ……。ちゃんと責任……とりなさいよ……」


 さっきまでの高揚していた時とは裏腹に感傷に浸ったような声を出す奏ちゃん。


「仲直りしに来たんだったら、ちゃんと仲直りしていきなさいよ……」


 それから奏ちゃんは僕の胸に顔を埋めてしくしくと泣き始めてしまった。

 たぶん今ので全部だ。奏ちゃんが僕に言いたかったことの全部だ。ぶつけたくてぶつけたくてしょうがなかった本音だ。

 僕が受け止めるべきもので、僕が背負わなくちゃいけない罰で、僕が償わないといけない罪だ。


「ごめん、ごめんね、奏ちゃん」


 押し倒されたまま奏ちゃんの頭を撫でる。

 割れ物を扱うように慎重に、ゆっくりと奏ちゃんの頭を撫で続ける。これ以上彼女の優しい心に罅が入ってしまわないように、本当にゆっくりと。


「本当のことを言うとね、僕もこのまま帰るつもりなんてなかったんだよ。ちゃんと仲直りして帰るつもりだった。追い返されない限りは帰らないつもりでいたんだよ」


 今更聞いたところで嘘くさく感じるだろうけど、これが僕の本当の気持ちだ。


「なんであんなことしたのかって言うとなんだけど、奏ちゃんには―――奏ちゃんにはだけは自分から仲直りしたいって言ってほしかったんだ……」


 我ながらすごい図々しいことを言っていると思う。

 自分が悪いことをしたと思っていながら自分から謝ることはせずに、相手に許されるのを待つなんて言うのは最低な行為だと思う。

 それでも僕がこんな行為に出たのには僕なりの理由があった。


「僕は奏ちゃんにひどいことをした。簡単に許されないことをした。だから簡単に許されちゃいけないと思ったんだ……」

「それがどうしてこうなるのよ……。ちゃんと悪いところを自覚して謝ってくれれば私はすぐにでも許したわよ……」

「うん、そう思ってたよ。だから僕は自分からは絶対に謝らないって決めてたんだ。優しい奏ちゃんなら僕が謝れば許してくれちゃうって思ってたから……」


 これが僕が自分から謝って仲直りをしに行かなかった理由だ。

 優しい奏ちゃんは僕が謝れば許してくれるって言う確信があった。それは安藤さんと桜ちゃん聞いた奏ちゃんの現状を知れば誰もが容易に想像ができることだった。

 そしてそれは僕にはどうしても許せなかった。

 謝れば許してもらえる。謝罪さえすれば許される。そんな甘い罰を僕は良しとしなかった。

 みんなと喧嘩している最中に苦しかったのはなにも僕だけじゃない。みんなが等しく苦しかった。だからその原因を作った僕は他のみんなよりも苦しまなくちゃいけないと思った。

 二度とこんなことを繰り返さないためにも、自分自身に深くこの苦しみを刻み込んでおく必要があったから。


「だから僕は自分からは謝らなかったんだ……。言い訳みたいに聞こえるだろうけど、本当なんだよ。信じてほしい……」


 何度も言う通り、これはひどく自分勝手な言い分だ。相手の都合なんてまるで考えていない最低の行為だ。

 車の中で安藤さんと桜ちゃんはこの作戦を良い作戦だと言ってくれたけど、きっと二人もこの部分に関しては良いように思ってなかっただろう。ただ僕の思いを汲んでくれただけに違いない。


「奏ちゃんにだけは……簡単に許されたくなかった……。苦しんで苦しんで苦しんだ上で許してほしかった……」


 本当に最低だと自分でも思う。


「自分勝手でごめん。奏ちゃんの気持ちを考えてなくてごめん。バカで本当にごめんね……」


 自分のバカさ加減が本当に嫌になる。


「それでも……こんな僕でもいいなら……これからも、友達でいてくれないかな……」


 自分が悪いくせに、自分が決めたくせに、泣く資格なんてないくせに、僕の瞳からは大粒の涙がこぼれ出た。


「ごめん……ごめん……本当に―――ごめんね」


 もう言葉を考えたり選んだりしている余裕はなかった。

 頭の中はもう謝りたい気持ちでいっぱいで、口から出る言葉は謝罪の言葉ばかり。

 涙は止めたくても止まらなくて、情けないにもほどがある。自分が立派な人間だなんて思ったことはないけど、ここまで情けない人間だなんて思ってもなかった。

 その恥ずかしさからか無意識に右腕を顔まで持っていて両目を隠す。


「なんなのよ……あんたまで泣いてるんじゃないわよ……」

「ごめん……ごめんね……」

「もう謝らないでいいわよ。とっくに私は佐渡を許してるもの」

「うん……うん……ありがとう」

「だから泣くんじゃないわよ……」

「わかってるんだけど……ごめんね」

「だからー」

「ごめん」

「はあ~……。好きにしなさい」


 それからしばらく僕らはお互いに慰め合いながら泣き続けた。

 今まで溜め込んでいた悲しみや苦しみを体の中から全部出し切る勢いで、ただひたすらに泣き続けた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 あれからそれなりの時間が経過して、今は僕と奏ちゃんと桜ちゃんと安藤さんでお屋敷の玄関前にいる。


「すいません安堵さん。結構長い間待たせちゃいましたよね?」

「そんなことはありません。元から私は佐渡様とお嬢様の仲直りの為なら何時間でも何日でも待つつもりでいました」

「あはは……。これくらいの時間で済んでよかったです……」


 冗談に聞こえるかもしれないけど、安藤さんだったら本当に難なくこなしそうで怖い。


「いやー。近くで見させてもらいましたけど良かったですよー。カメラがあったら高画質で録画間違いなしでしたね」

「桜、あんた後で説教だからね」

「かなちゃんひどいなー。私は見れなかった安藤さんに真実を教えてあげてるだけなのに」

「それが説教の理由だってわからないかしら?」

「わかんないかなー」

「さーくーらー!」

「いやーん! 誠也さん助けてくださーい!」


 不穏な空気が漂ってきている中、奏ちゃんに鋭い視線を向けられた桜ちゃんが僕の後ろに隠れる。しかしそれが奏ちゃんの中の何かに触れたらしく顔がどんどん赤くなっていく。


「桜ーっ!!」

「あーん! かなちゃんこわーい!!」

「ちょ、二人とも落ち着いて」


 僕の周りを右回り左回りと逃げる桜ちゃんと追う奏ちゃん。

 その最中に度々桜ちゃんが僕に抱き着いて来て、僕としては何とも言えない気分だ。


「佐渡! そこをどきなさい! あんたはどっちの味方なのよ!」

「誠也さんは私の味方ですよ。ねっ? 誠也さん」

「……そういえば桜。あんた今日ずっと佐渡のこと誠也さんって名前で呼んでるわよね?」

「うん。朝に仲直りしてから名前で呼ばせてもらってるんだー」


 桜ちゃんの説明を聞いて奏ちゃんが本当かどうかを視線で問いてくる。僕は苦笑しながら静かに頷いた。

 それが火に油を注ぐ行為だったらしく、二人の鬼ごっこがさらにヒートアップする。これは僕には収拾をつけられそうにない。


「桜、お嬢様、佐渡様にご迷惑ですよ」

「はーい。やめまーす」

「くーっ。……仕方ないわね」


 今日二度目と言うこともあってか、今回は奏ちゃんは苦々しい顔をしながらもすぐに安藤さんの指示に従う。

 すごい、これが天王寺家の万能メイドさんか。


「それでは佐渡様、お家までお送りいたします。車へどうぞ」

「あ、はい。すいません。まだお仕事が残ってるでしょうに」

「気にしないでください。残りの仕事は桜に任せてあります。お願いしますね、桜」

「はい、任されてます。私にお任せです!」


 安藤さんの言葉に胸を張りながら元気いっぱいに応える桜ちゃん。


「そっか。桜ちゃんがいるなら安心だね」

「そうですよ、誠也さん。安藤さんには及びませんが私だって立派な天王寺家のメイドなんですから」

「へー、立派な天王寺家のメイドねぇ。昨日安藤に怒られてたのはどこのメイドだったかしら?」

「か、かなちゃん!」

「さっきの仕返しよ」


 二人の仲の良いやり取りにほっこりしながら安藤さんが開けてくれたところから車に乗り込む。


「それでは出発します」

「お願いします。奏ちゃん、桜ちゃん。またね」

「はい。必要とあればいつでもお呼びくださいね。誠也さん」

「その前にまず安藤さんに怒られないようにしないとね」

「あーっ!! 佐渡さん酷いですー!」

「あははははっ! ごめんごめん。冗談だよ」


 たった数日していなかっただけのやり取りを楽しんで車の窓を閉じようとする。

 奏ちゃんからのお別れの言葉がないのは少し残念だけど、さっきの余韻がまだ少し尾を引いているのでそれも仕方ないことだと自分に言い聞かせる。

 そうやって心の整理をして諦めかけていたところ、あと少しで窓が完全に閉じるというほんと一瞬の間に奏ちゃんの口が開いた。


「また来なさいよね……誠也」

「……」


 あまりに突然の出来事に窓を閉める手が止まる。


「な、なによ。何か言いなさいよ」

「……うん。また来るよ。絶対に」

「ふん! 好きにすれば!」


 照れくさかったのか腕を組みながらそっぽを向いてしまう奏ちゃん。隣にいる桜ちゃんが小さく笑っている。よく見れば運転席の安藤さんも肩が少し震えていた。


「早く行きなさい安藤!」

「ふふっ。はい、お嬢様。すぐに出発いたします」


 奏ちゃんに可愛く怒られてすぐに車を発進させる安藤さん。車は徐々にスピードを上げて天王寺家のお屋敷が遠ざかっていく。

 僕は奏ちゃんと桜ちゃんが見えなくなるギリギリまで二人に手を振り続けた。


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