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第十三話 帰りなさい(後)



 白い光の向こうから、馬の嘶きが聞こえた。

 続いて怒号と、金属同士がぶつかる音。


 アウレリアが目を開くと、風が頬を撫でた。王宮の部屋とは違う、土と汗の臭いがする。


 南東街道から少し離れた丘の上だった。


 眼下では、二つの騎兵隊がぶつかっていた。街道を抜けようとする敵を、アイゼンマルクの騎兵が横合いから押し戻している。


 土煙の向こうで旗が揺れ、崩れかけた列へ別の一隊が回り込んでいく。


「閣下!?」


 近くにいた将校が声を上げた。

 アウレリアは丘の縁へ歩いた。


「状況は?」

「敵騎兵、およそ五百。第三予備騎兵隊が迎撃中です。西倉庫への突破は許しておりません」

「そう。接触している部隊を戻して。この丘の下まで」

「それでは防衛ができませんが」

「全員を引かせてから、私がやるわ」


 将校の視線が、アウレリアの指輪へ落ちた。


「……承知しました」


 すぐに振り向き、控えていた兵へ指示を飛ばす。

 角笛が鳴り、丘の上から旗が振られた。


 眼下の騎兵が、順に向きを変え始める。

 後ろの隊が先に退き、残った騎兵が敵を押し留める。


 最後の隊が離れる頃には、先に戻った兵が丘の裾で列を整えていた。


 アウレリアは右手の指輪へ魔力を通した。

 石の奥に光が灯る。腕輪に刻まれた術式も、それに応じて輝き始めた。


 空いた街道へ、敵が出てくる。


 追撃に出ようとした先頭が、ふと速度を落とした。一人がこちらを指差す。馬上の兵が顔を上げ、その隣の兵もこちらを見た。


 後ろから来た騎兵まで止まり、街道に列が詰まっていく。


「……気づいたみたいね」


 アウレリアは小さく笑った。


「味方、戻りました!」


 視線を下げると、最後の一隊が丘の裾を回り込んでいた。

 こちらの旗と敵の先頭との間には、誰もいない街道が伸びている。


 風が赤い髪を揺らした。

 足元の土が震え、小石が音を立てて転がる。


「私の領地で、随分と長く遊んだみたいじゃない」


 アウレリアは右手を持ち上げた。

 敵の旗が激しく振られる。先頭の馬が横を向こうとして、後続の馬とぶつかった。


「帰りなさい」


 指先を振り下ろした。


 街道が跳ね上がった。


 轟音とともに土が裂け、敵騎兵の先頭から中ほどまでが持ち上がる。

 馬も兵も砕けた岩も、一緒に宙へ放り出され、その向こうの列へ叩きつけられた。


 地鳴りが丘まで届く。


 亀裂は街道を横切り、敵軍の両脇へ走った。

 左右へ逃れようとした騎兵の前に土壁がせり上がる。

 馬が向きを変え、後続がぶつかり、旗の下で隊列が詰まった。


 後方の騎兵が引き返し始めた。

 それでも旗の周りにはまだ兵が残り、崩れた列を寄せ集めようとしている。


 アウレリアは左手を掲げた。


 青白い光が、土煙の中を走る。

 直後、敵軍の中央が沈んだ。


 馬が膝を折り、兵が地面へ叩き落とされる。土壁の間に衝撃が広がり、ようやく立ち上がった者まで、もう一度倒れた。


 旗竿が傾き、そのまま見えなくなる。


 土壁の途切れた後方へ、騎兵が逃げていく。

 馬を失った兵もそのあとを追い、倒れた馬や散らばった荷を避けようとして足をもつれさせていた。


「あとは任せたわ」


 アウレリアは手を下ろした。

 隣の将校が、一瞬遅れてこちらを向く。


「国境の外まで追い返しなさい。倉庫の守りは、そのままよ」

「はっ!」


 将校が丘の下へ声を飛ばした。

 待機していた騎兵の列が動き、壊れた街道を避けて左右へ分かれる。


 アウレリアは胸元のブローチに触れた。


◆◆◆


 次に姿を現したのは、第三砦の城壁だった。


 転移の光が消えると、近くにいた兵が息を呑んだ。だが、その向こうに立つベルンハルトは、遠眼鏡を下ろしただけだった。


「お早いお帰りでしたな」

「帰れと言われたもの」

「王太子殿下に?」

「ええ」

「それは結構」


 アウレリアは城壁へ歩み寄った。

 石の表面が削れ、足元には砕けた欠片が散っている。

 端の一箇所は大きく欠け、その脇を兵が新しい矢束を抱えて通り過ぎた。


「随分、傷をつけられたのね」

「向こうも遊びではありませんのでな」


 城壁の外には、いくつもの敵の旗が見えた。

 前へ出た兵が盾を揃え、その後ろを別の部隊が進んでいる。さらに奥には天幕が並び、荷車の列が続いていた。


「南東は?」

「崩してきたわ。残りは騎兵に任せてある」

「では、こちらも終わらせますか」

「ええ」


 アウレリアは敵陣を見た。


「王命よ」


 ベルンハルトの口の端が、僅かに上がった。


◆◆◆


 それから四日後。

 隣国軍はアイゼンマルク領から完全に撤退した。


 第三砦前面の主力に続き、第二砦北方の別働隊も国境の向こうへ戻った。各砦と街道からの報告が揃い、王宮へ撤退完了の書状が送られた。


 六年間動かなかった国境線は、今回も動かなかった。


◆◆◆


 戦が終わって数日後。

 アウレリアは辺境伯邸の執務室で、机に積まれた報告へ目を通していた。


「第三砦外壁の修復には、二十日ほどを見込んでおります」

「そう」

「第二砦北方の街道は、一部に轍と崩落が残っております。こちらは十日ほどで」

「急がせてちょうだい」

「承知しました」


 コンラートが一枚の書類を脇へ置き、次を開いた。


「村の退避は解いております。農地への被害も比較的軽微です。ただ、南東地区は、街道の復旧を先に進める必要がございます」

「まだ塞がっているの?」

「こちらをご覧ください」


 机の上に地図が広げられた。

 街道と、その両脇に赤い線が何本も引かれている。


「随分やられたのね」

「閣下がなさったものです」

「ああ」


 アウレリアは地図を手元へ引き寄せた。


「街道がおよそ四割にわたり崩落。周辺にも亀裂が残っております。土壁の撤去も含め、南東地区だけで今回の復旧費の三割近くを占めております」

「全部直しなさい」

「承知しました」

「それから、幅も広げてちょうだい」


 コンラートの手が止まった。


「街道の、でございますか」

「他に何があるのよ」

「現在の見積もりは、元の状態への復旧費でございます」

「なら、見積もりも直しなさい」

「拡幅するのは、今回損傷した区間でしょうか」

「そこだけ広くても意味ないじゃない」


 コンラートは地図の先へ視線を移した。

 アウレリアは机の端にあったカップを取り、口をつける。


「工事の範囲も、費用も大きく変わります」

「そうね」


 コンラートは息を吐きながら、見積書へ何かを書き加えた。


「それから、街道沿いには民有地がございます。拡幅するとなれば――」

「買えばいいでしょう」

「……畑も含まれます。耕す土地が減るため、持ち主によっては、代わりの土地を求められるかと」

「なら、用意しなさい」

「土地の確保に加え、作物への補償も必要になります」

「そう。ほかには?」


 コンラートは一度、口を閉じた。

 アウレリアはカップを置き、地図の上へ指を伸ばす。


「それと、こっちも広げなさい。曲がった先が狭いでしょう。ここで馬車を止められるのも嫌なのよ」

「そちらまで広げますと、さらに交渉する相手が増えます」

「全員呼んで一気にすればいいじゃない」


 コンラートは再び黙った。


 アウレリアはカップを持ち上げ、窓の外へ目を向ける。


 敵は引いた。

 被害は大きく、美しかった領地が少し荒れたのは気に食わないが、より美しくすれば問題はない。


 コンラートは先ほどから黙り込んでいるが、少しすればいつものように動き出すだろう。


 荒れたところは前より美しく直させる。

 気に入らないものは、気に入るように作り変える。


 ここは私の領地。

 だからこそ、アイゼンマルクは今日も美しい。


 

            第一部 完

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

これにて『アウレリア』第一部、完結です。

好き勝手に生きるアウレリアの物語を最後まで追っていただけたこと、とても嬉しく思います。


よかったらブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです。



次作は――

『HUMANIA

~人気ヒーローですが、追い詰められた人間を見るのは大好きです~』


舞台は、ヒーローがSNSで何千万人ものフォロワーを持ち、救助も戦闘も、すべてが世界中から見られている時代。

主人公は、世界トップクラスの人気ヒーロー。

ただし彼女は、

「人間が追い詰められているところを見るのが好き」という趣味を持っています。


アウレリアとはまったく違う世界のお話ですが、

次も、あまり善人ではない女が主人公です。

よろしければ、また次の物語でもお会いできれば嬉しいです!

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