自切①
「子供は――時に残酷なものです。私にもそんな一面がありました」
間山泉は深く息を吐いた。
「近所の公園で遊んでいたときです。よく一緒に遊んでくれた男の子が、草むらから飛び出したカナヘビをみつけました」
そう、これくらいだったかしら、と泉は親指と人差し指で寸法を示した。
「私が怖がると、男の子は『平気だよ』と、カナヘビの尻尾を掴みました。男の子は怖がる私を面白がって、逆さまになったカナヘビを私の顔に近づけました。カナヘビは逃げようと必死に手足をバタつかせ、頭を左右に激しく振ってました。男の子が更にカナヘビを近づけたので、私は必死にその手を払いました」
泉は顔にかかる髪の毛を耳に掛けた。
「私の手が男の子のカナヘビを持つ手の手首あたりに当たると、カナヘビは大きくカラダを振られて、その勢いで飛んで行きました。私は男の子が手を放したのだと思いましたが、男の子の手にはしっかりと尻尾が残っていました。尻尾の切れたカナヘビを目で追うと、草むらに一目散に逃げていきました。そのときはかわいそうなことをした――と思いました。でも……」
泉は言葉を探す。
「男の子が言ったンです。『尻尾が切れても大丈夫だよ』って。男の子はそう言って、切れた尻尾を地面に落としました。私はそれを見て驚きました。切れた尻尾が動くなンて、そのときの私には想像もつかないことでした」
泉は視線を宙に彷徨わす。
「でも、男の子は、『面白いだろ』って笑ってました。私は――どうしたと思います? 尻尾が切れても大丈夫だと知り、安心して笑ったンです。尻尾のない不恰好な姿で逃げたカナヘビを思い出しながら、くねくねと動く尻尾を見て笑ったンです」
残酷ですよね、と泉は微笑んだ。
「後に、カナヘビのその行為は、生命を守るために備わった能力だと知りました。『自切』というンですってね。ご存知でした? 凄い能力ですよね。身を守るためにカラダの一部を切り離すことができるなんて……」
泉は肩で大きく息をして一点を見つめた。
「私も尻尾を掴まれたカナヘビと同じだったンです。もちろん尻尾を掴んでいたのは夫です。だから、自分を夫から守るために切り離したンです。私の場合、尻尾は心でしたが――」
泉は机の向かい側にすわる大羽刑事に、夫殺害について語りだした。