第48話 ハットの男にご用心
前話で玉は後一つと書いてしまいましたが、後二つでした。これからの展開でいくと、一つ足りないな、、、と思って、確認しましたら、まだ二つ残っておりました。。。で、修正しました!失礼いたしましたm(_ _)m
「お嬢さん、道に迷ったのかな?」
「え・・・いえ、その」
ハットをかぶった背の高い男が夏樹に不意に声を掛けた。その優しげな笑い顔は、どことなく拓海に似ている。家路へ急ぐ人々の群れの中で、男は人の気配がしない夏樹だけを見ていた。
「君。人間じゃないね?ああ、怖がらなくていいよ。僕はね、向こうとこっちを行き来してるくらいだから、大抵のことは驚かないんだ」
「・・・・・」
夏樹は穏やかに話す男からは懐かしいものを感じるのに、何故だか震えが止まらない。怯える夏樹に男はすっと手を伸ばし、首筋に指を当てた。夏樹ほどではないが、この男からも血が巡っているという体温をほとんど感じないのは何故だろう。
「僕は橘梓っていうんだ。君は?」
陽気に自己紹介した男は拓海の父。夏樹はこの場から逃げ出したかったが、橘と聞いて、梓と話してみることにした。行く宛てもないし、拓海の失踪中の父親となれば、夏樹も気にならないわけがない。
「拓海のお父さん、ですか?失踪中と聞いてましたけど」
「そうだよ。色々と大人の事情があってね。それで君は?」
「・・・・ユリア」
梓はちょっと考えてから、会社帰りのサラリーマンや部活帰りの学生たちの往来を見て、夏樹に場所を変えようと提案した。夏樹は双子の名前をとっさに使ってしまったことが梓にバレていないか心配したが、すんなりとユリアという名前で梓は受け入れたようだ。
「息子や妻の様子が気になって、時々、こちらにも帰ってきているんだ。その時に使っている部屋があるから、とりあえず、そこに行こうと思うんだけど。ユリアちゃん、いいよね?」
夏樹はどこに連れて行かれるのか不安だったが、小さく頷き、梓に背中を軽く押され、来た道とは反対に歩き始めた。
きっと文乃たちが自分を探しているだろう、と思うと申し訳ない気持ちになる。そして、血の通った明日香と拓海の二人を想像しては、居場所はないのだと自分に言い聞かせ、梓について歩き続けた。
いくつもの角を曲がり、ふと気づくと、駅前の賑やかさも明かりも夏樹が思っていた以上に遠ざかっていた。目の前は住宅街へ続く薄暗い街灯と家から漏れてくる部屋の光だけ。
「どこまで行くんですか?この辺りは・・・」
「うん。僕たち家族が10年前まで住んでいた辺りだよ」
にこやかな梓の笑顔が逆に怖い。夏樹は駅に戻ろうとしたが、夏樹は梓に手を掴まれてしまった。梓が何やら呪文を唱えると、梓の手首にあった白い腕輪が龍となり、シュルシュルと紐のように伸びてくる。その小さな体がクリスタルのように透き通った龍は、二人の手首に手錠をかけるように、つないだ手の上からしっかりと絡みついていた。
周囲は住宅地、大きな声を出せば、こちらの勝ちと思った夏樹。あらん限りの声を振り絞って叫んだ。だが、気づく家はない。声が周囲に届いていないようだ。
「夜遅くに、そんな大きな声を出したら近所迷惑だよ。と、言っても、僕の結界の中にいるんだから、外から僕らは見えないし、声も聞こえないんだけどね」
梓は夏樹の手を優しく握りしめ、こわばった夏樹の表情を見ても気にせずに歩き始めた。夏樹はまるで駅にある、歩く歩道に立っているようだ。夏樹が進みたくなくても、どんどん進んでゆく。
「そう怖がらないで。僕は君の子供の頃をよく知っているよ。もっと元気のいい明るい子だったと思うけどなぁ」
また幾つかの角に差し掛かったところで、見覚えのある一軒の朽ち果てた家の前にやってきた。夏樹は表札を見た時に、懐かしさと恐怖の感情がごちゃまぜになって発狂しそうになった。
「ここ、君の家だろ?夏樹ちゃん」
夏樹には凄惨な死を迎えた日の記憶がない。あの光景は赤い玉の中で生み出される際に、モノカミが吹き入れた煉獄の炎に焼き尽くされ、生前の負の感情は全て焼却されている。だが、現場となった自宅を前にして、消えたはずの記憶の断片が夏樹の脳裏をかすめ、少しづつ痛みを伴い増大していくのを感じていた。
「私・・・行かない・・・行きたくない」
「でも、君のお父さんとお母さんは家の中で君を待っているようだけど」
「どういうこと?分からない、分からないよ・・・拓海、助けて・・・」
息子の名前を聞くと梓はため息をついて、立ち止まってしまった。親バカだな、と梓は苦笑いすると、夏樹の手を引いて家の前から立ち去ろうとした。
「おい!夏樹か?」
夏樹が振り返ると、そこにはクニヌシと一緒に拓海がいた。術でもなんでもない、一番最初に行くべき場所として、夏樹に行ってほしくない場所、そして元いた場所である、怨霊が跋扈する夏樹の生家を拓海は選んでやって来たのだ。
「怖かったよ・・・拓海」
梓は手首の白い蛇を解いてやると、夏樹を自由にしてやった。そして、目の前で夏樹を抱きとめている、大きくなった息子を梓は静かに見ている。
「お前が現れるとはな」
震える夏樹をクニヌシに任せると、拓海は怒りに震えながら、ゆっくりと梓に歩み寄った。
「っていうか、お前、誰だよ!こんなことしておいてタダで済むと思うな!」
暗がりで顔がよく見えなかったのか、拓海は聞き覚えのある声ながら、梓が誰か分かっていないようだ。梓は拓海の方へ歩き出し、目の前で立ち止まると、ハットを片手でひょいと取って、10年前と変わらない優しい顔を現した。
「父さん?」
「そうだよ。元気そうだな」
突然の登場に、拓海は言葉が出てこない。聞きたいこと、言いたいことが山ほどある。ありすぎて言葉にならない。梓はハットをかぶりなおすと、くるりと向きを変えた。背中越しに呆然と立っている拓海に目をやり、泣いてばかりだった小さな男の子を思い出していた。
「大きくなったな、拓海。見違えたよ」
読んでいただきありがとうございました。お父さんは何がしたいのでしょうか。皆が無事でよかったです。




