第四章 とあるメイドの独り言 4
ミュルエナは、カインに協力するべく行動を起こした。
最初は、お世話になった公爵家のタウンハウスを退職することから始めた。
このまま世話になっていて、何か失敗をしてしまったりすれば、他の使用人たちにも迷惑がかかると考えてのことだった。
退職後は、カインが個人で持ってはいたが使っていなかった屋敷にメイドとして表向きは勤めることになっていた。
ミュルエナが、タウンハウスのメイドを退職すると聞いた他の使用人たちは、全員が訝しんでいた。
中には、辞めた後に何処で働くのかを聞いてきた者もいた。
隠してもすぐに分かることと考えて、ミュルエナは隠さずにカインの屋敷でメイドとして働くと答えた。
その返答を聞いた何人かは眉をひそめたが、勘のいい者たちはその答えでミュルエナのしようとしていることを心配して問い詰められた。
そのうちの何人かには、「殿下の元で働いてもイシュミールお嬢様はもう、前とは違ってしまったんだぞ?」と止められてしまったのだ。
それでも、事情を説明することは出来ないと、ミュルエナは意思の強い瞳に決意を込めて心配してくれた人達を見返して言った。
「みんなの心配するような事はしないから安心して。あたしは、お嬢様に恩を返すだけだから」
ミュルエナの固い決意を聞いた者たちは、引き止めことはせずに送り出してくれた。しかし、数人は思うところがあったようで、同じ様にタウンハウスの仕事を辞めて、ミュルエナと共にカインの屋敷に勤めることを希望したのだった。
その者たちは、薄々ではあるが、イシュミールの身に何かが起きていると思っていたらしく、無理やりな状態ではあったが、カインとミュルエナに詰め寄って起きていることを聞いてきたのだ。
ミュルエナは、巻き込みたくないと言うのを渋ったが、カインは出来るだけ人手があったほうがいいと考えていたらしく、少し悩んだ後にイシュミールとイシュタルが入れ替わっていたこと、イシュタルが何らかの方法でカインと里帰りに同行していた騎士たちを操っていたこと、イシュミールが既にこの世にはいないことを説明した。
その事を聞いた使用人たちは、涙ながらに自分たちも協力したいと申し出てきたのだ。
それを聞いたカインは、使用人たちを見つめて言った。
「ありがとう。これから、法に反することもするかもしれない。それでも、俺は知りたい。そして、イシュミールの汚名も雪ぎたい。協力を頼む」
その言葉を聞いた使用人たちは力強く頷いた。
そこへ、ミュルエナは余計な一言を言って他の使用人たちに残念な人を見る目で見られたのだった。
「よし、それじゃあみんなも、まんまとあの女の罠に掛かった殿下のこと殴ってスッキリした気持ちになろう!!」
「えっ?」
「は?」
「おまっ!」
ミュルエナの発言に、使用人たちは言葉を失った。そして、今まで不思議に思っていても聞くことの出来なかった、カインの端正な顔が青斑になっていることから状況を察して、ミュルエナのとった行動を知って盛大なため息を吐いた。
こうして、カインとミュルエナ、数人の使用人によってイシュタルを拘束するために準備を進めた。
しかし、そのチャンスは直ぐにやって来た。
アックァーノ公爵家で惨殺事件が起こったのだ。
そのことで、イシュタルは、領地に戻ることになったのだ。
それを知ったカインは、直ぐに準備を整えて、イシュタルの後を追った。
カインたちがアックァーノ公爵の屋敷に着いた時に、何時イシュタルを拉致しようかとカインがミュルエナと相談していると、屋敷の方から叫び声が聞こえてきた。
叫び声は、少しするとおさまり静かになった。ミュルエナとカインは、同行していた使用人と共にそっと中に入っていった。
すると、そこには地獄が広がっていた。
数々の死体と大量の血で埋め尽くされていた。
そんな中、イシュタルだけがたった一人息をしていた。
「悪魔め」
カインは、その光景を見てそうつぶやいた。
そして、ミュルエナたちに死体を片付けるように指示を出してからイシュタルに向かって言った。
「お前には……、形代になってもらう」
そう言ってから、用意していた薬でイシュタルの意識を奪ってから、領地の外で乗り換えた馬車に放り込んだ。
ミュルエナは、昔していた灰色の仕事の影響で死体の処理に手慣れていた。
一緒に来ていた使用人たちに指示を出して、血の痕跡も綺麗に消した。
死体の始末も付けてから、次の指示を聞くために馬車の方にいるカインに近寄った。
「旦那様、この後はどうされるんです?あの女を拘束したとして、こつ然と消えた理由はどうするんです?」
「考えはある。指示していた死体の始末は?」
「終わったけど?」
「分かった。一応屋敷の中を探ってからだな。全員、屋敷の中を探して何か怪しいものがないか探せ」
そう命じて、カインは屋敷の中に入っていった。
屋敷の中は、事件の痕がまざまざと残されていた。床だけではなく、壁や天井にまで血痕が残っていた。
屋敷の中は、聞いていた通りめちゃくちゃに荒らされていた。
特に、イシュタルのものだと思われる部屋が一番酷かった。
一通り部屋を見てみたが、怪しいものは何も見つからなかった。
ただ、一室だけあまり荒らされていない部屋があった。
その部屋は、広さはあったが家具は必要最低限ある程度で、貴族の部屋にしては質素すぎた。
不思議に思いながらも、惹かれるものがあったカインはその部屋の机の引き出しを何気なく開けた。
そこには、何もなかった。しかし、だから分かったのだ。
この部屋は、イシュミールのいた部屋だと。
イシュミールは、婚約式の後領地には戻らずにタウンハウスに残ったが、その後彼女の私物が領地から送られてきたという話を聞いたのを思い出したのだ。
それにしても、何もない部屋だった。
だからこそ、イシュミールの身に起こった事を知りたいと、強く思った。
イシュミールの部屋から出たカインは、ミュルエナたちを呼んだ。
そして、始末した死体を屋敷の中に運ぶように命じた。
疑問に思いつつも命じられるままに従い、全ての死体を運び込んだところで、カインは冷静な声で言った。
「屋敷に火を付けろ」




