第72話 全てはギフト
「お姉様、人が多過ぎませんこと?」
夏樹の買い物に付き合っているユリアとウララは、ひらひらと行き交う街の人混みの中で浮遊しながら、夏樹についている。双子からすれば、街中には人で溢れかえっているように思えるらしい。
「ウララ、あなたの言う通りね・・・もう、うんざり」
「ユリアお姉様」
妹のウララが人波より少し高い位置まで浮上すると辺りを楽しそうに見渡している。
「なあに?どうしたの?」
「間引く、というのはいかがです?」
あら、とユリアまで嬉しそうに妹の横に並び、周囲を見ながら既に値踏みを始めた。夏樹は苦笑いしていたが、実際に行動を起こしかねない二人に危惧したのか、空を見上げて姉妹に懇願するように言った。
「今日は止めていただけると・・・」
「そう?少し減らした方がいい気がするのだけど。でも」
姉のユリアは夏樹のすぐ隣まで降りてくると、キラキラと光る粒子でもついているかのような、身に纏っている薄衣で夏樹をふわりと覆った。
「夏樹、お前のお願いなら聞いてあ・げ・る。ね、ウララ?」
「はい、お姉様」
街は大惨事を回避することができた。だがしかし、双子が間引きたくなるのも頷ける人の多さ。実際のところ、夏樹の方が人混みに酔ったようにぐったりとし始めていた。
「私、あの店に入ります!」
そう言って夏樹が指差した先には、街で一番大きなショッピングモールが見える。姉妹はさほど興味がないようで、ほうと一言だけ口にして夏樹の後をついていった。
「あら、嫌だわ。もっと人が多いじゃない。ウララ、私たちはこの辺りでふわふわしてましょうよ」
「賛成ですわ!」
ビルの玄関口にある、夏樹が入ろうとしている店は雑貨が売っているのが分かった。夏樹は目を輝かせて、ショーウィンドウにすっかり見入っている。ユリアたちの声は夏樹には届いていないようだ。可愛い雑貨に心を奪われている夏樹の耳元でユリアが囁いた。
「楽しみなさい。あなたが満喫した頃に戻ってくるわ」
夏樹は間近に迫るユリアの美しい顔に目を向け、分かったとばかりに笑顔で応えると、姉妹は夏樹に小さく手を振りながら、夏樹を見下ろす位置まで上がると、にっこりと優雅に微笑み、人混みを避けて上空からどこかへ行ってしまった。
夏樹は集中して物色することにした。ウィンドウを離れ、ビルの入り口へ向かいながら、すれ違う同世代の女の子たちの華やかさに気後れしたのか、思わず俯いてしまう。入り口をいそいそと目立たぬように入っていくと、夏樹は雑貨屋ではなく、そのままモールの中を進んでいった。
モールの中央付近には2階へ上がるエスカレーターがあり、若い娘たちが好む服の売り場となっていた。
(出来るだけ安く済ませたいんだけどな)
どこも夏樹の目には眩しいほどにきらめいて見えるのだが、最近の流行りもショップも分からない。2階をぐるりと歩き、店頭で値札を確認しながら相場はつかんだようだ。
(ここ、かな。安くて、結構可愛いし。そっか・・・上下で組み合わせるより、夏物ならワンピース1枚買うほうが安い場合もあるのね。うーん悩むな)
店を決めたものの選べずに店前をウロウロとしているところで、夏樹は後ろから肩を不意に叩かれた。知り合いがいるはずもなく、驚いて振り返ると明日香が立っていた。
「驚かせてゴメンなさい!あの・・・あなたは拓ちゃんのお友達?」
自分のことがバレるのではないかと夏樹は(ないが)肝がキンキンに冷えた(ような気分になった)。しかしながら、明日香はあくまで夏樹のことを見知らぬ少女としてみているようだ。ライバルというべきか。
「あ、うん。どうして分かったの?」
「マンションの下で一度すれ違ったことがあったから。ちょっと雰囲気が変わってたから勘違いかな、って思ったんだけど、そのTシャツ、拓ちゃんも前に着てたし・・・」
メンズだと分かる夏樹が着用した時のTシャツのサイズ感。だが、胸元に小さくワンポイントの刺繍が入っただけの白いTシャツ。明日香はよく見ている。夏樹は懐かしい旧友との対面なのに名乗れないことを残念に感じた。
「あ、ああ・・・えっと、私は遠い親戚なんだけど、居候させてもらってて。もうすぐ・・・帰るんだけどね」
明日香は思いがけない夏樹の言葉に、一瞬、懐疑的な視線を向けたが、もうすぐ帰ると言った時の夏樹の遠い目を見て、心なしか安心した。一方で昔から知っている誰かを思い出していた。
「そう、なんだ・・・。今日はお買い物?」
「そう。私、拓海に服を借りてるんだけど、自分の服を買おうかなってね。ハハ、もう帰る直前なんだけど」
偶然が必然になることもある。
明日香は6階にある本屋に行った帰り、下りのエスカレーターの上から拓海のTシャツを着た、見覚えある夏樹を見かけたというのだ。夏樹が2階をぐるぐると悩んで回っている間ずっと、声を掛けるべきか否か、明日香は苦悶しながら後をつけていたらしい。
少し会話が弾んだところで、二人は友人のような距離感に少しウキウキしていた。明日香はこれまで初めての嫉妬に苛まれ、拓海にも夏樹にも恨み節が先に立っているような不快な状況だったのが、当の本人に話しかけてみると不安は消え去り、予てからの友人のように夏樹と話すことができたことが嬉しかった。
「ねえ、お買い物に付き合ってもいい?一緒に探すよ?」
かつての同級生だったことがバレて問い詰められるんじゃないかとビクビクしていた夏樹。それが、今では、明日香ともっと一緒にいたいと思い始めていた。
読んでいただきありがとうございます。同性の友人はライバルにもなりますけど、やっぱり大切な存在ですよね。




