27話
「みなさまと仲直りすることができて良かったですね、佐渡様」
天王寺家のお屋敷から安藤さんの運転のもと走る車に乗ること数十分。
あと五分もすれば僕の家の前というところまできて安藤さんが労いの言葉をかけてくれた。
「お言葉はうれしいんですけど、僕的には全然といいますか……。まだ終わってないと言いますか……」
安藤さんの言葉は素直に嬉しい。
奏ちゃんたちと仲直り出来てよかったという思いに嘘はない。
だけどまだ終わったわけじゃない。少なくとも僕は終わっただなんて思っていなかった。
「佐藤様達へのご連絡ですか? 確かに佐渡様のことをお気になさっていた様子ではありましたが……」
「それもあるんですけど、それ以上にもっとやっておかなくちゃいけないことがあるんです」
確かに最後まで僕のことを気にかけてくれていた佐藤親子にはこの事を報告したいと思っている。
心配をかけてしまったというのはもちろんのこと、彩ちゃんと麻耶ちゃんの様子が気になるからだ。
あの件があってから二週間近くが経つけど、あれきり僕は佐藤家と連絡を取り合っていなかった。僕が精神的に来ていたというものあるけど、向こうも色々と大変だと思ったから。
「もっとやっておかなくちゃいけないことですか……」
はっきりとしない僕の言葉に安藤さんが軽く首をひねる。
「僕にはもう一人仲直りしなくちゃいけない人がいるんです。一回許してもらったんですけど、あれは状況が状況だったので、もう一度ちゃんと謝りたいんです。そして―――お礼が言いたいんです」
少し曖昧な感じで返事をすると、安藤さんは合点がいったという様子で小さく微笑んだ。
「そういうことでしたか」
それきり安藤さんはなにかを言ってくることはなかった。きっとこれまでの会話ですべてを悟ってくれたのだろう。
「到着いたしました」
数分の心地よい沈黙の後、無事に僕の家の前で車が止まった。
ドアに手をかけようとしたらワープでもしたんじゃないかと疑うほどの速さで移動してきていた安藤さんがドアを開けてくれる。
「送ってくれてありがとうございます。ドアもですけど」
「お気になさらないでください。すべて私がやりたくてやっていることです。そんなことより―――」
そう言って安藤さんは僕の家の反対側、彼方ちゃんの家に視線を向ける。
その視線の意味がわからないほど僕もマヌケじゃない。
「いってらっしゃいませ、佐渡様」
「はい、いってきます」
それ以上のやり取りは不要だった。
僕は最後にもう一度だけ安藤さんに頭を下げて、自分の家ではなく彼方ちゃんの家に向かっていく。
チャイムの前で深呼吸を二三回して気持ちを整え、チャイムを鳴らす。
ピーンポーン
という音が響いた少し後に、玄関が開いた。
「あら佐渡くん。こんな時間にどうしたの? もしかして結納の話?」
出迎えてくれたのは彼方ちゃんのお母さんだった。
「あははは……。そういう話じゃないんですけど、ちょっと彼方ちゃんに用事がありまして。こんな遅い時間にすいません」
「なーんだ、ざんねん。でもいつでも受け付けてるからね」
本気なのか冗談なのかわからない笑顔で返してくる彼方ちゃんのお母さんに苦笑を漏らす。
「お母さん何してるの? こんな時間にお客さん?」
そんなことをしていると、後ろからひょっこり彼方ちゃんが現れた。
「佐渡くんよ。彼方に将来のことで話があって来たんですって」
「……絶対嘘でしょ」
「あらら、バレちゃった?」
「バレバレだよ、もう……。すいません佐渡さん。とりあえずここじゃなんですし上がってください。私の部屋で話しましょう」
「あら? 別に居間で話してもいいわよ?」
「そんなことしたら絶対にお母さん邪魔してくるもん。私の部屋で話す」
「ざーんねん」
彼方ちゃんに徹底的に拒否されてしまったお母さんが笑顔で居間に戻っていく。
しっかりとお母さんが居間の中に入るのを見てから彼方ちゃんはこちらに笑顔を向けてくれた。
「すいません佐渡さん。来てくださる度に毎回お母さんがご迷惑を……」
申し訳なさそうに頭を下げる彼方ちゃん。
全然謝ってもらうようなことじゃないので、すぐに頭を上げてもらった。
「全然迷惑なんてことないよ。明るくて優しい素敵なお母さんじゃない」
「え~。そんなこと言われちゃうとおばさん照れちゃうわ。もしかして彼方じゃなくて私を口説きに来たの? でも私には残念なことにもう夫がいるのよねー。どうしようかしら?」
「お母さんっ!!」
「はーい、邪魔者は帰りまーす」
いつの間にか戻ってきて来ていたお母さんがとんでもない発言をして戻っていく。
あまりにすごい発言に僕は苦笑を漏らしていることしかできなかった。
というか残念なことに夫がいるとか言ってたような……。気のせいだよね?
「本当にすいません……」
「あはは……。本当に大丈夫だから」
さすがにさっきのはインパクトがすごすぎたので何とも言えない返事になってしまう。
「と、とりあえず上がってください。すいません。立ちっぱなしさせちゃって」
「う、うん。それじゃあ上がらせてもらうね」
少しぎこちなさを残したまま彼方ちゃんの部屋に案内される。久しぶりに入った彼方ちゃんの部屋は綺麗に片付いていて、ピンクと白を基調とした家具で統一されている。
ベッド付近や勉強机の上にはクマや猫のぬいぐるみが置かれていて、壁に掛けられているボードには僕らと一緒に撮った写真が飾られている。
前に僕が買ってあげたぬいぐるみも枕元に健在だ。
「どうぞ、使ってください」
「あ、大丈夫大丈夫。せっかくのクッション潰れちゃうし」
「いいですから。気にしないでください」
「いや、でも」
「本当に大丈夫ですよ」
「う、うん……。ありがたく使わせてもらうね」
ときどき押しが強くなる彼方ちゃんに根負けして、ふかふかのクッションを足元に置いてからその上に座る。
罪悪感がすごい……。
「それで佐渡さん。こんな時間にどうしたんですか? もしかして奏ちゃんたちとの仲直りの結果をわざわざ報告しに来てくれたんですか?」
「あー、うん。それもあるんだけど……」
僕の対面に座った彼方ちゃんが当然の質問を投げかけてくる。
せっかく入れておいた気合とか緊張感が玄関でのやり取りですっかり抜けてしまっていたので改めて深呼吸をして入れなおす。
そんな僕の行動を見て彼方ちゃんはますます困惑した顔になった。
当然だ。彼方ちゃんからしたらなにをこんなに畏まる必要があるんだろうって感じだろうから。
「佐渡さん?」
もう少しで気持ちを整え終えるというところで彼方ちゃんが心配そうに僕の顔を覗きこんでくる。
心配そうな顔と、優しくも少し不安そうな瞳が僕の目に飛び込んでくる。
その顔を見て、僕はどうしようもなく安心してしまった。
何があっても失敗する未来が見えなかったから。
だからもう迷う必要はない。覚悟も緊張感も何もいらない。
ありのままでよかったんだ。ありのままの僕で謝ればいい。
きっと彼方ちゃんは堅苦しい謝罪なんて求めてない。だからいいんだ。
「彼方ちゃん。僕が今来たのは―――」
「はい、佐渡さんが来てくださったのは?」
可愛らしく首を傾ける彼方ちゃんに僕は言った。
「君と仲直りをするためなんだ」




