第37話:スープの熱と、朝の慌ただしさ
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第37話は、理想的な同棲生活の裏側に潜む「歪み」の予感です。
尽くしてくれる年下の恋人と、キャリアの頂点にいる自分。
二人の対等な関係が、少しずつ揺らぎ始めます。
朝、六時半。
キッチンから聞こえるトントンという小気味よい包丁の音で、私は意識を浮上させた。
かつての私の朝は、冷たいミネラルウォーターを飲み干し、テレビのニュースを無機質に眺めるだけの時間だった。けれど今は、寝室まで漂ってくる出汁の香りと、瀬尾さんの穏やかな気配が私を包んでいる。
「志保さん、おはよう。今日は会議が早いんでしょう? 胃に優しい野菜のスープを作りましたよ」
リビングへ向かうと、そこには完璧に整えられた朝食が並んでいた。
瀬尾さんは一階の店の準備があるはずなのに、私のスケジュールを完璧に把握し、栄養バランスを考えた食事を用意してくれている。
「ありがとう、瀬尾さん。……でも、無理してない? 自分の店の仕込みもあるのに」
「僕が好きでやっていることです。志保さんが美味しそうに食べてくれるのが、僕の活力ですから」
彼は私の髪を優しく整え、スープを一口飲ませてくれる。
熱い液体が身体に染み渡り、昨日までの疲れが溶けていく。
……けれど、その温かさに触れるたび、私の胸の奥に小さな、けれど無視できない「重み」が沈殿していくのを感じた。
私は彼に、何を返せているだろう。
激務を終えて深夜に帰り、彼に癒やされ、朝も彼に整えられて戦場へ向かう。
一方的な「受容」は、果たして「パートナーシップ」と呼べるのだろうか。
「……瀬尾さん」
「ん?」
「私、なんだか、あなたを搾取しているみたいで怖い。……私の成功は、あなたの時間を削って成り立っているんじゃないかって」
スープのスプーンを止めて呟いた私に、瀬尾さんは少しだけ驚いたような顔をし、それから困ったように微笑んだ。
「搾取だなんて。……僕は今、世界で一番幸せな『サポーター』ですよ」
その言葉は、どこまでも誠実で優しかった。
けれど、私の中の「鉄の女」が囁く。
大人の恋に、永遠のサポーターなんて存在し得ない。いつかこのバランスが崩れた時、私たちはどうなるのか。
幸せすぎるスープの熱が、今朝の私には少しだけ、喉を通る時に苦く感じられた。
第37話、いかがでしたでしょうか。
「搾取しているみたい」という志保の不安。
自立した女性だからこそ、一方的に甘えることに罪悪感を覚えてしまう……。
大人の恋愛のリアリティを感じていただけたら嬉しいです。
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