第47話 女三人集まれば
「お兄様。夏樹さんが行方不明です」
「ぶはっ!なんで!?」
ちょうど高校から帰宅した淳之介は飲んでいた水を勢いよく噴き出した。台所とはいえ、文乃の顔が示すように非常に迷惑である。文乃に即座に渡されたタオルで淳之介は口元を拭きながら妹を見ると、文乃の反応は冷たい。
「橘くん家に行ってないって、どういうこと?」
「分からないけど、お約束のパターンなら、彼氏の部屋に行ってみると他の女がいた、じゃないのかしら」
「お約束って、文乃・・・お前・・・」
正解です。
夏樹は恋する乙女よろしく、ふわふわした陽気に包まれていた。そんな彼女が拓海の部屋には行かず、行方をくらました理由を問われたら、希望を打ち砕かれるようなことがあったと考えるのが自然だろう。
淳之介は男と付き合ったこともなさそうな妹の想像力に物申したくなったが、ふと、思い当たる昨今の日々が頭に浮かんできた。
「もしかして、僕のせい・・・かも?」
「恐らく部屋にいたのは明日香さんでしょうね」
「文乃さん、そんな顔で見ないでくれるかな・・・」
文乃はホラ見たことか、と淳之介を睨みつけた。部屋に居合わせた三人を想像した文乃は勝手に憤慨している。淳之介が夜な夜な明日香と電話で話していたのは、拓海との縮まらない関係に落ち込んでいた明日香を慰め、励ましていたから、というのだから文乃は烈火のごとくお怒りなのだ。
「てっきり、お兄様は明日香さんと親しくなっているものと、文乃は思ってましたのに!それが、ご自分の気持ちを隠して、こともあろうことか拓海さんと明日香さんの間を取り持つ真似事をされていたなんて、がっかりです!」
仁王立ちの文乃にぐうの音もでない淳之介の横には、クニヌシから遣わされた双子が呆れた顔で姿を現した。
「本当に〜。淳之介はお馬鹿さんですこと。ねえ、ウララ」
「ユリアお姉様、淳之介の顔をご覧になって。魂が抜けているようですわ」
(なぜ、僕がこれほど責められるのか!)
女たちは口々に淳之介のお人好しとお節介のせいで、いたいけな少女の心に傷を作ることになった、と騒ぎ立てている。淳之介はいたたまれない気持ちに苛まれて、最終的には苦笑いに落ち着いた。
「お兄様!夏樹さんに残された時間が少ないことはご存知でしょ?クニヌシ様の話によると、赤い玉は後二つ。それも、近々、必要となるはずです。どうして、その間だけでも拓海さんと夏樹さんが仲良く過ごせるように考えてくれなかったのですか?」
「そんなこと言われてもな・・・僕には僕の・・・うん」
淳之介は教室から遠巻きに見ていた。小走りに拓海について行く校庭の明日香を。見えてしまう拓海の不安定な言動も、明日香への理不尽な振る舞いも丸ごと受け入れてきた彼女を、これまでずっと。
「夏樹ちゃんには悪いけど、僕が好きなのは明日香ちゃんだ。明日香ちゃんが笑ったり、はにかんだり、楽しそうな声が聞けると嬉しかったんだ。悪いかよ・・・だから、僕は謝らない」
「まあ、ウララ。淳之介もすっかり大人になって。いい男に成長したものね〜ほれぼれするわ〜」
「ユリアお姉様、私、お赤飯を炊きますわ!」
「それはいいわね〜。それはまたにしましょう。さてと、ヌシ様にも仰せつかっているのですし、夏樹を探さなくちゃ。文乃、いいわね?あなたの大好きな兄様は、ただ愛する人の幸せを願っただけなの」
ウララに髪を撫でられながら文乃はこくりと頷くと、無言で走り去ってしまった。淳之介は夏樹の境遇には同情はしているが、明日香が笑ってくれることを選んだだけである。とはいえ、文乃が言うように彼女には時間がないのも事実。
「クニヌシ様は何か言ってましたか?ユリア様、ウララ様」
「いいえ」
ユリアによると、珍しくクニヌシが拓海の部屋に歩いて戻ってきた時のこと。鍵が掛かっていない扉にブツブツと小言を言いながら中に入ると、呆然とした様子で座り込んでいた明日香にクニヌシは驚いて腰を抜かしたそうだ。
真っ暗な廊下とは対照的に、間接照明の下で力なくへたり込んだ明日香の様子に、ただならぬ事件の匂いを感じた、と言ったクニヌシは、最近テレビで見た刑事のようだった!と双子は、はしゃいでいる。
明日香に尋ねても答えないので、とりあえずクニヌシは廊下の電気をつけると、急に煌々(こうこう)とした光で室内が明るくなった瞬間、明日香は目が覚めたように急に泣き始め、切々とクニヌシの腕の中で語り始めたという。
「なぜ、クニヌシ様の腕の中で・・・?」
ユリアとウララは顔を見合わせ、確かに・・・許せないわね、と呟いた。
「ま、それは置いといて。明日香ちゃんはクニヌシ様に諭され、そのまま帰った、ということですね?」
「そういうこと」
夏樹が明日香の姿を見つけた時の辛さを思うと、淳之介は自分を重ねて思うと胸がきゅうと締めつけられた。そして、淳之介が励ます言葉に背中を押され、決死の覚悟で拓海の部屋に行ったはずの明日香のことを思うと、これもまた胸が苦しくなった。
明日香がそこまで落胆していたのなら、部屋に入るまでは頬を上気させながら、きっと期待に胸を膨らませていたはず。淳之介は耳障りのいい話ばかりを明日香に聞かせた自分のことが嫌いになりそうだ。
「淳之介、あの乳牛は魔性の女だから注意なさい。それも無自覚だというからタチが悪いの。童貞のあなたには猛毒になりかねませんわ」
隣で妹のウララが、うんうんと頷いている。無自覚に男を惑わす可憐な美少女。しかも巨乳。先ほどまで、どんよりと落ち込んでいた淳之介の顔が精気を取り戻し、なぜか高揚するように輝いた。
(最高じゃないか、明日香ちゃん・・・)
「ユリアお姉様、ダメですわ。淳之介はすっかり、あの娘の手の内ですわ」
「ホントに困った子ね。これだから童貞は。早く捨てちゃえばいいのよ」
申し訳なさそうに、淳之介は無言で一礼すると、文乃を追いかけることした。がんばれ、男の子!
読んでいただきありがとうございます。二人の女の子がそれぞれ幸せになるには、どうしたら良いのでしょうか。




