21話
「申し訳ありませんでした……佐渡様。メイドとしても、みなさまを見守る大人としても失格です……。本当に申し訳ありません」
「止めてください安藤さん! 安藤さんはなにも悪くありません! 今回の件で悪いのは間違いなく僕です! 僕の勝手な行動がみんなを傷つけたんです! これは―――間違いなく僕一人の責任です!」
この責任だけは誰にも背負わせない。渡さない。
辛いことはみんなで分け合うべきだと思うし、悲しいこともみんなで共有して乗り越えれたらいいと思う。もちろんすべてがそういうわけにはいかないことはわかる。僕にとって今回の出来事がそれに当たった。それだけの話。
これだけは僕が一人で背負うべき罪で、僕が一人で受けるべき罰だ。
誰がなんと言おうと、僕は譲るつもりはない。
「この責任だけは……絶対に誰にも取らせません。僕が一人で取ります」
みんなが傷ついてる姿を見る度に、みんなと仲直りする度に、僕は何度も決意を新たにしてきた。
決して心が折れてしまわないように、決して自分のしたことの重さを忘れないように、何度も何度も心の中で決意を固め、気持ちを新にしてきた。そうやってどうにかここまで自分を保ってきた。
今回も同じだ。これで僕はまた頑張れる。前を向いて歩いていける。
「……佐渡様。少し失礼いたします」
新たな決意という心の鎧を身にまとっていると、対面に座っている安藤さんが立ち上がった。
いつも察しの悪いと言われる僕でも、言葉的にトイレに立ったのだろうということが今までの経験則でわかる。だから僕は「わかりました」とだけ答えた。
「……え?」
しかし安藤さんはトイレのある方には向かわずに、トイレとは逆の―――僕の方へと歩いてきた。
想像とはまるで違う行動に戸惑う僕の前に、安藤さんが腰を下ろした。
「あ、安藤さん……なに」
を。と続けようとして、僕は言葉に詰まった。
別に口を塞がれたわけじゃない。言葉に困ったわけでもない。ただ僕が呆気を取られて口を閉じただけだ。
「佐渡様……一人で無理をする必要はないんですよ」
僕は―――安藤さんに抱きしめられていた。
「一人で無理する必要はありません。一人で頑張る必要もありません。あなたは一人じゃないんです。素敵なお友達がたくさんいます。頼ってほしいと言ってくれる大事なお仲間がいます。あなたの為に泣いてくれる人がいます。あなたの為に怒ってくれる人がいます。あなたを思って悲しんでくれる人がいます。あなたを支えてくれる人がいます。あなたを大切に思ってくれている人がいます。あなたを好きだと言ってくれる人がいます。あなたを必要としている人がいます。あなたと共に歩んでいきたいと思ってくれている人がいます」
優しい声が耳元で囁かれ、すっと体の中に入ってくる。
抱きしめてくれている安藤さんからも優しい匂いがして、心の底から安心する。
小さい頃に母親に抱きしめられていた時と似ている。そう感じた。
「今すぐにとは言いません。それでもいつかは――――みなさんを心の底から頼れるようになってください。みなさんは佐渡様が思っているほど、弱い人たちではありません」
きっと安藤さんにはお見通しだったのだろう。
僕がみんなを頼りにしてるように見えて、できていなかったことが。
別にみんなを信用していなかったわけじゃない。それだけは絶対だ。じゃあなんで僕がいつもいつも同じ失敗をしてしまうのか。
それはすごく単純で、とてもシンプルで、だけど簡単には覚悟ができないこと。
「佐渡様は、みなさんが傷ついてしまうことが耐えられないのですよね?」
「……はい」
そうなのだ。
僕はみんなが傷ついてしまうことが耐えられない。僕が頼ったことで不幸になったり悲しい思いをしてほしくない。みんなにはいつも笑っていてほしいのだ。そのためなら僕は自分がどんなに地獄のような生活を送ることになっても構わない。
そんなひどく身勝手で、自分勝手で、手前勝手で、わがままで、どうしようもない傲慢が僕をこうさせたのだ。
困ってる人をみんな助けたい。泣いている人みんなを笑顔にしたい。
そんな根深い貪欲さが、多欲さが、欲深さが、欲張りさが、どこまでも醜い強欲な心が僕をこんなに臆病にさせた。
七つの大罪とされる二つを、僕はどうしようもなく犯していたんだ。
「佐渡様、私から一つ提案があります」
「提案……ですか?」
「はい、提案です。話を聞いてから断ってもらっても構いません。聞いていただけますか?」
「……もちろんです」
どこまでも優しい安藤さんに瞳に見つめられて、僕は素直に頷くしかなかった。
「佐渡様のお優しい心遣いはわかります。きっと佐渡様なりに悩み苦しんで出した一つの答えだったのでしょう。だからさっきも言いました通り、今すぐにみなさんを頼れるようになれとは言いません」
なだめるように、落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で安藤さんが続ける。
「だからまず、私を頼ってください。私はみなさんと違って佐渡様達の輪の中にはいません。お友達でも、仲間でもありません」
「そ、そんなことありません!」
「あります。だって私はみなさまの保護者―――大人ですから」
僕の反論にそう笑顔で答えた安藤さん。
確かに僕はさっき安藤さんは輪の中にはいない。いつも少し離れたところにいてくれる存在。そう評した。けれどそれは友達や仲間じゃないなんてことでは決してない。
少なくとも僕は安藤さんのことをみんなと同じように思っている。
「佐渡様のお気持ちはすごく嬉しいです。ですが私は自分が大人でよかったと思っています。そのおかげで私は―――子供である佐渡様を大人として導いてあげることができるのですから」
目の前に今までに見たこともないほど優しい表情をした安藤さんがいた。
全てを包んでくれるような慈愛の満ちた瞳が、僕の心を掴んで離さない。苦しいわけじゃない。ただ逃げられないように全身を掴まれてしまっている。
簡単に人を頼ってはいけない。その人が傷つく可能性があるから。
今までに散々抱いてきた思いの逃げ道を完全に塞がれてしまった。これではもう安藤さんを頼るほかない。頼らざる負えない。
逡巡はある。躊躇いもある。迷いだってしてる。そのすべての行き先が封じられてしまっているだけで。
どうにか新たな逃げ道を模索しようとするも、再び安藤さんに抱きしめられたことですべてが霧消した。
「……ずるいですよ、安藤さん。これじゃあ僕、安藤さんを頼るほかないじゃないですか……」
敗北は認めた。
でも少しずるいと思って、みっともない発言をしてしまう。
しかし安藤さんはそれを詫びることなく、笑って言う。
「佐渡様、大人はずるい生き物なんですよ。特に女性は……ね」
「ははは……そうみたいですね」
完敗だ。完全に完璧に清々しいほどに僕の負けだ。
「もう少しこのままでいらっしゃいますか?」
僕を抱きしめたまま、安藤さんが訪ねてくる。
優しすぎる抱擁が終わるのはすごく寂しい。けど僕はその提案を断り、安藤さんからの優しい抱擁とお別れをした。
だって僕には―――
「僕にはどんな状況になっても帰れる場所と、待ってくれている人がいます。だから大丈夫です」
優しすぎる彼女は言ってくれた。
「私は、いつもみんなに帰れる場所をくれる佐渡さんの帰れる場所になろうって、決めたんです」
「もしも佐渡さんが疲れてしまったり、もうダメだって諦めそうになってしまったり、何もかもから逃げ出したい時に佐渡さんが帰れる場所。それが今の私の目標です」
こんな僕の為にこうまで言ってくれる女の子がいた。
僕に帰る場所をくれると言ってくれた女の子がいた。
待っていてくれると言ってくれる女の子がいた。
だから僕の帰る場所はここじゃない。
「ふふっ。そうですか」
失礼だったかな? と、今になって少し後悔したが、安藤さんには僕の言葉の意味が多少なりとも伝わっていたみたいだ。
だけど安堵ばかりしてはいられない。
僕には安藤さんに言わないといけないことがある。頼まないといけないことがある。
「安藤さん。僕を天王寺家まで連れて行ってください」
僕の頼みごとに安藤さんは迷うことなく首を縦に振った。
「了解しました。佐渡様」
いつも通りの受け答えがそこにはあった。
いつもと違うところを一つ上げるとすれば、安藤さんの顔が晴れやかな笑顔だったこと。それだけだろう。
それがどうしようもなく―――嬉しかった。




