勇者たちのなんてことない休日
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
「おはよー、フェル」
「おはよう、茉莉亞」
休日のマリア家。
いつもより少し遅めに起きてきてダイニングテーブルについたマリアの前に、フェリスは魔導冷蔵装置から取り出した冷たいサラダを置き、エプロンを手にしてキッチンに立つ。
「卵は?」
「1こでいいや~」
「肉? 魚?」
「今日はこれからジム行くから豚肉焼いてほしいなー♡」
マリアの注文に頷いたフェリスは手際よく準備を進めていく。
「今日はジムのあとの予定は?」
「再来月のイベントの衣装用の布買ってきて、いよいよ衣装作り始める予定。あ、そのインベントねぇ、聖良も出てみたいって! だからふたり分の衣装作ることにしたんだ~♡」
「確か……格ゲーの新作発売記念のイベントだったか」
「そうそう! 聖良はその作品のシリーズがどれも好きらしくてね、コスプレしてみたいキャラがいるんだって」
マリアは元の世界でもしていたように、この世界でもコスプレイヤーとして確実にその名前を浸透させつつあった。
様々な商会のイベントに呼ばれたり、定期的にある大きな異世界のオタクのイベントに参加したり。
そして着るだけでなく『作り上げる』ことにもこだわりがあるマリアは、衣装も自ら志願してすべて手作りしているのだ。
「思えば自分以外の人の衣装作るのも、誰かと一緒にイベント参加するのも初めてかも! 楽しみ~♡」
朝食を終え、午前中のジムでのトレーニングも終えたマリアはセイラと待ち合わせをして布を買いに行った。
「聖良、休みなのにわざわざ手伝いにきてくれてありがと~!」
「俺のほうこそ、わざわざ店長に衣装まで用意してもらってありがと」
「えへへ、任せて♪ 今回は布も特注で頼んだからさ~、ゲーム内の衣装完全再現しちゃうよ!」
「新作のゲーム衣装の資料もらってんの?」
「うん! 聖良がやるキャラもちゃんと新衣装にするからねぇ~♪」
「うわぁ……! 俺も今からめちゃくちゃ楽しみだよ!」
ふたりがマリアの御用達である生地専門店に着いたとき、何やら店の奥がバタバタと騒がしかった。
マリアはセイラと顔を見合わせる。
「こんにちは〜。女将さーん、何かあったの~?」
少し警戒しながら店の中に入ったマリアが騒がしい店の奥に向かって声をかけた。
少なくとも店頭はいつも通り、丁寧にロールされた生地や布が壁にたくさん吊るされている。
「ああっ、マリアちゃん……!」
「こんにちは、女将さん。頼んでた生地を引き取りに来たんだけど……何かあったの?」
「それが…………!」
真っ青な顔をして出てきた女将さんが言うには、どうやら店の裏口から泥棒が入ったらしい。
それも今さっきのことらしく、女将さんとその旦那さんは犯人とばったり出会したそうだ。
「裏に保管していた特注の高い生地ばっかりごっそりやられちまったんだよ……!」
「ああ……今憲兵がこっちに向かってるところだ」
「ナイフを持って脅されて、逃げる犯人に何もできなくて……うぅ、不甲斐ないよ……」
「……女将さん、もしかして……私が注文した布も……?」
「ご、ごめんね、マリアちゃん…………その…………マリアちゃんに頼まれてた特注の生地も、泥棒に……」
セイラはマリアの付近の温度が5度くらい下がったことを感じた。
「……その犯人は今逃げたんだよね? どこへ?」
「う、裏口から北のほうへ行ったけど……」
「聖良、追うよ」
「おっけー」
マリアは《希望創造》でその場から姿を消し、セイラも《戦乙女の躰》の超筋力で地面を蹴り、超スピードで裏路地を抜ける。
二手に分かれたふたりは空中と地上の両方から犯人をあっという間に捕捉した。
「泥棒はダメだって小さいころに教わらなかった? その盗みが成功する未来を、わたしは認めないよっ!」
「なっ……!? ブツが!」
マリアが手を握り締めると、犯人が抱えていた布とパンパンのリュックが宙に浮いて、マリアの元へ自ら飛んできた。
「監獄で反省しな、盗人が」
「うっ! ぐあっ! ぐぇーーー!」
セイラの格闘ゲームのような華麗なコンボ技を喰らい、トドメに道の真ん中で這いつくばってギリギリと締め上げられて、犯人はあえなく捕縛され、遅れてやってきた憲兵団に引き渡された。
勇者として顔も身分も割れているマリアとセイラは、簡単な取り調べののち高級な生地たちと共に女将さんの元へ送り届けられたのだった。
「あぁ、本当にありがとうマリアちゃん、セイラちゃん……! おかげで大損を免れたよ……!」
「えへへ、取り戻せてよかったよ~! これでわたしも無事に衣装作りに着手できるし」
「お礼にサービスさせておくれ! 予定の2割引でいいよ!」
「えっ……!」
マリアが思わずセイラの顔を見ると、セイラもにっこり笑って、「お礼は受け取っておきなよ」と言ってくれた。
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……! ありがとう、女将さん!」
「まいど! またいつでもおいで!」
マリアは受け取った布を抱え(ほとんどセイラが持ってくれたが)、ふたりはマリアの家を目指す。
マリアの家ではフェリスが魔術モニターで政治家同士の討論会の中継を流しながらクッキーを焼いていて、家の中には甘くて香ばしい香りがほわほわと満ちていた。
「ただいまフェル! いい匂いする!」
「おかえり、茉莉亞、聖良。もうすぐ焼き上がる」
「クッキー?」
「ああ。5種類焼いてる」
「5!? すご……」
プレーン、ココア、マーブル、チョコチップ、アールグレイ……らしい。
どれもマリアの好きな王道フレーバーだ。
「ね、凛も呼んで焼きたてクッキーパーティーしようよ!」
「それめっちゃいい! 賛成ー♡」
「凛にはDM入れといて、と……。焼ける前に聖良の採寸だけでも済ませちゃお!」
「はーい!」
結局この日の休日は3人の勇者がマリアの家に集まり、フェリスの焼いたクッキーをつまみながらおしゃべりをするという、なんてことないささやかな休日になったのだった。




