目的は婚約披露のパーティー、だった
私とルーファス様の婚約が公表されてしらく経った頃。
学院内での注目はそれほど気にならないくらいになっていた。
単純に言えば皆さんが慣れたか、興味を失ったということだろう。
私としてはありがたかったけれど、落ち着いたことで逆にもっと面倒なことが起きる破目になったのだ。
「まさか、このタイミングで貴族にお披露目するパーティーが行われるなんてね……」
呟きながらドレスを着せてもらっていた私は遠い目をした。
今日はバーネット侯爵家とレストン伯爵家が主催となって行われる、私達が初めて出席するパーティーがあるのだ。
目的は私とルーファス様を貴族達にお披露目するということ。
前を向こうと頑張っているとはいえ、人前に出ることに若干の恐怖はつきまとう。
特にルーファス様と私は身分に差があることもあって、招待されている全員から認められるかどうか不安だった。
なのに、我が家の使用人達は特に気にする様子もなく、己の仕事を全うしている。
これから戦いの場に挑もうという主のために、できれば何かコメントをしてもらいたい。
そんなことを思いながら、私はされるがまま使用人達に仕上げてもらった。
そうして、準備を終えた私は有無を言わさず、迎えにきてくれたバーネット侯爵家の馬車に押し込まれた。
使用人達の強引さに狼狽えつつ中に入ると、目を丸くしているルーファス様と目が合った。
「ルーファス様、ご、ごきげんよう」
挨拶をすると、ルーファス様はハッとして私から視線を逸らしてしまう。
少し冒険してみようと思って薄いピンク色のドレスにしてみたのだけれど、似合ってなかったのかしら? と私は不安になる。
「……いつもの私と違って驚かれましたか?」
「うん。そういう淡い色のものも似合うんだなって驚いた」
「え!? 似合っていると思って下さっていたのですか? てっきり、似合わないからと目を逸らされたのだとばかり……」
「違う! 三秒以上直視できなかっただけ!」
「ま、紛らわしいですよ!」
なんて心臓に悪いのだ。
ある程度はルーファス様のお気持ちがくみ取れるようにはなっていたけれど、これは分からない。
まだまだ修行が必要かもしれない。
「あのね。僕はどんなアメリアでも可愛いと思ってるの! だから、いちいち僕の反応に傷つかなくてもいいから!」
別の意味で心臓に悪い!
ぶっきらぼうだと思ったら、こうして唐突に甘い言葉を吐いてくるのだから油断できない。
お蔭で緊張が解れたけれど。
「……あ、頭に叩き込んでおきます……」
「それからアメリアのことだから、今日のパーティーで嫌なことを言われたりしたらどうしようとか思ってるかもしれないけど、それは杞憂だから」
「私の不安がバレバレですね」
「ずっと見てきたんだから、嫌でも分かる。大体、今日のパーティーの主催者は家やレストン伯爵家と仲の良い貴族だけを招待しているんだから。厳しいことを言う出席者はいないでしょ」
それを聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
招待客の一部にレストン伯爵家と仲の良い貴族がいるのは知っていたけれど、他はどうなのかと気になっていたのだ。
「貴族達から話しかけられても必要があれば僕が話すし、アメリアは側で笑っていてくれさえすればいいから」
「そうであれば、緊張しすぎてルーファス様にご迷惑をかけることはなくなりそうです。ですが、ルーファス様だけに任せてしまうのは申し訳ないので、できるだけ余計なことは言わずに頑張ります」
小さく拳を握ると、ルーファス様は若干不安そうにしていた。
これは信用されていないな、とすぐに気付くけれど、これまでのことを思い返したら、彼がそういった態度を取るのも仕方ないのかもしれない。
今回は絶対に大丈夫ですと私が力説していると馬車の速度が緩やかになったことでバーネット侯爵家に到着したのだと知る。
さあ、ルーファス様を立てて後ろに控えているのよ! と気合いを入れながら、私は彼にエスコートされ、パーティー会場に足を踏み入れた。
会場に入った私達は貴族達の注目を集めていたけれど、それは最初の内だけで結論から言えば私の不安だとか気合いは全くの取り越し苦労だった。
貴族達は温かく私達を迎え入れてくれたし、非常に和やかな対応をされたのである。
何より、ルーファス様が素晴らしすぎた。
いつもの仏頂面はどこにいったのかと思うほどの控え目な笑みを携えて、挨拶にくる貴族達の応対を丁寧にしてくれている。
社交の場で彼がどういった態度を取っていたのか見たことがなかったから、新鮮であった。
「それで? アメリアさんとの馴れ初めは?」
興味津々といったご夫人に、私はルーファス様を見上げる。
どこまで話せばいいのだろうかと悩んでいると、私を見下ろしてきた彼が安心させるように手を握ってきた。
「十年ほど前に、とある屋敷に招待されまして。そこで出会ったのが切っ掛けです。当時は名前も知らなかったのですが、姉の友人として再会しまして。そこから仲を深めていったのです」
「まあ、そうなの。なんて素敵な馴れ初めなんでしょう。ねえ? あなた」
「ああ、本当だね。初恋の相手と結ばれたということなのだから、羨ましい限りだよ」
ウットリと少女のように可愛らしく笑っているご夫人。
対して私は、口をポカンと開けてルーファス様を凝視している。
上手く私のあの思い出を隠して、素敵な話に持っていったルーファス様の手腕が凄すぎる。
こういった面もあるのかと驚いていると、顔を寄せてきた彼がコソッと私に耳打ちをしてきた。
「さり気なく隠せばバレないでしょ」
驚いた私が見上げると、ルーファス様はご夫人達に見えないようにニヤリと口の端を上げている。
でも、それは一瞬のことで、すぐに彼は好青年を思わせる表情になっていた。
これは相当、手慣れていらっしゃる。
側でフォローしようとしていた私は邪魔になるだけだわ。
大人しく笑顔で頷いているのが最善の選択よね。
以降、私はルーファス様の足手まといにならないように、あまり会話には参加しないよう心掛けた。
時折、私に話しかけてくる方もいて、そういうときは余計なことは言わないように気を付けながら当たり障りのないことを言うだけに留めていた。
でも、さすがに挨拶に来る方々が多い。
慣れない場所で常に気を張っていたし、こういった経験は無いに等しいから途中でヘトヘトになっていた。
ルーファス様と婚約したのだから、これからは絶対に必須だということは分かっているけれど、注目されるのはやっぱり苦手である。
常に中心にいるルーファス様やソフィー様はさすがとしか言いようがない。
踏んできた場数が違いすぎる。
「アメリア」
微笑みすぎて頬の筋肉が痙攣を起こしそうになっていた私は、ルーファス様に声を駆けられて我に返った。
「どうかしましたか?」
「笑顔が引きつり始めてるけど、疲れたの?」
「いいえ……と言いたいところですが、疲れました」
「正直者」
「返す言葉もございません」
「でも、アメリアにしては頑張った方じゃない? ほら、こっち」
そう言って、ルーファス様は私を物陰の方に連れて行く。
「まだ挨拶は終わっていないのでは?」
「重要な人には挨拶したし、いいの。僕としては気疲れした婚約者を休ませる方が大事だから」
「お気遣いありがとうございます……」
「ずっと姿を見せないわけにはいかないけど、ちょっとくらいならいいでしょ。それに、僕も疲れたしね」
「ルーファス様もですか?」
私などよりも余程慣れているのではないだろうか。
助かるけれど、私に合わせてくれいるのであれば申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「令嬢相手だったら適当に話をして逃げられるけど、今日は大人相手だったから。これからのことを考えたら最初が肝心だからね。だから、いつもよりも疲労が強い」
「……そういえば、ルーファス様は次のレストン伯爵になるのですものね。人付き合いは大事にしなければならないので、私よりも気を張っていたのですね。そのことに思い至らず、自分のことばかり考えていて、恥ずかしいです」
「最初なんて、皆自分のことしか考えてないでしょ。慣れてくれば、周囲にも目を向けられるようになるし、初めから完璧な婚約者を僕は望んでない。だから、そこまで思い詰めないでくれる?」
「はい、そうですよね。ですが、ずっとこのままではいけないと思うので、できるだけ早めにソフィー様のような淑女になれるように頑張ります」
この私の決意をルーファス様は何とも言えない表情を浮かべて聞いていた。
「姉さんのようになったら、僕が困る」とか言い出してしまったけれど、それはどういう意味なのかしら?
「何か仰りたいことがあるのかもしれませんが、令嬢方にとってソフィー様は憧れでもあり、目標ですよ?」
「……そうなったら、僕がアメリアを助けることができないでしょ」
私と目を合わせないまま、顔を赤らめたルーファス様は壁にもたれかかっている。
恥ずかしそうにしているということは、彼が本当なら私に知られたくはない本音を言ってくれているということ。
言葉の真意がなんなのか分からないけれど、彼は私を守りたいと思ってくれている。
その気持ちが本当に嬉しかった。
「私は幸せ者ですね」
「いきなり、なに?」
「私が傷つかないように招待客を選んで下さって、温かく迎えてもらったこと。それにルーファス様が私を気遣って下さっていること。その全ての配慮がありがたいのです」
「……前も言ったけど、母さんはアメリアを気に入っているからね。嫌な思いをさせて婚約を破棄するなんて言われたくなかっただけじゃないの?」
「それでも心遣いが嬉しいです。ルーファス様との婚約を破棄するなんて考えてもいませんが、大事にしてもらえるだけで光栄なのです」
周囲に誰も人がいなかったことから、私も自然に自分の本音を口に出せた。
ルーファス様は面食らったようになりながらも、多分嬉しそうにしてくれていた、と思う。
「ぼ、僕だってアメリアとの婚約を破棄することなんて考えてもないよ。今日だって、可愛くなったアメリアに惚れる奴がいないか気が気じゃなかったんだから」
「有り得ません! 多少、着飾ったところで私の見た目は変わりませんよ」
そりゃあ、着飾った姿を鏡で見たときは、やけに顔がスッキリとしているわね、と思ったけれど、元は普通の地味な令嬢なのだ。
だというのに、ルーファス様は盛大なため息を吐いてしまった。
「……分かっていたけど、アメリアって自分のことになると鈍感だよね」
「鈍感というか、地味だと言われ続けていたので信じられない気持ちの方が強いのですよ」
「まあ、それをひけらかすような子じゃなかったから、好きになったんだけど」
「ルーファス様!?」
突然の告白に私は目を瞠った。
衝撃で上手く喋れないでいると、ルーファス様はさらに言葉を続ける。
「言っとくけど、僕はアメリアが思っている以上にアメリアのことが好きだから。絶対に僕の方が好きの度合いは強いと自信を持って言えるよ」
いきなり何を言い出すのだろうか!?
改めて告白されると恥ずかしいことこの上ない。
けれど、ルーファス様の方が想いが強いという言葉には反論したい。
「いいえ! 想っている期間はルーファス様よりも短いですが、私の方がルーファス様を好きだと思います!」
「違うね。僕の方がアメリアのことを好きだよ」
「私の方が!」
「僕だよ!」
絶対に自分の方が相手を好きだと譲らず白熱していると、どこからともなく誰かの話し声が聞こえてきたことで私達は一気に冷静になった。
なんだか、とても恥ずかしいやり取りをしていたような気がする。
ルーファス様もそう思っていたようで、片手で目を覆ってしまった。
「凄くくだらないことを言い合っていたような気がする」
「ええ、私もです」
「とりあえず、どっちが相手をより好きかということは今後改めて話し合うとして、いつまでもここにいるわけにもいかないから、そろそろ会場に戻ろう」
「そうですね……」
今、優先させなければならないのは貴族達に婚約したことを披露すること。
折角、バーネット侯爵家と我が家が舞台を整えてくれたのだ。隠れていたままでは泥を塗ってしまう。
頷き合った私達は一緒に会場へと戻り、パーティーが終わるまで招待されていた貴族達と話をしたのだった。
こうして、私とルーファス様の婚約を貴族達に披露する時間が終わったのである。
招待されていたバーネット侯爵家と仲の良い貴族達の話により、私とルーファス様の婚約は家同士のものではなく、想い合ってのものだと周知されることになった。
10/15に「臆病な伯爵令嬢は揉め事を望まない」1巻と2巻がビーズログ文庫様から発売されます。
電子書籍の方には1巻はキャララフ、2巻は書き下ろしSSが付いています。
書き下ろしや加筆で恋愛多めになってますので、よろしくお願い致します!