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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第六章
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第73話 退屈なモノカミ

「クニヌシ様。どこ行っちゃたんだろ。早く帰りたいんだけどなぁ」


夏樹たちを送り出した後、モノカミは退屈そうに淳之介の部屋に寝転んでいる。暇を持て余しているらしく、淳之介が裏の顔として執筆しているライトノベルを、まるで雑誌を読むようにペラペラとめくっているが、速読にもほどがある。


「それにしても。笑えるな〜淳之介、結構たまってるんじゃないの」


少し伸びた藍色の前髪の分け目から、女の子のような可愛い顔立ちにゲス顔がよく映える。読み飛ばしているようで、淳之介の書いた中でも隠微なシーンだけを抜き取るように読んでは飛ばす。その繰り返しにも飽きてきた頃。廊下の方から静かに歩いて、こちらへやってくる足音がする。モノカミは、それに気付きニヤリと笑うと、ゆっくりと体を起こした。


ふすまの向こうから、足音の主が淳之介の部屋にいるモノカミに声をかけた。


「文乃です。モノカミくん、入りますよ」


モノカミが拓海に憑依した時、文乃が初めて援軍でやってきて以来、二人は顔を合わせても文乃が対面するのを避けているようだったが。モノカミは興味深そうに、神殺しが出来そうなほどの霊力を備える文乃の方を見ている。


今日の文乃は、儀式や境内での奉仕の時とは違い、普通の15歳の娘らしい装いだ。日に焼けたことがないであろう、文乃の透けるように白い肌を隠すように、小さな花柄のシャツは長袖。一方でスラリと伸びた白い足は隠すこともせずに、タイトなデニムのミニスカート。素足の文乃は部屋に入ってくると、エアコンの冷気が逃げないようにふすまを静かに閉めると、リラックスした様子で胡座あぐらをかくモノカミの前に正座をした。


「で、何か僕に御用?」


文乃はクソ真面目な顔で真っ直ぐとモノカミを見ているが、前回のモノカミのピアスのこともあり、内心ドキドキしていた。だが、そういう心情をモノカミに知られると、また辱められるに違いない、と文乃は上っ面だけでも平常心を装っている。つもりだ。


「まだ話す心の準備、できてないの?あやのん?」


図星である。


「聞きたいことがあって」


「いいよ〜。なんでも聞いて。ちょうど、淳之介も境内で忙しそうだし、今がチャンスなんじゃないの?」


そう言うとモノカミは胡座を解き、ゆっくりと文乃に近づく。文乃は思わず、あ、っと小さく声を上げると、モノカミはその声の方に向かい、立膝をついて文乃のすぐ目の前に座った。モノカミは文乃を確かめるように、両手で文乃の輪郭を探し当てると、顔から首筋、肩へと手のひらを滑らしていく。


「ちょっと・・・近すぎるんだけど」


「気にしない、気にしない。さあ、話を聞こうじゃないか。僕は目が見えないって知ってるでしょ?」


毒を持った言動と相反する可愛らしいモノカミの顔が至近距離な上に、若干、モノカミの足が文乃の正座した膝に触れているのも、まだ文乃には刺激が強すぎる。が、モノカミが素直に言うことを聞くはずもなく、文乃は気を取りなおして話し始めることにした。


「ナギ様が姿を消して、随分経つでしょ」


「らしいね」


モノカミの視線は、文乃の濡れたような黒髪がかかった肩の辺りに注がれている。文乃はそんなモノカミの顔に見惚れているのか、思ったように言葉が思い浮かばない。今度はモノカミから意図的に視線を外し、文乃は自分の太腿ふとももに目をやると、視界からモノカミが消えて少し落ち着いた。


「私・・・ナギ様がいなくて、使い切れない霊力を持て余してるの・・・。どうしていいか分から」


言葉の途中、うつむいた文乃の額に、モノカミは人差し指で優しく突いた。文乃が上目遣いに指の先を見ると、モノカミが何故だか嬉しそうな顔をしている。


「なんでうつむくの?僕のこと見れない?」


文乃は心の中でやっぱり見えているんじゃ、とモノカミを疑いの目を向けながら顔を上げた。小さく咳払いをすると、今度は見えていないモノカミの両目をしっかりと見つめ話し始めた。


「それで、使いきれない力を何かに使えないかと思って」


「僕もちょっと分けてもらってるし、神社の周辺をナギ様の代わりに浄化してるんじゃないの?それでもまだ余ってるわけ?」


一時期、危険視されていた悪霊まがいの黒い影の主を祓うために、淳之介がナギの代わりをしばらく勤めていたが、その後は文乃が引き継いでいたはずだった。ところが、その影の主の存在が判明したために、警戒を怠っているわけではないが、今では以前と変わらず淳之介の霊力で十分、周辺一帯は護られているのだ。この事実を知っているのは、クニヌシと淳之介、文乃の三人のみ。


そういった裏事情があり、文乃はナギのいる岩を毎朝毎晩、1日2回、水場の周囲を浄化しているだけである。子供の頃はそれだけで疲れきったものだが、体の成長と共に文乃の力は倍増し、クニヌシに神クラスなどと揶揄されるレベルまで上がっていた。


クニヌシとの約束で、この件はモノカミにも話せないため文乃は返答に困ってしまう。


「そうなんだけど・・・とにかく他の何か別のことに役立てばいいなって思って・・・」


前のめりで話を聞いていたモノカミが体を起こして、文乃から少し体を離した。何かを考えるように両目を閉じ、天井を見上げている。文乃は少し緊張しながらモノカミの言葉を待っていた。


「あるっちゃあるけどね」


「どんなこと?」


「簡単だよ。その霊力をもっと僕に分けてくれない?クニヌシ様がいないと、あちらにも帰れなくてさ、体力温存っていうの?こうして霊力を消費しないように待ち時間が増えてるんだ。でも、あやのんが十分な補給をしてくれたら助かるんだよね」


難しいことではないが、モノカミに自分の力を本格的に伝達させる方法を考えると、あの晩のモノカミのピアスのことが浮かんでしまい、それが毎日になるなど受け入れられない、と文乃は思った。


とはいえ、持て余した力を放出しなければ、眠れない夜が続いてしまうことも事実。モノカミは文乃が断れないことを知ってのことか、黙ってただ文乃の返事を待っていた。

読んでいただきありがとうございます。SとMの関係が出来上がってきています。

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