好き
自分の気持ちが「好き」だと自覚してから、シリス様と過ごす毎日は甘くて眩しいものになっていた。
けれど、恋心を知ったからこそ——これまで感じたことのない切なくて苦しい感情も知ることになったのだ。
それは、放課後のことだった。
専属ガイドとしての書類を届けるため生徒会室へ向かっていた私は、中庭の回廊で足を止めた。
「あ……」
陽光が差し込む回廊の柱の陰で、シリス様が美しい上級生の女性生徒と並んで立っていた。
女性は少し頬を染めながらシリス様を見上げ、何かを熱心に話しかけている。シリス様はいつもの優しく穏やかな笑みを浮かべ、彼女の言葉に耳を傾けていた。
(あの方は……特殊科の先輩……?)
ただの雑談かもしれない。
そう分かっているのに、胸の奥がキュッと強く締め付けられて、息が苦しくなった。
シリス様の笑顔も、優しい眼差しも、全部『私だけのもの』であってほしいと思ってしまう。
(私……シリス様が他の女性といるだけで、こんなに嫉妬しちゃうんだ……)
自分がそんな醜い独占欲を抱いていることにショックを受け、私は書類を抱えたまま、逃げるようにその場を走り去ってしまった。
***
中庭の大きな木の下。
ベンチにぽつんと座り、膝に顔をうずめて落ち込んでいると、上からボソッと低い声が降ってきた。
「……何してんだ、お前」
ハッと顔を上げると、前髪の隙間からこちらを見下ろすクロウが立っていた。手には魔導具の参考書を持っている。
「クロウ……」
「……落ち込んでそうだったから」
相変わらずぶっきらぼうだけれど、クロウは気まずそうに頭をガシガシと掻くと、少し離れたベンチの端に腰掛けた。
「あのね、クロウさん……。私、すごく嫌な子になっちゃったかもしれないの」
「……は?」
「シリス様がね……他の女の人と楽しそうにお話しされているのを見ちゃって。そしたら、胸がすごーく痛くなって……私だけのシリス様でいてほしいなんて、そんな我儘なこと考えちゃって……」
ポロポロと吐き出す私の言葉を、クロウは嫌な顔ひとつせず、静かに最後まで聞いてくれた。
そして、前髪の奥の目をそっと逸らしながら、呆れたようにボソッと呟いた。
「……それ、ただの嫉妬じゃないの?」
「し、嫉妬……」
「だって、シリス先輩のこと、好きなんだろ。なら他の奴と話してて面白くないのは当たり前だろ。……我儘でも何でもない」
「クロウ……」
「ウジウジ悩んで逃げてないで、直接本人に言えばいいのに。……ぶつかっていけば、シリス先輩ならちゃんと受け止めるはずだ」
素っ気ない言い方だったけれど、クロウの言葉は迷っていた私の背中を力強く押してくれた。
「……うん! ありがとう、クロウ! 私、シリス様とお話ししてくるわ!」
「……ん。」
照れくさそうに参考書に目を落とすクロウにお礼を言い、私は立ち上がった。
***
日の傾きかけた中庭。
私を探していたらしいシリス様が、焦った様子で走ってくるのが見えた。
「フィオナ!探したよ、こんなところにいたんだね。……顔色が悪いけれど、何かあったかい?」
心配そうに寄り添おうとするシリス様。その姿を見た瞬間、胸の中に溜め込んでいた想いが溢れ出した。
「シリス様……っ! 私、さっき見てしまったんです……!」
「え……?」
「シリス様が、他の女の人と楽しそうにお話しされているところを……! それを見たら、胸が苦しくて、すごく嫌だったんです……っ!」
シリス様は目を丸くして固まっている。けれど、私はもう止まれなかった。
「私、勝手で我儘なのは分かっています! でも……シリス様が他の人と親しくされているのを見るのが耐えられないくらい、シリス様が好きなんです……っ! 専属ガイドだからじゃなくて、運命の『番』だからでもなくて……私、シリス様という一人の男性のことが、大好きなの……っ!」
顔を真っ赤にして、ポロポロと涙を零しながら、叫ぶように自分の恋心をぶつけた。
静まり返る中庭。
シリス様は一瞬、信じられないものを見たように固まっていたけれど——次の瞬間、その青い瞳に歓喜と熱い情熱が溢れ出た。
「フィオナ……!」
シリス様はたまらず私を強く強く抱きしめた。身体が浮くほどの強い力で、私を逃がさないように腕の中に閉じ込める。
「本当かい……!? 君が自分の言葉で、俺を愛していると言ってくれたんだね……っ!」
「シリス……様……っ」
「さっきの人は、ただ、課題について話していただけだよ。それに、彼女は番もちだしね。…俺の心には、最初から君しかいない。……フィオナ、俺の愛しい人。もう絶対に離さないよ」
耳元で囁かれる情熱的な言葉と、力強い抱擁。
嫉妬から始まった涙は、いつの間にか温かい幸せの涙へと変わっていたのだった。




