平穏が戻る
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──平穏が戻る
大井のキャンプを襲撃するベヒモス。
「いいぞ。そのまま自分の子供を見つけろ……!」
ベヒモスは大井のキャンプを警備する太平洋保安公司を交戦し、怒り狂ったように暴れまわっている。このままならばキャンプの深部にあるベヒモスの幼体を見つけ出せるのではないかという希望も出てきた。
「しかし、仮にやつが自分の子供を見つけたとして……大人しくなるのか?」
「分からん。だが、やつに動きを強制できるのはこれだけだ」
湊が心配そうに尋ねるのに俺がそう返した。
あの強力な化け物であるベヒモスに一定の行動を促せるのは、ベヒモスの幼体を餌にした作戦だけだ。他に突破口は何もなかった。
「そうだな。他に手はない。この作戦で突破口が見えるのを祈るだけだ……」
湊もそう納得し、ベヒモスが太平洋保安公司を相手に暴れまわるのを見た。太平洋保安公司は戦車なども繰り出しているが、ベヒモスは止められない。
しかし、ベヒモスも徐々に傷つき始めていたのが分かる。
ベヒモスの流す血がそこら中に滴り、ベヒモスも苦しげに呻いている。
「太平洋保安公司が怪物を仕留めそうだな」
「どうだろうな。まだまだやつは動いている」
俺たちはそう言って観察する中、ベヒモスはついに戦車隊を撃破。戦車はまるで玩具のようにひっくり返され、一部の車両は炎上し始める。
それからベヒモスはついにキャンプの奥にある幼体の保管庫に到達した。
「ベヒモスが幼体と接触!」
上空を飛行するドローンの目で湊がベヒモスが幼体と接触したことを確認。
「どうだ? 何か変化はあるか?」
「やはりあれはあのベヒモスの子供だったようだ。心配しているようなそぶりを見せている。感動の再会ってところか……」
「オーケー。あとはやつが大人しくなるか、それとも……」
ここで太平洋保安公司がさらにベヒモスを攻撃。ベヒモスは我が子を守るように幼体に覆いかぶさりながら、太平洋保安公司の連中を殺気立った目で見ている。
それからベヒモスが動いた。
我が子を傷つけようとする太平洋保安公司にベヒモスは牙をむき、瞬く間に彼らを壊滅させていく。それは一方的な戦闘であり、怪獣映画のような光景であった。
「すげえな。どういう理由で戦車砲の砲撃が効いてないんだ?」
「効いてないわけではなさそうだ。回復速度が速いだけに見える」
「ふむ?」
俺は湊からODIN経由で共有しているベヒモスの映像を見てそう言う。ベヒモスはダメージそのものは受けているが、それが数秒で回復しているのだ。
「恐らく物量で畳みかけれれば回復よりダメージが上回って潰せるだろうが……」
「太平洋保安公司に無理ならあたしたちにも無理だ」
「そうだな」
太平洋保安公司はダンジョン内で最大の戦力だ。それ以上の戦力を誰も持っていない。やつらに無理ならば俺たちにも無理だ。
やがて太平洋保安公司は撤退を選び、攻撃は弱まり、太平洋保安公司の部隊が大急ぎでキャンプから走り去っていく。
ベヒモスはそれを追撃するような様子もなく、ただ連中が逃げ去っていくのを眺めていた。我が子が取り戻せればそれでよかったのだろう。
ベヒモスは太平洋保安公司の連中が逃げ去ると、ゆっくりとキャンプを立ち去り、森の方へと消えていった。
それから俺たちは事の顛末を村瀬と篠原たちに報告。
「ふむ。ベヒモスはもうこれで暴れないと思うか?」
村瀬は篠原にそう尋ねる。
「100%とは言えないが、かなりの確率でもうベヒモスは暴れないと思うがね。野生動物のやることに100%はないものの、これまでどうして暴れていたかを推測すれば、ベヒモスが無駄に暴れる可能性は低いよ」
篠原はそう俺たちに説明。
「じゃあ、これで問題解決か?」
「あと数日は様子を見ることになるだろう。大井がベヒモス相手に報復を行わないとも限らないし、本当に幼体を取り戻しただけでベヒモスが静かになるのかも分からない。今は様子見が適切だ」
篠原は引き続き、村瀬の問いにそう答える。
「では、しばらくはゆっくりと動物観察といくか」
「気分はアフリカの野生動物保護レンジャーだな」
「ああ。そんな感じだ」
俺たちは野生動物を密猟者たちから保護する。その野生動物が軍隊を相手に無双できる存在であったとしても。
そうして俺たちはベヒモスの様子を観察することになり、ドローンなどを用いてベヒモスを監視し始めた。当然ながら再びベヒモスの幼体を攫おうなどという余計なちょっかいを出す連中を締め出しながら。
「そもそもベヒモスというのはどういう生態の生き物なんだ?」
通信の中継も果たす軍用四輪駆動車でベヒモスのそばに陣取りながら、湊が俺に尋ねてくる。
「さあな。あとでマオに聞いてみるか?」
「そうしよう」
俺たちは交代でベヒモスを監視したが、ベヒモスはそれから暴れるようなこともなく、幼体とともに草を食んでいた。
拠点に戻った俺たちは篠原と行動をともにしてるマオにベヒモスについて尋ねる。
「なあ、マオ。ベヒモスってのは本来大人しい生き物なのか?」
「うん。乱暴、あんまり、ない。ゆっくりしている」
「それが暴れたのはやっぱり子供が攫われたからか?」
「そう。ベヒモス、子供、大事だから」
マオは俺たちにそう告げた。
「つまり、これで無理にベヒモスの相手をしなければならないということはなくなったわけだよ。今の安定しているベヒモスに手を出すのは、完全に無意味な行為だからね」
篠原はマオの発言を受けてそう言う。
「それなら俺たちもいよいよ5階層に向け進軍か?」
「まさに! 5階層のその先に何があるのか、気になるじゃないか」
噂される6階層の存在。いよいよそれを確かめる時間が来るようだ。
「まずは5階層に拠点を作らないといけないな。4階層同様に5階層に公社の拠点は存在しないから」
「オーケー。村瀬に相談してみよう」
それから俺たちは5階層進出の準備を始めようとする。
一応情報部によってベヒモスが完全に無害になったのが確認されてから公社は動き出した。物資を積んだトラックが準備され、兵員を積んだ装甲車が準備され、5階層に進出する準備が始まる。
「ベヒモスについてはこれからも監視対象となる。どこかの阿呆がまたベヒモスの幼体に手を出したりして、ベヒモスが暴れ出さないとも限らなからな」
村瀬は俺たちにそう言っていた。
「ベヒモスもこれでゆっくり過ごせるだろうさ」
「醜いクリーチャーでも殺せないならどうしようもないからな」
ベヒモス問題は片付き、5階層への道は開かれた。
あとは本来の目的である6階層の存在を確認するだけ。
しかし、俺たちにはどうにも5階層にも面倒な問題が存在するのではないかという気がしてならなかった。
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