第49話 二度目の儀式 前編
「夏樹ちゃんが見つかった?ええ・・・あの家の前で」
拓海は夏樹を梓から取り戻した後、クニヌシと一緒に夏樹を連れて帰宅したところだった。心配していた淳之介たちにも報告を兼ねて、電話で拓海は淳之介に見たままを話した。
「そうですか。親父さんが。その話、今度詳しく聞かせてください。単なる人攫いってわけじゃなさそうですし、僕と文乃は力になれると思います。とりあえず、今日のところは無事で何よりでした」
「うん。淳之介、ありがとう。明日にでも、そっちに行かせてもらうよ」
夏樹はクニヌシの術で眠らせている。ベッドの傍らにはモノカミがいつになく真剣な顔で座り込んでいた。電話が終わって部屋に戻ってきた拓海にモノカミが声をかけてきた。
「たっくん、ちょっと話せる?」
「ああ。でもさ、電気くらいつけようよ。夏樹は無事だったんだし、こんなに暗くなる必要ないって」
モノカミにはそもそも照明の有無は関係ない。が、暗いお葬式ムードを掻き消したくて、拓海は部屋の電気をつけた。
「クニヌシ様もいるんでしょ?お二人に話があリます」
「改まってなんだよ。モノカミの真面目な顔は怖いんだが」
拓海の軽口にも乗ってこないモノカミは無言で台所へ移動した。拓海も仕方なくついて行く。クニヌシはすでに台所でビールを飲み干し中。
「どうした、モノカミ。夏樹にあれから何か異変でもあったか?」
「お二人に許可をいただきたいことが二つあります」
モノカミはいつもの茶化すような話し方ではなく、医者が患者の家族にこれから行う手術の説明を行うような話しぶりで、今後の夏樹について語り始めた。
「まず、なっちゃんはもう一度、玉の中に入る必要があります。一つ目のお願いは、玉を一つ、今夜にでも使わせていただきたいということ。なっちゃんは今夜のことで、かなり精神が汚染されています」
夏樹の魂に汚れが生じると、普通の人間よりも心の闇が増大しやすい傾向があり、悪霊とならないために、定期的に赤い玉で魂を浄化する必要がある、とモノカミは夏樹の仕組みを説明した。
「日常生活の中で起こる、怒り、悲しみ、嫉妬といった感情くらいであれば、定期的に摂取する赤い玉一粒で十分すぎるほどです。同時に体の成長も促進するわけですが」
「であれば、次の一粒を摂取すれば、今の夏樹の負の感情も浄化できるんじゃないのか?」
拓海は夏樹との別れは覚悟は出来ているつもりだが、出来るだけ先延ばしにしたいと思っている。だから、もう一度、あの玉の中に入るということは、残りが一粒となってしまう。
つまり、次を摂取すれば、約3週間しか一緒にいられない、ということになる。
「たっくん、次の摂取まで待てないこと、それから、今回の精神汚染はそれでは全然足りないほど深刻だということなんだ」
「もし、今、玉に入らなかったら、夏樹はどうなる?」
「自分を失って悪霊になって、元の家に自ら戻っていくか、目の前にいるたっくんを呪い殺そうとするかも」
どちらにせよ選択の余地はなく、想定よりも早く別れはくるが、夏樹を悪霊にしないためにも、もう一度あの儀式を行う他、救う方法はない。
「じゃあ、また儀式を行うとして、夏樹が最後の一粒を飲んだ後、最後はどうなるんだ?結局、悪霊になるんじゃ」
クニヌシはここまで一言も発せず、モノカミの説明を聞いているだけだだったが、モノカミが最後の夏樹の処遇に関して、クニヌシに願い出たいことがある、と以前モノカミが話してきたことを思い出していた。
「そこで、俺の出番なんだろ?モノカミ」
「はい。こうなる前に、クニヌシ様には正式にお願いしようと思ってたんですけど。まだ、なっちゃん本人にも、たっくんにも話してなかったので・・・」
最後の一粒を夏樹が摂取し、ここから約3週間はこれまでどおりに暮らしていくことが可能だ。その後は夏樹の魂を浄化してやる玉はない。よって、そのままにしていると悪霊化してしまう。
そうならないために、当初のクニヌシとモノカミの構想では、次の玉が必要となる直前に、夏樹の生を強制終了させ、クニヌシが常世の国へと亡骸ごと連れ帰るというものだ。
「待ってくれよ。それじゃあ、クニヌシは、まるで死神じゃないか」
「まあ、そうかもしれないな。俺の務めは人の死後、その魂を正しく導くことだ。今、お前がいる現世と死後の世界というのは全く別の場所にあるわけではない。背中合わせにあるもの。どちらに存在しているかが重要なのだ」
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