秋の新チームとハロウィン集会
僕が退院してしばらくすると、夏休みが終わって新学期が始まった。
僕は入院中に体がなまってて、階段を登るだけでも息切れするほどだった。
だから少しずつウォーキングしたり、ランニングしたりして、体力の回復に努めたんだ。
チームの練習に復帰出来た時は、すごく嬉しかった。
高野監督や緒方コーチをはじめ、チームのみんなは僕の家庭の事情を知ってるみたいだったけど、敢てそのことには何も触れなかったんだ。これまで通り、普通に接してくれた。
みんなの気遣いがとてもありがたかった。
だってもし誰かが父さんのことを聞いて来たら僕は泣き出してしまったに違いないんだ。
◇◇
秋になると、チームの新体制が高野監督から発表された。
メンバー表は次の通り。
(※は兼投手、◎は兼野手、キャプテン)
一番センター
田中宏明
二番ライト
中山直樹
三番ショート
木村健吾 ※
四番サード
山野翔太 ※
五番ファースト
山本英次
六番キャッチャー
白浜浩一
七番レフト
江崎信次
八番セカンド
山田孝二
九番ピッチャー
槙原聖司 ◎
◇◇
サードはやってみたいポジションだったから僕は嬉しかった。
四年生の時から、僕は時々、サードでノックを受けてたんだ。
だけどピッチャーはあまり自信が無かった。
僕は球は速いけどコントロールがイマイチだし、七回まで投げ切る自信が無かったんだ。
でも控え投手だけは、必ず決めないといけないんだ。
みんな嫌がってたけど、監督が、
「翔太君、お願いします!」
って言うから、僕は引き受けることにした。
「分かりました。自信ないけど、やるだけやってみます」
って僕が言うと、監督は、
「あざーす!」
って言ってた。
◇◇
地域ごとに少し違いはあるけど、選手の肩や肘を護るために、少年野球は規定で色々と制限があるんだ。
投手は変化球禁止だしね。
ナチュラルシュートや真っスラ(ナチュラルスライダー)なんかは、故意に変化球を投げたわけじゃないからOKなんだ。
故意か自然かは、投げ方や、ボールの握りで直ぐ分かるよ。
経験豊富な審判が見れば一目瞭然なんだ。
変化球で唯一許されるのは、肩や肘に負担が少ないチェンジアップのみ。
それから公式戦の時は、一人一日七回までっていう制限もあるんだ。
だから、ピッチャーができる選手は多い方が良いんだ。延長戦の時もあるし、一日二試合する時もあるからね。
木村君が二番手で、僕は三番手。
それでもピッチャーが足りなくなった時は、強肩のセンターの田中君と、レフトの江崎君が投げることに決まったんだ。
聖司君はどこでも守れるから、ピッチャーをやらない時は、ピッチャーをやる人が守ってたポジションに入る。
サードはね、ホットコーナーって呼ばれてて
強くて速い打球が飛んで来るんだ。
僕と同じ背番号3の長嶋選手が守ってたポジションだから凄く光栄だと思った。
ピッチャーは、父さんがやってたポジションだから一度はやってみたかった。
ピッチャーズマウンドは僕にとって、神聖な場所なんだ。いい加減な気持ちでは投げられないって思った。
◇◇
僕は秋の練習試合で初めて先発を任された。
僕は一回から全力投球。
五回までに十個も三振を奪った。
良い感じに荒れ球だったのが良かった。
僕の球が速いから、相手チームの選手達が驚いて、試合中なのにバックネット裏に集まって来て僕の投球を見てた。
だけど、五回に連打を浴びて一点取られちゃったんだ。
僕はペース配分も考えずに、只がむしゃらに真ん中を狙って投げてただけ。
キャッチャーの浩一君も、僕が初先発で緊張してたから、あんまり細かいことは要求しなかった。ど真ん中に大きく構えてくれてた。
だけど五回に入ると球速も大分落ちてきて、僕はもうヘトヘトだった。
六回からは聖司君にバトンタッチ。
後は聖司君が無難に締めてくれた。
三対一で僕は初登板で初勝利を挙げたんだ。
でも、僕はもうフラフラ。
「翔太、大丈夫か? お前、目が死んでるぞ」
って試合後、監督から言われちゃった。
投げるのに精一杯で打撃の方は散々だった。
僕は四番なのに三打数ノーヒット。
ボテボテの内野ゴロと外野フライ二つ。
一塁まで走るのもキツかった。
もっと持久力をつけないとダメだと思った。
それにしても、いつも淡々と投げて息も切らさない聖司君は偉いなあって思った。
ピッチャーって、こんなに疲れるんだって初めて知った。
僕の父さんなんて連投した上、決勝戦で延長
十七回を一人で投げ切ったんだから、本当に
凄いと思った。
もっと走り込んで、ペース配分も考えて投げないと、球が速いだけじゃダメだと思った。
それから、チェンジアップを覚えて、コント
ロールをもっと良くしないと、ピッチャーな
んてとてもやっていけないって思ったんだ。
◇◇
サードの守備はね、僕は最初の頃、暴投が多かったんだ。
打球を取るまでは何の問題も無いんだけど、
送球が安定しなかった。
取ってから投げるまでに焦っちゃうのが原因だった。
最悪だったのは、練習試合の大事な場面で、
僕が暴投して負けた試合があったんだ。
その時は、七回裏一対〇で勝ってた。
二死、二、三塁で、僕のところに簡単なゴロが飛んで来た。そのゴロを普通に処理すればゲームセットだった。
僕は前の回にも暴投してたから、僕がゴロを取った瞬間、
「翔太、落ち着いて!」
って、聖司君が叫んでた。
だけど、ゆっくりファーストに投げれば余裕で間に合うのに、また悪いクセが出て、僕はボールを取った後、走りながら素早く一塁に送球したんだ。
そしたら、また大暴投。
アッという間に二人の走者がホームインして
僕達のチームはサヨナラ負け。
聖司君と英次君は優しいからあまり怒らなかったけど直君はカンカンになって怒ってた。
僕は悔しくて泣いちゃったんだ。
試合後の反省会でも、みんなから散々言われちゃった。
司会の聖司君はこう言ってた。
「翔太は取るまでは上手いよ。本当にメチャクチャ上手いよ。チームで一番上手いかもしれない。 でも投げる時、 何でああなるの?
もっと落ち着いてゆっくり投げればいいじゃ
ん。そりゃあ早く投げなきゃいけない時もあ
るけどさあ、何でもかんでも急ぎ過ぎだよ。
要は間に合えばいいんだからさあ」
みんなも聖司君の言う通りだって言ってた。
普段、僕と仲の良い直君も、聖司君の横でメモを取りながら、その日はメッチャ怒ってて怖かった。
「翔太お前、肩は強いし、球もメッチャ速いのに、何であんなに急ぐの? 出来るだけ早くアウトにして、安心したいってこと?」
って、直君が僕に聞いたんだ。
「プロ野球選手みたいに、カッコ良く投げたかったんだ」
って僕が小さな声で言ったら、みんな唖然としてた。
「はあ? なんじゃ、そりゃ!」
って、直君は絶句してた。
そしたら、監督が吹き出したんだ。
「翔太お前なあ、プロ野球選手の真似するなんて十年早いぞ。だけどお前がみんなからここまで責められるのも初めてだなあ。翔太、まずは基本に立ち返ることだな。明日から一で取ったら一呼吸おいて、二でスローイングの体勢に入りながらファーストをよく見る、そして三で投げるようにしてみな。お前は一と二を同時にやろうとするからダメなんだ。一、二、三って慌てないでやってみろ。ランニングスローも必要ない時はするな。お前の肩なら充分間に合うから。一、二、三って何千回、何万回も練習するんだ。そしたら自然にプロ野球選手みたいに、素早いスローイングが出来るようになるから」
監督はボールを取ってから、送球までの動作をして見せながら言ったんだ。
それ以来、僕はほとんど暴投しなくなった。
◇◇
十月末になると、僕達のチームは地域の
ハロウィン集会に参加したんだ。
僕の住んでる地域の住宅街は、ハロウィンの季節になると飾りつけがされて、まるでアメリカの町みたいになるんだ。
家々の玄関にはハロウィンの輪っかがかけられて、カボチャのお化けや蜘蛛の巣や、コウモリや白いお化けなんかが飾りつけられて、電飾なんかも凄いんだ。
コスプレをした人達もたくさん集まって来て面白いよ。
監督は町内会の役員もやってて、監督の家にも子供達がたくさん集まるんだ。
だから僕達野球チームもお菓子を配ったり、参加券を集めて人数を集計したりして、監督の手伝いをするんだ。
出し物もあるよ。
前の年は、監督の家の広い客間にダンボールで迷路を作ったんだけど、去年はお化け屋敷をやったんだ。
直君は狼男で、聖司君はドラキュラ、僕はスクリーム、浩一君はフランケンシュタイン、木村君はゾンビ、山田君と英次君は血だらけの白衣を着たお化け、田中君は三角の頭巾をかぶった幽霊、江崎君は骸骨をやったんだ。
子供達は怖がってたけど、大喜びだった。
◇◇
耀がお化け屋敷に入って来た時は緊張した。
耀は黒いマントと三角帽をつけて、魔女みたいな仮装をしてた。
僕と直君が後ろから近づいて行って、脅かしたら、耀と一緒に来た、サッカークラブの桜ちゃんと美優ちゃんは怖がってたけど、耀はケラケラ笑って全然怖がらなかった。
僕が仮面をして、声も出さなかったのに、
「あなた、翔太でしょ!」
って、耀に一発で見抜かれちゃったんだ。
「何で分かったの?」
って、耀に聞いたら、
「そんなの、雰囲気で分かるよ」
って、言われちゃった。
◇◇
下級生と交代して、聖司君達と公民館に行ったら耀の母さんがバイオリンを演奏してた。
耀の母さんはシンプルな青いドレスを着て
演奏してた。
女優さんみたいに綺麗だった。
僕の母さんより十歳年上のはずなんだけど、耀の母さんは、僕の母さんと同じくらいの年齢に見えるんだ。
何ていう曲か分からなかったけど、どこかで聞いた覚えはあった。
ゆったりして、心に沁み入るような美しい
メロディーだった。
マイクなんかつけてないのに、バイオリンの音色が澄んでて、会場全体に大きく響き渡ってた。
「『タイスの瞑想曲』っていうんだよ」
って、聖司君が小声で教えてくれたんだ。
客席は超満員で、僕達は後ろの壁ぎわに立って聴いてたんだけど、それが最後の一曲みたいだったんで、僕は凄く残念だった。
演奏が終わると、会場から割れんばかりの
拍手が沸き起こったんだ。
「ブラボー! ブラボー!」
って、歓声も凄かった。
そしたらアンコールがかかって、耀の母さんがもう一曲弾いてくれたんだ。
しかも、耀と一緒にね。
◇◇
耀の母さんはステージに戻ると、
「皆さんありがとうございます。それでは、最後にもう一曲やります。 私の大好きな、『愛のあいさつ』っていう曲です。出来れば娘と一緒に弾きたいのですが、娘が断らなければね」
って言って、悪戯そうに笑ったんだ。
耀の母さんは、客席の前の方に座ってた耀を手招きしてた。
だけど耀は最初、手を振って嫌がってた。
でも客席から自然に手拍子が沸き起こって、
耀は逃げられなくなったんだ。
「耀! 頑張って!」
って会場の女の子達からの声援も凄かった。
耀は仕方なく舞台に上がったんだけど、
緊張して少し顔が赤くなってた。
でも母さんからバイオリンを渡されると、
覚悟を決めたみたいだった。
耀は少し音を出して音程を確かめてた。
それから深呼吸して、母さんを見て頷くと、勢いよく演奏を始めたんだ。
最初は耀がメインで母さんが伴奏してるよう
な感じだったけど、途中で母さんがメインに
なったり、耀が伴奏したり、何度も入れ替わ
ったんだ。
僕は何がどうなってるのか、よく分からなか
ったけど、とにかく二人の息がピッタリ合っ
てて、見事な演奏だったことだけは分かった
んだ。
軽やかで可愛い感じの曲だった。
短い曲だったけど、僕はウットリして聴いてたんだ。
二人が曲を弾き終わると、観客はもう総立ちだった。
「ブラボー! ブラボー!」
って歓声も凄かったし、五分間くらい拍手が鳴り止まなかったんだ。
二人は客席に向かって何度もお辞儀したり
花束を貰ったりしてた。
そしたら、耀が僕に気づいたんだ。
僕は一生懸命手を振った。
すると耀は僕の方を見て、とびっきりの笑顔で手を上げて、頷いたんだ。




