第16話「それぞれの後日談」
お疲れ様です、皆月葵です。
第16話「それぞれの後日談」を公開しました!
最終話です。
プロローグから始まったこの物語が、ここで静かに幕を閉じます。
派手な展開はありません。ただ、あの子のことを今日も思っている誰かの話です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
目が覚めたら、白い天井だった。
消毒液の匂い。点滴の音。規則正しいモニターの電子音。
病院だった。
(……病院)
実習で、何度も歩いた場所。でも今俺は、ベッドの上にいた。患者として。
「……気づきましたか」
声がした。
白衣を着た看護師が、俺のそばに立っていた。
「ここは——」
「病院です。交通事故で運ばれてきました。七ヶ月間、意識不明でした」
七ヶ月。
アーサーのそばにいた、七ヶ月と同じだった。
「夢、だったのかな」
俺は呟いた。
看護師が何か言っていたが、よく聞こえなかった。
天井を見ながら、俺は思った。
夢だったのかもしれない。意識不明の七ヶ月間に見た、長い夢。鞘になって、アーサーに出会って、さーくんと呼ばれて——全部、夢だったのかもしれない。
でも。
手のひらを見た。
何もなかった。
当たり前だ。破片は向こうの世界にある。アーサーが持っている。
それでも——手のひらが、温かい気がした。
あの体温を、まだ覚えていた。
数か月後、リハビリを終え退院した。
俺は看護師として働き始めた。
間に合わなかった夢に、ようやく間に合った。
病棟の廊下を歩きながら、患者のそばに立ちながら、俺はいつも思う。
そばにいることが、看護の一部だと。
声が届かなくても。動けなくても。ただそこにいることが——誰かにとっての、何かになるかもしれないと。
それを教えてくれたのは、エクスカリバーの鞘としての七ヶ月間だった。
夢だったとしても。
本当のことだったとしても。
どちらでもよかった。
ある休日、俺は図書館に行った。
アーサー王伝説の本を探して、棚の前に立った。
分厚い本を手に取って、ページをめくった。
円卓の騎士たちの武勲。マーリンの知恵。王の栄光。
そしてあのページ。
「アーサーは時に、少女として涙を流す夜もあった」
一行だけ。
それだけ。
鞘の名前は、どこにも残っていなかった。
でも俺は知っている。
なぜ泣いていたのか。
誰のために泣いていたのか。
それを知っているのは、この世界でたぶん俺だけだ。
本を閉じた。
棚に戻した。
図書館を出ると、風が少しだけ吹いた。
見上げると、青い空だった。
アーサーが見せたかった、北の塔の景色は——きっとこんな空だったんだろうと、俺は思った。
夢だったのかもしれない。
でも俺は今日も、あの子の話を読んでいる。
【第16話・了】
【完】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「でも俺は今日も、あの子の話を読んでいる」
この一文を書くために、16話分を書いてきました。
プロローグで「語り手が誰かわからない」状態から始まって、最終話でそれが静かに明かされる。その構造を最初から決めていたわけじゃなくて、書きながら少しずつ形になっていきました。
鞘に転生した男が、誰も看護できないまま死んで、でも最後に一人だけ助けることができた。それがアーサーだった。
その話を、今日も図書館で読んでいる。
書いていて、大切な作品になりました。
読んでいただけた皆さんに、心から感謝します。
皆月葵




