人の心
漆黒の高級セダンが、都心を静かに走っていく。
後部座席には保守党の議員が乗っていた。
「人の心」
ボソリと発言した小さい声。
運転手は、聞き取れなくて聞き返してしまう。
「うるさい」
そう言うと、議員は窓の外を見た。
夕暮れの空に梁巣の顔が浮かんでくる。
人の心がなんだというのだ。人の心があるから、国を掌握しようとしているのだ。悪霊は人の魂だけが欲しい。仲間を増やすだけなら教団にいれば成し遂げられる。
だから『人の心』は持っている。
『お前こそ、俺たちに倒して欲しそうだな』
そんな事はない。
断じてない。
足がつかないように、計画的に、手下にやらせなければならない。
ただそれだけの事だ。
当然だが、自分が出ていって、殺ってしまえば、完璧でミスなく実行できるだろう。
だが、今後、全ての仕事に対してそうすることは無理だ。
然るべき者に任せないと、体がいくつあっても足りなくなる。
だから暴力のプロに任せたはずだった。
失敗したのは、依頼した連中の程度が低すぎたからだ。
ただそれだけだ。
議員はスマフォの画面をタップして秘書に電話をかける。
「おい。あの連中は使えない。もっと訓練された者はいないのか」
「金があればマシな者は呼べますが…… 今は、党首選の資金を削ることになりかねません。党首選を第一に考えましょう」
俺が党首になり、権力を掌握できれば、あんな連中など気にすることはないのだ。
どれだけ霊力が強くても、連中が国を牛耳ることはできない。
ただ、面倒なゴシップを書かれたりすることは避けねばならない。
潰しておくに越したことはない。
「教団内に優秀な者はいないのか」
「今一度探します。今日のこの後のスケジュールなのですが……」
秘書からのスケジュールを聞き始めると、角田の頭から『梁巣』の発言は消え去っていた。
堂島の取り調べ中に、坂田殺人事件が蒸し返された。
堂島はその監視カメラ映像を見せろと言った。
「それはできない」
「だったら、もう一度見てくれ。写っているのが本当に僕かどうか」
「ほら、これを見ろ」
取り出した写真に写っているのは別人だった。
「これ、僕じゃないですよね」
「……」
印刷した者が違うのか、と思い、警察は再度押収した監視カメラ映像を確認した。
そして取り調べ室に戻ってくる。
「なぜだ? まさか北上が映像をすり替えたのか」
「そんなことを大声で言うのはおかしくないですか?」
「だが、映像が全く違う。お前がすり替えた?」
本人もあり得ない、と思いながら、そう発言しているようだった。
「今見ている映像が本当の姿なんです。観測者に掛かっている呪いが解けたから、真実が見えているんですよ。その犯人は、さっき公園で暴力を振るっていたスーツの男でしょう?」
「えっ……」
慌てて別の者に指示して確認を始めた。
「大体、僕がどうやって坂田を止めているホテルの番号を知ったのか、とか、そういう裏どりがない。誰かの指示で、無理やり僕を犯人にしようとしているから、そう言うことになるんですよ」
「黙れ」
「……」
言いすぎた、と堂島は思った。
今の映像の状態でもう一度調べ直そうとしてくれているのだ。煽って感情を逆撫でする意味はない。
その日の夜遅く、容疑が晴れた堂島は、無事に開放された。
坂田が犯した殺人と、その坂田が殺された事件は正しいカメラ映像に戻ったことにより、解決したのだ。
これでしばらく警察にくることもないだろう。
堂島は安らかな気持ちになっていた。
堂島は警察を出たが、すでに電車は止まっている時間であって、そのままでは帰れない。
北上や沓沢もいないし、いたとしても送り迎えの為に毎度頼るわけにもいかない。
堂島は、たまたま営業している漫画喫茶を見つけて朝までの時間を潰した。
電車が動く時間になり、家に帰ろうと街を歩いているとカメラや照明など、機材を持った人たちが、ウロウロと大勢集まっているのに出会した。
結構、大かがりな撮影だ。個人でやる動画撮影とかではない。映画か、TVだろう、と堂島は思った。
「……」
興味本位でそれらの人々の中を覗き込んだ。
そこには、圧倒的オーラを放つ女性が立っていた。
女優の由依だった。
「あっ!」
思わず声を上げてしまい、周囲の注目を集めてしまった。
「カットぉ!」
「由依はいいんだけど、エキストラが全員NGだ。声がしても、目線を動かすとか、気にするような仕草しないで」
別のスタッフは、堂島の方を向いて言う。
「すみません、撮影中なんです。ご協力いただけませんか」
仕切っている偉い人が、周囲で札を出していたスタッフに指示する。
「もっとちゃんと、見張ってもらわないと」
「すみません」
このスタッフは僕のせいで怒られてしまっている。堂島は落ち込んだ。
「透くん?」
由依の声がした。
「なんでこんなところにいるの?」
汗を拭ってもらっている由依が、堂島に近づいてくる。
「何、この子、知りあい?」
「ええ」
堂島は感激で声も出ないという状況になった。
「こんなところで会うとは思わなかったわ。よかったらエキストラやる? 映画出れるかもよ」
「やります、やります!」
最低の夜から、最高の朝を迎えて有頂天になった。
この映画をきっかけに、新しい事件が始まるとも知らずに……
おしまい




