24話
「そうですか。ちゃんと仲直りできたのですね」
「はい! もちろんですよ! ねっ! 誠也さん!」
「う、うん……。そうだね」
安藤さんの車で天王寺家まで向かう途中、僕らはちゃんと仲直りできたことを安藤さんに報告をした。
そのことを安藤さんは自分のことの様に喜んでくれて、すごくうれしかった。
そこまでは良かった。でも、どうしてもさっきの家を出る直前の出来事のせいで桜ちゃんの名前呼びが気になってしまう。
「ふふっ」
「ん? どうかしました? 安藤さん」
もやもやとしていると、安藤さんが小さく笑った。
その理由が気になって尋ねてみる。
「いえ、本当に仲直りしたんだな、と思いまして」
「あ~っ! 酷いですよ安藤さん! 私のこと疑ってたんですか!?」
「いいえ、違いますよ桜。私は仲直りどころか今まで以上に仲良くなったみたいだから嬉しく思っただけです」
「そうだったんですか! それならいいです!」
「まあ……色々とあったみたいですけどね」
安藤さんがバックミラー越しに僕を見て小さく笑っている。
本当にいろいろと察しの良い人だ。もしかしたらその内容までおおよその予想できているのかもしれない。
「それよりも佐渡様、お嬢様との仲直りの方法は思いつかれましたか?」
「仲直りの仕方? なんですそれ?」
「ああ、桜は知りませんでしたね」
翔君たちとの仲直りの方法を知らない桜ちゃんに安藤さんが簡略的に説明をした。
「なるほど。相手の好みに合わせた方法で佐渡さんは今まで仲直りしてたんですね。……あの、私の時は普通だったんですけど?」
「いや、ちゃんと考えてはあったんだよ? 同業の執事か主かどっちかでいくつもりだったんだ。でもさすがにあの状態じゃお芝居を始めるわけにもいかなかったからさ」
一応ちゃんと桜ちゃんとの仲直り方法も模索してあった。
メイドといえば、というところからやっぱり使えている主か、同業の執事というところまでは簡単に絞り込むことができて、でも主だと立場が上だから今回の仲直りには適してないかなー。ということで執事で挑むつもりでいた。
けど、いきなりあの状態の桜ちゃんが家に来て、心の準備も整っておらず、いろいろとそれどころではなかったので諦めざるおえなかった。
「誠也さん! もう一回ケンカしましょう!」
「なんで!? せっかく仲直りしたのに!?」
「だって私だってその仲直りの仕方してみたいです! みなさんばっかりずるいです!!」
「いや、そんなこと言われても……」
桜ちゃんの言いたいこともわからないでもないけど、せっかく仲直りできたのにもう一度ケンカなんてしたくもない。
「桜、あまり佐渡さんを困らせるんじゃありません」
「でも安藤さ~ん」
「それなら私とケンカしますか?」
「そ、それはちょっと~……」
さすがは天王寺家の万能メイド安藤さん。桜ちゃんをいとも簡単に桜ちゃんを窘めてしまった。
でもさすがにこのままというのも桜ちゃんに悪い気がする。
「桜ちゃん。わざわざケンカしなおさなくても、やってほしいならやるよ? 桜ちゃんが怒ってるふりをしてくれるならだけど」
「ほんとですか!?」
「うん。それくらいなら全然」
「約束ですよ! 絶対の絶対に約束ですからね!」
「わかったけど、今日は勘弁してもらえないかな? ほら、この後にもまだ頑張らなくちゃだし……」
「うー……ほんとうなら今すぐにと言いたいところですけど、こればっかりは仕方ありませんね。私も早くかなちゃんと仲直りしてほしいですし」
しぶしぶながらも了承してくれた桜ちゃん。
「すいません佐渡様。桜のわがままに……」
「いえいえ、このくらいなんでもないですよ」
そう。このくらいなんでもない。
桜ちゃんとまたこうして関わることができる。僕にはそれだけで十分なのだ。
たとえそれが少し恥ずかしいことでも、辛いことだったとしても、桜ちゃんと関わるために必要だというのなら僕は喜んで引き受けよう。
「話を戻しますが佐渡様、お嬢様との仲直りの方法はお考えなのですか?」
「はい。一応考えてきてはあるんですけど……」
「疑うわけではありませんが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。むしろ聞いてもらえた方が僕も助かります」
安藤さんのありがたい申し出を受け、僕は考えてきた奏ちゃんとの仲直り作戦を口にする。
自分で考えた作戦なので不安だらけだったのだが、思いのほか安藤さんと桜ちゃんの反応は良かった。
「どうでしょう?」
「ええ、とても良い作戦だと思います。お嬢様のことをよくわかっていらっしゃる佐渡様だからこその作戦ですね」
「私もいいと思いますよ。というかかなちゃんがすっごく羨ましいです!! 少し嫉妬しちゃいます……」
「よかった~。少し不安だったんだよ。でも二人も大丈夫って言ってくれるなら安心だよ」
いつもは事前に誰かに作戦の内容を話して、審査をしてもらっていた。
もっとこうした方がいいとか、これは良くないとか意見をもらえていた。安藤さんが昨日訪ねて来てくれなかったら今日彼方ちゃんに聞いてもらうつもりでいたくらいだ。
「そろそろ敷地内に入ります。佐渡様はお心の準備を整えておいてください」
「はい、ちゃんと覚悟を決めます」
安藤さんの運転に数十分ほど揺られ、とうとう天王寺家の敷地内に入る。
といっても天王寺家の敷地は普通の一軒家の庭とは比べ物にならないくらい広い。まだまだ心の準備や覚悟を決めるのには十分に時間がある。
「絶対にやり遂げなくちゃ……」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
たった数日会っていないだけの奏ちゃんの姿がぼやけて感じられる。まるで数年ぶりの友人に再開するような感覚だ。
桜ちゃんたちには平気そうに振る舞ったつもりだけど、内心は心臓が激しく脈を打っていてうるさいくらいだった。声だって震えていないのが奇跡みたいだった。
今回の一件はみんな等しく傷つけてしまったけれど、一番傷ついたのはきっと奏ちゃんだ。
お金を無心され、絶交を言い渡し、僕に望まぬ選択を取らされた奏ちゃんだ。
他のみんなだって傷ついている。ケンカにこそ発展しなかったものの彼方ちゃんだってすごい心の傷を負ったはずだ。
その中でも僕が直接傷つけてしまったのは間違いなく奏ちゃんだった。
「すう……はあ……」
深呼吸をする。少し冷たくなってきた空気が体の中に入ってきて思考をクリーンにする。
大丈夫。どうにかなる。解決できる。
そんな数々のポジティブな考えで自分を支配して、不安で不安でしょうがない心をどうにか奮い立たせる。
「……」
仲直りできたみんなの顔を思い浮かべた。
翔君、鈴さん、広志くん、桜ちゃん、そしてこんなどうしようもない僕に呆れることもなく付き添って支え続けてくれた彼方ちゃん。
ここにはいないみんなにも応援されているような気がして少し心が楽になる。
「……え?」
「ん? どうかしました? 誠也さん?」
「いや、今彼方ちゃんの声が聞こえたような気がして……」
「えー、さすがにそれはないですよ。今頃はお家で朝ごはん食べてるかゆっくりしてるんじゃないですか?」
「だよね」
桜ちゃんの言う通りだ。
ちゃんと今日の朝に彼方ちゃんには安藤さんが昨日の夜に来たことや、今日天王寺家に向かうことを報告してある。『そうだったんですか。私がなにかするまでもなかったですね。頑張ってきてください! 佐渡さん!』と、返事もちゃんともらった。
だからここに彼方ちゃんがいるはずがない。いるはずがないのに声が聞こえた気がした。
『がんばってください佐渡さん。私は佐渡さんを信じてます。ずっと信じて帰りを待っています。だからいい報告を持って帰ってきてくださいね』
そう、彼方ちゃんに言われた気がした。
「あれ?」
「今度はどうしました?」
「いや、いつの間にか緊張がなくなってるなって……」
「あ、やっぱり緊張してたんですね。でもよかったじゃないですか。緊張が解けたならあとはかなちゃんにぶつかってくだけですよ」
「そ、そうだね。……うん! 全力でぶつかってくるよ」
桜ちゃんに励まされ、気合も十分と言ったところで車が止まった。
「着きました」
安藤さんの声に窓から外を見ると、何度目かの天王寺家のお屋敷があった。
シートベルトを外してドアを開けようとしたらいつの間にか外に回り込んでいた桜ちゃんにドアを開けられていた。
「ありがとう。さすがだね」
「えへへ、これくらいできないと世界一のメイドになれませんので」
照れくさそうに言う桜ちゃんにほっこりしながら車から降りる。
「それでは行きましょうか。佐渡様、最後の確認ですがお心の準備のほどは?」
「大丈夫です。いつでも行けます!」
「それじゃあ早速行っちゃいましょう! レッツゴーです!!」
桜ちゃんの元気いっぱいな声とともに天王寺家のお屋敷に足を踏み入れた。
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「それでは佐渡様、私たちはここで待機しておりますので何かありましたらお呼びください」
「そうですよ、誠也さん。ちゃんと困ったら私の名前を呼んでくださいね。いつでもどこでもどこまでも駆けつけますから」
「ありがとうございます。桜ちゃんも頼もしいね」
お屋敷の中を数分歩き、とうとう奏ちゃんの部屋の前までやって来た。
そこで天王寺家の万能メイド二人から頼もしすぎる言葉をもらって、僕はドアに手をかけた。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、佐渡さま」
「行ってらっしゃいです、誠也さん」
二人に見送られて奏ちゃんの部屋のドアを開ける。そのまま僕一人だけ中に入って、ドアを閉めた。
部屋の中は相変わらずに広かった。僕のアパートの部屋何個分の広さなんだろうとか、今考えるべきではないような考えまで出てきてしまう。
そんな広すぎる部屋の中には大きなクマのぬいぐるみや、姿見、ドレッサーなど女の子らしいものが置かれている。そのどれもが高級品だということは忘れてはいけないけど。
そして部屋の中央の一番奥、そこには大きな天蓋ベッドは一つある。今この部屋に奏ちゃんの姿は見当たらない。でも天蓋ベットの布団は大きく膨らんでいた。それこそ小さな女の子がすっぽり入ってるんじゃないかってくらいの大きさに膨らんでいる。
「……ひさしぶり―――奏ちゃん」
声を発しながら天蓋ベッドへとゆっくり近づいていく。
自分の歩く音がやけに耳に響く中、天蓋ベッドの前までやって来た。けれど無理矢理布団を奪い取るようなことはしない。多少強引にいかなくちゃいけないことは覚悟しているけど、そこまで強引になる必要はない。
「元気だった?」
「……」
「ちゃんとご飯は食べてる?」
「……」
「安藤さんの言うことちゃんと聞いてる?」
「……」
いくつか質問を投げかけるもどれにも返事がない。
それでも確かに小さな息遣いは聞こえてきていて、布団も微かに揺れている。
「……出てきてよ」
無理矢理とか強引には行きたくない。
できれば奏ちゃん自身の意思で出てきてほしい。
見方によればひどく独善的な考えで、僕は奏ちゃんが布団から出てきてくれるのを待つ。
「……」
「……」
それからはお互い無言だった。
自分たちに息の音しか聞こえないほどの静寂な空間がこの場を包み込む。
膠着状態になってしまったけれど、僕はそれを自分から破ろうとは思わなかった。時間はまだたっぷりとある。僕には待つ意思も覚悟もあって、必要なものは全部そろっていた。
「……」
「……」
長い長い数分が経った。
それでも沈黙が破られることも、布団という殻が破られることもない。
僕は辛抱強く待ち続ける。
「……」
「……」
さらに時間が経過し、壁掛け時計が一時間という時の動きを示している。
「お腹減ってない? ……いったん出て安藤さん呼んでくるね」
僕がここにやって来たのが約九時、それから一時間が過ぎて今は十時。いつも奏ちゃんたちが何時に朝ごはんを食べているのかは知らないけど、安藤さんが八時に僕の家にいるには七時にはここを出ているはずで、その時に朝ごはんを食べているのかは正直半々だと思う。
僕のせいで奏ちゃんが朝ごはんを食べないのは気が引けるし、僕の前に出てきたくないというのなら、ここはお客である僕の方がいったん身を引くのが筋というものだろう。
そう思って天蓋ベッドに背を向けてドアのある方へ向かう。
「……ん?」
足を一歩踏み出した瞬間、裾が後ろ手に引かれた。
もしかしてと思い振り返ると、僕の服の裾を引っ張る小さな手が布団から姿をのぞかせていた。
「……やっと出てきてくれた」
出てきているのは右腕だけ、それも肘の辺りまで。
それでも小さな前進が感じられて嬉しい。自分のことながらすごく単純だ。
「……」
布団がもぞもぞと動き出し、奏ちゃんの小さくてかわいい顔が姿をのぞかせる。
少し拗ねているような顔が懐かしくて、小さく微笑んでしまう。
「……何しに来たのよ」
「仲直りをしに来たんだよ」
「なんで……」
「僕が奏ちゃんと仲直りしたかったから」
それ以外に理由なんてない。
僕は誰が何と言おうとも奏ちゃんと仲直りしたかった。お嬢様と一般人なんていう不釣り合いな関係性なのはわかってる。僕がどう足掻いたところで奏ちゃんと同じところに上り詰めることは不可能だろう。
それでも僕は奏ちゃんの近くに居たかった。隣に居たかった。友達でいたかったんだ。
「とりあえず出てこない? 朝ごはん食べてないんじゃないの?」
「……食べてないわ」
「ほら、なら出て来よう? もう十時だよ? お腹減ってるでしょ?」
「……」
返事はもらえなかったものの、奏ちゃんは布団から這い出てきてくれた。
ふりふりのパジャマに身を包み、寝起きなので髪型はいつものツインテールじゃなくて下ろしている。その上ボサボサでいつもの輝きがない。それでも朝日に反射するくらいには綺麗なんだけど。
「安藤さーん! すいませんけど奏ちゃんの朝ごはんお願いしますー! 桜ちゃんは髪お願いしてもいいかなーっ?」
まだ服の裾を話してくれそうにないので大声で扉の前で待機してくれているはずの二人に声をかける。
するとちゃんと聞こえたらしく、桜ちゃんが「はーい! おまかせあれーっ!」と、大きな声とともに部屋に入ってきて、安藤さんはこちらに一度頭を下げてから廊下を歩いて行った。
桜ちゃんが真っすぐこちらに向かってきて、僕ら二人にニコニコ笑顔を向けてくる。
「どうです? 仲直り出来ました?」
「まだだよ。そんな簡単に許してもらえるなんて思ってないしね」
「もーう、かなちゃん、そんなに意地張っててもしょうがないよ? 早く仲直りしちゃいなよ」
「うるさいわね。早く櫛持ってきなさいよ」
「はいはい。畏まりましたお嬢様ー」
やや呆れ気味に間延びした返事をしながら桜ちゃんが櫛を取りに行く。すぐに慣れた動作で髪を梳かす道具を道具を持って戻ってきた。
「それじゃあ失礼しますねー」
声をかけつつ奏ちゃんの後ろに回り込み、櫛で髪を梳かそうとする桜ちゃん。
そんな本当の姉妹みたいな光景に顔を緩ませていると、奏ちゃんが桜ちゃんに待ったをかけた。
「なんですお嬢様? 何か問題でも?」
「べ、別に問題はないけど……」
桜ちゃんの問いかけに何故か言いよどむ奏ちゃん。それに気のせいかもしれないけどこちらをちらちら見ている気がする。
もしかして僕邪魔なのかな? でも裾掴まれちゃってるし、目でも閉じればいいのかな?
そう思って目を閉じてみる。すると足を蹴られた。結構痛かった。
「えっと……僕何かした?」
じんじんと痛む足を抑えたい気持ちをぐっと堪えて奏ちゃんに尋ねる。
「……あんたがやりなさい」
「え?」
「だから! あんたがあたしの髪を梳かしなさいって言ってるの!」
突然の大声に少しびっくりしたものの、言いたいことはちゃんとわかった。
でもそんなことしていいのかな? という気持ちが強い。念のための確認をと桜ちゃんの方を見やると、桜ちゃんは笑顔で櫛を差し出してきた。
やれと言うことらしい。
「そ、それじゃあ……」
戸惑いながらも笑顔の桜ちゃんから櫛を受け取り奏ちゃんの髪を梳かしにかかる。
まずは軽く手櫛で髪を梳いて大雑把に絡まっている髪を解く。それから櫛に切り替えてゆっくりと髪を梳いていく。引っかかっちゃったら無理に力を入れるのではなく櫛を入れ直し、それでも無理なら再び手櫛で処理していく。
「へえー。誠也さんって髪梳かすの上手なんですね。もしかして妹さんとかにやってあげてました?」
「ああ、うん。小さい頃はね。といってもこんなにちゃんとはやってなかったけどね。こういうやり方は彩ちゃんと麻耶ちゃんが家にいたときに彼方ちゃんに教わったんだ」
「なるほど。それなら納得です。それにしても上手いとは思いますけど。ねっ? かなちゃん」
「そ、そうね。まあまあなんじゃないかしら」
結構不安だったんだけど、奏ちゃんからは及第点をもらえたようでホッと一安心。
それから数分間の間、僕は桜ちゃんに見守られながら奏ちゃんの髪を梳かし続けた。




