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もしも……健康診断が異世界にあったなら

第5竜騎士団騎士団長レイ・アルフォードは検査結果の紙を握りしめ、数字を血走った目で追う。そこに記載された数字を確認して魔獣掃討の依頼書よりも普段の仕事書類よりも深刻な表情を浮かべる。


そんな検査結果のとある項目だけを以上に気にする多感な17歳の少年は最年少のA級ライセンス保持者。更に最年少での騎士団長就任と周囲の人間にしてみれば才能と運に恵まれた憧れの存在。


だが、現在。そんな人々の羨望を一心に集めた少年は手にしたとある紙を握りしめて深刻そうな表情で佇んでいた。その紙に刻まれた文字は“健康診断”の文字。暫く、そこに刻まれた数字を無言で睨んでいたレイは紙を無言で閉じるとため息を吐く。数字は嘘をつかないのだ。自身ではちょっと……うん……かなりちょっと……本当にちょっとだけ平均より小さいかもとは思っていたが……。


“もしかして俺って意外に小さい?”


ユークリッドによって“健康診断”なるものが導入され、年一回の健康診断が義務化されて初めての診断。再び手にした紙を開いて数字を確認したレイの眉間に皺が寄る。


“やっぱり小さいのか……”


そこに記載された数字は……明かせない。周りの数値が分からないのでなんとも言えないがもしかしたら自分は平均よりも小さいのではないかという結論に至ったのだ。そわそわと周りを見回せば身体測定を終えた同年代の面々が紙を見せ合って何やら言い合っているが自分にはそのハードルは高すぎる。何より最機密情報が漏れる可能性が高い。


「………………………………」


暫しの間、沈黙して考えてみた結果、レイはさりげなく自身の紙をしまう。そして一息吐くと自身の方針を心に決め、レイは自分の目的を果たすために動き出す。


“誰かに自身の身長を知られることなく、周りの同年代の平均身長を知る“


それが最年少でA級ギルドライセンスを保持する自分に出来ない訳はないとレイは小さく拳を握った。




「あー、少し尿酸値がたけぇな」


年齢毎に分けられた会場でアルフレッドは自身の検査結果と検査結果による弊害の書かれた紙を見上げてため息を吐く。そしてそのまま同じように検査結果を握りしめた第5竜騎士団副団長を見る。


「お前はどうだったんだよ?」


その問いかけに有能なのに“残念”という周囲評価が定説になりつつある第5竜騎士団副団長ユークリッド・コンフリートは自身の検査結果と紙を見比べる。


「ちょっと血糖値が高いですね」


今も自分の検査結果が規定値ないかを確認してユークリッドはアルフレットに視線を移す。


「尿酸値が高いと痛風になりやすいですから気をつけて下さいね」


「痛風?」


「酒や魚の卵などに含まれるプリン体という成分が原因の病ですよ」


第5竜騎士団副団長交代の原因ともなった病を口にされ、アルフレットは自身の検査結果に目を落とす。他の数値よりもいくぶん高い数値に嘆息する。


「仕事の息抜きの酒には塩っからいつまみが最高にうまいんだけどな」


「若い頃からの健康管理は健康寿命を伸ばします。適度な運動に野菜中心の食事が自身の健康を伸ばすんです」


日々の仕事の疲れを部下や上司と飲む酒で癒しているアルフレットの言葉をユークリッドは真顔で遮る。ユークリッドの真面目な表情にアルフレットは呆れた顔で突っ込む。


「お前どんだけ健康に気を使ってるんだよ」


その言葉にユークリッドは淡々と返す。


「何を言うんですか、健康はお金で買えないんですよ」


前世、健康管理を怠ったがゆえに娘の結婚式に出ることが叶わなかったユークリッドは切なげに息を吐く。


「もうあんな思いはしたくありません。ですから今世では娘の結婚式で一緒にバージンロードを歩くまでな死ねないなと思いまして」


「どんな思いだよ!どんな!」


ユークリッドの凄まじいまでの突っ込みを要求する発言に全力でアルフレットは突っ込む。


「つーかわ娘の心配する前にまずは結婚しろよ。結婚!」


「もちろん」


当たり前ですと胸を張るユークリッドにアルフレットはげんなりする。将来、生まれるかも分からない娘のために全力で日々の健康を気にかけるユークリッドにアルフレットはため息を吐く。そして達観した表情で言葉を紡ぐ。


「まぁいいわ。お前が健康で第5竜騎士団の副団長を元気に努めてくれるなら。それが例えまだ生まれもしてない将来の娘の結婚式のためでもな」


同じ年齢なのにどこか斜めな思考を持つ上司に全力で突っ込んだアルフレットはユークリッドに真剣に付き合ったら身も心ももたないと早々に話題を変える。


「つーか俺達が終わってるってことは我らが上司様も終わってる頃あいか?」


若干、疲れの見えるアルフレットの言葉にユークリッドは“たぶん”と頷く。


「10代は若いですので。検査項目も身長、体重に視力検査だけですし」


受ける人数と年齢の違いから受ける検査項目が違うために部屋を分けたのだ。心電図は新入団員と高齢の団員だけ。健康優良児の 上司はもれなく10代枠での健康診断を終えているだろう。何かの手違いがなければ細かい尿酸値や血糖値などの項目が増えた20代の検査よりも早く終わる筈だ。


「迎えに行きましょうか?」


「だな」


ユークリッドの申し出にアルフレットも頷く。初めての取り組みのためか検査項目の説明を読むために溢れてきた人並みから逃れるように二人は会場を後にした。




「なぁ、お前身長いくつだったんだよ?」


その言葉に耳をそばたてたレイはそれとなくバレないように部下の背後を通る。その際に全力で気配を消して、部下の身長の数字を確認していく。


“172センチか”


盗み見た紙の自分と同年代の身長はなぜか10センチほど高い。眉間に皺を寄せ、新たな獲物を見つけるべく会場内を移動する。


「わぁ!背が伸びてる!」


昨年の入団者の声にレイはすかさず駆け寄る。喜びに満ちた3つ下の人間の容姿を覗き込めば身長は自分と同じくらい。


「…………………………」


その事実に打ちのめされたレイは静かにその場を離れて深呼吸する。


“落ちつけ、俺”


壁に手を当てて心を落ちつける。まだ自分が同年代の平均値よりも小さいと決まった訳ではない。深く深呼吸をし、レイは無言で会場内の同年代を睨み付ける。きっとこうしてる間にも自分よりも背の低い同年代は隠れている筈だ。まだ自分が最下位と決まった訳ではない。


“見つけなくては”


よく分からない気持ちに駆られたレイは会場内に目を凝らす。どうか自分よりも低いやつがいないかと。必死に自分よりも背の低い人間を探していたレイは気付いていなかった。その涙ぐましいまでの努力にアルフレットが生暖かい目を自分に向けていることを。


「何やってんの?あいつ……」


至るところからあがる“身長”の言葉に反応し、もてる身体能力を駆使して自分よりも背の低い同じ年齢の人間を見つけるために会場を順応無人に走り回る上司の姿は“切ない”の一言に尽きた。




「は?自分よりも背の低い人間を探してた?」


上司を健康診断会場から回収したアルフレットは傍らで“この世の終わり”と言わんばかりの表情を晒すレイに目を瞬く。アルフレットの意味が分からないという表情に普段ならもれなく大盛を注文するレイは昼食にも手をつけず、机に突っ伏す。


「背の高い人間に基準値よりも小さい俺の気持ちなんてわかってたまるか!」


アルフレットとユークリッドとともに健康診断後は昼食を摂ることにしたレイは深刻な表情で口を開く。


「いいか!もしかすると同年代の中で俺が一番背が低いかもしれないんだぞ」


「だからそれがどうしたんだよ」


身長はないかもしれないが人間としては年下でも上司として尊敬出来る相手にアルフレットは目を瞬く。その返答に少し顔を上げたレイはアルフレットを涙目で睨む。


「背の高いお前らに俺の気持ちなんて分かるか!」


自分を育ててくれた親も一様に背が高く、いつか“ああなれるかも ”と抱いていた希望は今日の身体測定で見事に打ち砕かれた。自分は今も小さいままだった。


「やつらは隊服が小さくなったと言っては服を作り直すんだぞ」


自分と同年代の人間が毎年のように身長を理由に服を新調するのがどれだけうらやましいと思うのだ。


「俺なんて普段着は消耗品だから作るけど、正装は就任してから一度も作り直してないんだぞ」


「ああ……」


出会ってから目線の変わらない上司の悲嘆にアルフレットは嘆きを汲み取る。


「身体測定で数値化されるまでは俺ってちょっと……ちょっと小さいだけかなと思えてたのに!」


そう言うとレイは顔を覆ってしまう。普段は頼りがいのある上司なだけにその姿は年齢相応で安心するなと思いつつアルフレットがさてなんと言うかと悩む中、ユークリッドは真剣な表情で口を開く。


「団長、男の価値は身長じゃありませんよ」


「ん?」


横手からかかった声にアルフレットは自分の横を見る。ユークリッドの言葉に絶望的な表情をさらしていたレイはすがるように見上げる。それにユークリッドは慈悲深く微笑む。


「男の価値は度量と経済力です」


「度量と経済力……」


小さい頃に好きだった幼馴染に告白したら“私、自分よりも背の低い子嫌いなの”と言われたトラウマを持つレイはその言葉を繰り返す。度量は分からないが“経済力”に関しては保証できる。最年少でA級ギルドライセンスを持ち、第5竜騎士団団長であるためだ。


「俺って結婚できる?」


背の低いことがコンプレックスだったレイはユークリッドの言葉に一抹の希望を見いだす。その言葉に上司にだけ見える後光の光を纏ったユークリッドは深く頷く。


「はい、大丈夫ですよ」


その言葉に数値として自身の背の低さを突きつけられた第5竜騎士団団長は安堵の息を吐いた。



「まず、団長は身長を気にされておられますが結婚生活に身長はなくても困りませんよ」


すがるような瞳を向けられたユークリッドは上司のコンプレックスを軽くする。前世の結婚生活の経験から言わせてもらえばむしろなくて困るのは“経済力”と相手を思いやる気持ちだ。


「そうなのか?」


背が低いことがコンプレックスのレイは少し希望を見いだした表情を自分の副官に向ける。


“一体、何の話だ……”


身長の話からなぜか“結婚生活”に必要なものについての話になったのに困惑しながらもアルフレットも聞き耳を立てる。ただ教師本人も結婚していない相手なので正確さにはかけるが必要な情報である。ユークリッドと上司の掛け合いを食事をとりながらも眺める。年下上司の不安を払拭するべくユークリッドは微笑む。


「まず相手の生活を維持するというのが結婚生活において男性に求められる役割です」


「……そうだな」


現代社会においては女性の社会進出もあるがこの世界では女性は結婚したら家に入るのが当たり前だ。そのため、幸せな結婚生活の維持には男の経済力は必須なのだ。そして……


「そして何より家族の幸せな生活のため。常に経済力を維持するためには日々の健康もかかせません」


痛風の原因になる“尿酸値”や糖尿病の原因になる“血糖値”の上昇は毎日の健康管理が欠かせない。


「そうだよは」


「………………………………」


ユークリッドの口車に乗せられて同意する上司にアルフレットは嘆息する。


「ですので、来年も是非とも健康診断を行いましょう」


「おう!いいぞ!」


身長が低いことにコンプレックスを抱える少年はユークリッドの言葉に満面の笑みで頷くのだった。



後に……


「背が伸びて、服が追い付かないぜ」


遅れてやってきた成長期に狂喜乱舞した上司がそう困った風を装いながらもウキウキの表情で毎年、正装を注文するようになるのはまた別の話……。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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