第17話 偵察飛行
レーン工業地帯西側。乾いた風が吹き抜ける中、砂煙を上げて進む一団があった。フラング共和国軍。整然とした隊列。無駄のない動き。掲げられた旗は、あくまで“中立”を示している。だがその進軍は、明らかに一線を越えていた。
「……ずいぶん堂々と入ってきましたね。」
双眼鏡を下ろし、ヨシアが呟く。高台から見下ろす視界の先。フラング軍は、レーン工業地帯の外縁部に陣を構え始めていた。
「“限定的展開”のはずだろ。」
ガルドが皮肉を込める。
「限定的に、しっかり陣地作ってますよあれは。」
レオンは黙ってその様子を見ていた。統制が取れている。少なくとも、ただの牽制ではない。
「…あれは、本気で奪いに来る気だな。」
短く言い切る。
その同時刻。
レーン工業地帯内部北区画では、怒号が飛び交う中、王国軍の警備部隊が作業員たちを押さえつけていた。
「動くな!」
だが――
「放せ! ここは俺たちの土地だ!」
「占領者に従う義理はない!」
怒りと恐怖が入り混じった声。そしてその中に、異質なものが混じる。
「今だ、やれ!」
その一言を合図に、数人の作業員が一斉に動いた。隠し持っていた武器が振るわれる。金属音、悲鳴、混乱。
「武装しているぞ!?」
「なんでだ、どこから…!」
混戦の中、警備兵の一人が叫ぶ。だが答えは出ない。その場にいる誰にも、分からない。
「報告です。」
指揮所に戻ったレオンに、エルナが書類を差し出す。
「北区画での衝突……作業員側に武器の所持が確認されました。」
「そうか。」
レオンは目を細める。
「種類は?」
「銃器、それに簡易爆薬。いずれも帝国製ではありません。」
一瞬の沈黙。ガルドが眉をひそめる。
「帝国製じゃない?」
「はい。」
エルナは静かに頷く。
「出所は現在調査中ですが……」
「……フラングか。」
レオンが呟く。断定はできない。だが、状況としては自然すぎる。
「隊長、これって…。」
グランが言葉を探す。
「内乱じゃなくて、もう“戦争”なんじゃ…。」
レオンは答えない。だが、その沈黙が答えだった。
その日の午後。航空801隊に、久しぶりの“任務”が下った。
「偵察任務…ですか。」
ヨシアが紙を見つめる。
「西側、フラング軍の動向確認。」
ガルドが笑う。
「やっと空の出番かと思ったら、覗き見ですか。」
「十分だ。」
レオンは短く言う。
「今は、情報が足りない。801隊出るぞ。」
「はっ!」
数分後、801隊は各々の機体に搭乗していた。エンジン音が基地に響く。整備されたばかりの滑走路。まだ完全ではないが、離着陸には問題ない。
「801隊、出動。」
「了解!」
四機が、順に空へ舞い上がる。そこは変わらず彼らの領域だった。
「…なんか、落ち着きますね。」
ヨシアが通信越しに呟く。
「地上より、よっぽど分かりやすい。」
「敵がはっきりしてるからな。」
ガルドが応じる。だが――
「いや。」
レオンが割って入る。
「今回はそうでもない。」
やがて、西側が見えてくる。フラング軍の主力と思しき部隊。その周囲に――
「…なんだ、あれ。」
グランの声が震える。
陣地の外側。そこには、ばらばらに動く小規模な集団がいくつも存在していた。統制はない。だが、明らかに武装している。
「作業員…いや、違う。」
レオンは目を凝らす。
「訓練を受けている動きだ。」
フラング軍と接触している様子も見える。何かを受け取り、散っていく影。
(……確定だな)
「全機、記録を取れ。」
レオンの声が低くなる。
「やつら繋がっている。」
「フラングの仕業だったのか。」
「裏で扇動していたんだろうな。」
レオンがガルドと無線で言葉を交わす中、ヨシアの声が割って入った。
「隊長、東側です!」
ヨシアの声が鋭く響く。視線を向ける。レーン工業地帯の北東。地平線の向こうで砂煙が舞い上がっているのが見えた。最初はかすかだったそれが、徐々に形を持ち始める。
「…軍だな。」
レオンが呟く。望遠装置越しに見えるのは、列をなして進む部隊。
装甲車両、砲兵、歩兵。ダッツ帝国軍だ。
「もう奪還に動いて来たか。」
ガルドの声が低くなる。
「かなりの数だ。前の比じゃないぞ。やつら数で押し切る気だな。」
地上と違って空は静かだった。王国以外に、この空を飛ぶ者はいない。
だが――
「地上が、全部敵になるかもしれませんね。」
ヨシアの言葉が、妙に現実味を帯びる。レオンは答えない。ただ、目の前の光景を見つめる。西ではフラング軍が陣を築き、内部では反乱勢力が武器を手にし、北東からは帝国軍が進軍してくる。
(空を押さえていても――)
結論は明白だった。
(地上を失えば、意味はない)
「全機、帰還する。ガルド、司令部に報告を入れておけ。」
「了解。」
レオンが静かに言う。
「帰って上と作戦を練る。」
「はっ!」
四機は旋回し、基地へと針路を取る。背後で、砂煙がさらに広がる。ダッツ帝国軍は、止まらない。フラング軍も、動きを止めない。そして工業地帯内部では抵抗の火が広がり続けている。
帰還後。司令部へ報告を終えたレオンは、短く言った。
「…全部来たな。」
ガルドが苦く笑う。
「空は俺たちのもんでも、地上はそうじゃないってことですね。」
レオンはゆっくりと頷く。
「ああ。」
「近く、801隊の初陣になるだろう。ガルドはもちろん、グランとヨシアにもしっかり働いてもらうぞ。飛べれば、だがな。」
レオンは、刻々と迫る厄介事に苦笑しながら、新任二人の肩を叩くのだった。
数日後、フラングは正式に、レーン工業地帯への介入を宣言した。




